短編

□かぜひき
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「こんな寒いのにあんなかっこしてるから風邪ひくんだよ馬鹿杉」

俺の罵倒に、布団に潜る高杉はこほんこほん、と咳を返すだけだった。少し前まで涼しかった空気は秋が深まるごとに寒さに変わっていって身体の芯が冷えていく。そろそろ冬が近づいているってことだろうか。

歳をとるごとに中二病度合いが進む高杉晋助くんはこんなクソ寒いのに薄い着流しで胸を露出してカッコつけているどうしようもない大馬鹿野郎である。
ニコチンは体温を下げるっていうしキセルやりまくってその格好で外をほっつき歩いてたらどうなるのかは言わなくてもわかる。

馬鹿は風邪をひかないなんて常套句はあるけどこいつは馬鹿だからこそ逆に風邪を引いた稀有な例かもしれない。

「おい、銀時」

布団の中から咳混じりの貧弱な声が俺を呼んではいはいなんでしょう、と鼻くそを小指で深追いしながら返事をする。

「もっと病人に献身的な看病しようとは思わねェのか。布団に潜ってきて俺をあっためるとかよ」
「お断り申し上げます」

わざわざてめーをこの俺が布団に寝かせて氷枕と冷タオルをただで貸してやってるんだ、ありがたく思え。
高杉は舌打ちしてつれねェやつだな、と言うとまた情けなく咳をした。

やることがなくてソファに座ってテレビをぼんやりと眺めていると、うるさいほどに話しかけてきた高杉がやけに静かだ。代わりに寝息とたまに静かな咳が聞こえてきて高杉はどうやら寝たようだ。

しょうがねェからもう昼時だしこいつが寝てる間に粥ぐらい作ってやる。高杉に恩を売るのだ。
そうして俺は卵粥という至極シンプルな粥を作って眠りこけている高杉を起こした。

「起きろよ。メシ作ってやったぜ」

高杉の上気した弱々しげな無防備な寝顔がどこか新鮮だ。こんな顔普段お目にかかることはないわけで。
気づかないうちに珍しさのあまりじっ、と高杉の顔を凝視していたことに気づいた。
無駄にかっこいいのが腹立つ。顔に落書きのひとつやふたつしても許されるだろう。

俺は高杉の身体を揺さぶりながら高杉の額に手を当てると熱は若干上がっているようで心地いい熱さが手の平に広がる。あれほどあったけー格好して風邪に気をつけろって言ったはずなんだけどな。馬鹿杉め。

「もう飯の時間か…食う気にはなれねェ」

俺のうるさいくらいの揺さぶりに薄目を開けてだるそうに高杉は呟いた。

「んなこと言わずに折角作ったんだから食え」

顔を背ける高杉にスプーンで掬った熱々の粥を予告なしに口に突っ込んでやろうかと思った。あるいは顔にスパーキングしてやろうか。
流石に病人にそんな酷なことをする銀さんではない。

「食わないと治るものも治んねーぞ」

布団を無理矢理引っペがすと高杉は産まれたての雛みたく身体をぷるぷる震わせた。早く粥食って身体をあっためやがれ。

「銀時が俺に食べさせてくれるなら食う」
「餓鬼かてめーは。20ウン歳にもなって粥くれー自分で食えねえのか」
「餓鬼で結構。お前が食わせてくれなきゃ俺ァ食わねェ」

高杉は駄々を捏ねはじめて俺は心底呆れた。ガキの頃より酷いんじゃないのかこれ。子供みたいなおっさんとはこのことか。
鬼兵隊総督のカリスマもクソもない。まあガキみてーにチビだからしょうがないのか。

ぼやきが漏れていたのか高杉がぎろりとこちらを睨んだ。はいはい悪かったから。

それから食わせろ、自分で食え、という高杉と俺の低レベルな言い争いは粥がちょうどよく冷めた頃に俺が根負けして終わった。

「しゃあねえやつだな。お前にプライドとか恥はねえのか」
「病人だからそんぐれーいいだろ」

俺は溜息をついて無言かつ無表情で粥をスプーンで掬うと高杉の口に運ぶ。上体だけ起こした高杉は躊躇いなくそれを口に含む 。
なかなかにシュールで奇妙な気分だった。
俺が高杉に粥を食べさせてやるなど誰が想像できただろうか。野郎が野郎にあーん♡とか気持ち悪くてしゃあない。だから俺はせめて仏頂面を貫き通すのだ。

高杉が半分食べたところで。

「てめーはもっと愛想よくできねえのか。あーん♡とかいってにこにこしながら食わせるみてーなサービス精神は備わってねえのか」
「気持ちわりーこと言うんじゃねえよ馬鹿杉。文句言うくらいなら自分で食えよ」
「嫌だね」

潔いくらい我が儘な野郎だ。世界我が儘ランキング潔さの部で一位受賞するほどの酷さだね。

なんでこんな男に惚れちまったんだろうと後悔する。

それに高杉は

「味薄い」

ついに味まで文句を付ける始末だった。寒空の下に全裸でほっぽり出してやろうか。

「てめー病人だろ。わざと味薄くしてやったんだけど?」
「流石にこれはねェよ。銀時、てめえで食ったらわかる」

そろそろキレてもおかしくないくらいには高杉の傲慢さにイライラしている。いや、普段ならもうキレてるかもしれないが素晴らしい程の病人補正がかかっている。

相変わらず高杉は食ってみろとうるさいのでしぶしぶ不本意ながら味見をする。
高杉に出す前に味を見ているはずなんだが。
粥を口に運んで咀嚼する。
特に味に変哲なところはなく、高杉がいうほど特段味は薄くない。
病人じゃない俺でも食えそうなわけだが、どっかおかしなところでもあっただろうか。
首を傾げながらもう一口含んだところで。

高杉に顎を掴まれる。

なにかと思えばそのまま口づけされた。何が起こったか理解できないまま目を白黒させていると高杉の舌が侵入してきた。
そうして狼狽している間に巧みに俺の咀嚼した米粒を攫っていく。
舌が高杉の熱のせいでいつもより熱さを感じる。攫われた米粒はごくりと高杉に飲み込まれた。

キスがうまいのが憎たらしい。

「な、なにしやがる!」

やっとの思いで高杉を引き剥がした。滴る唾液を拭った。息が苦しい。

「こうしねェとつまんねェからな」
「ふざけんじゃねえ」

だから俺に食わせたのか。
ほんとどうしようもない馬鹿である。

「てめーハメやがったな」
「まだハメてねェ」

その高杉の言葉に嫌な予感が走る。高杉はいつもの薄笑いを浮かべた。

「今からハメてやるよ」

風邪をひいてないのに悪寒がした。
高杉、あとは自分で食べろ。俺はもう知らねえ。

そろりそろりと逃げようとすると高杉に手をがしりとつかまれ布団の中に引きずり込まれた。

助けてくれ…
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