元カレと今カレ
□愛憎
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肌寒さとエンジンのような低く静かな唸りと微かな振動を感じ取って銀時の堅く閉じていた瞼がすっと開いていく。
意識が覚醒してきた銀時にまず襲ってきたのはひんやりとした冷たい触覚だった。
次にほのかな光がコンクリートを打ち付けた壁と床を照らしていているという視覚情報を受け取る。
一切服をまとわず冷たい床に銀時はぽつんと転がっていたのだ。
そして、銀時の体の節々に軋むような痛みが広がった。目覚めたばかりの銀時には自分のおかれた状況が理解できない。
ただ、自分が尋常ではない見知らぬ場所にいるということだけは辛うじて理解できた。
銀時には数々の修羅場を潜って突発的な状況には常人より慣れている自負がある。
それだとしてもこれは一体。
ひとまず冷静に銀時は身体を動かしてみる。
鎖特有の金属音が隅々に渡って反響した。
手枷と足枷と首輪が銀時の自由を奪っている。外傷はないが拘束具の締め付けが不快だった。
「こんなハードなSMプレイ頼んだ覚えはねーぞオイ」
「お前はこういうプレイ好きだっただろ?」
銀時の独り言に応える声。銀時の心臓が激しく動悸したのに伴って忌々しい記憶が鮮やかに甦る。
「高杉…ッ」
精一杯の憎悪を込めて銀時は高杉を睨めつけた。高杉は動じず、芋虫のように藻掻く銀時を張り付いた薄笑いで見下ろしている。
あの後、神楽や新八、そして土方たちはどうなったのだろうか、それが銀時の中の懸案事項は胸を苦しくさせる。自分の身などどうでもよかった。
高杉が今は憎い。銀時は歯軋りをする。
「俺が憎くて憎くてしょうがねェって顔だな」
「ああ、憎くて憎くてしょうがねェや…」
銀時は感情を押し殺した声色で答える。自分を見下ろしている昔狂おしいほど愛した男には殺意と嫌悪しか湧かなかった。
「なァ、ここはどこなんだよ…一体どうしてこういうことをしたんだよ!あいつらは…あいつらは!」
爪が食い込んで血が滲むほど握りこぶしを銀時は作る。感情など押し殺せなかった。
高杉はしゃがんで銀時の髪を掴むと顔を上げさせて視線を合わせる。
高杉の瞳孔は開いていた。
「だから落ち着けよ銀時…お前の考えている奴らは犠牲者ん中にはいないらしいぜ」
銀時は安堵した。
それでも高杉のことだからきっとまた何かをやらかすにちがいないという疑念。そして、生きる道が違うとはいえ高杉のやり方は間違っているという大きな確信。
「本当はお前から全部奪ってやりたかったけどなァ…それでもあのときのメインはただ幕府に脅しをかけるだけだった」
その言葉で銀時の高杉に対する憎悪が燃えた。
銀時は目尻を険しく吊り上げて高杉を再び睨む。
すると髪を掴む高杉の手に力が籠る。頭皮が引きつる痛みに銀時は顔を歪ませる。
「そのうち江戸をぶっ壊す、いや世界をぶっ壊して焼け野原にしてやらァ…そん時、銀時は俺しか縋る人間がいなくなるぜ」
張り付いた薄笑いは凶悪だった。
この男は歪んでいる。銀時の背筋が跳ねた。
「今はそんなことはどうだっていい。なァ銀時」
ゾッとするような薄笑いが銀時を見つめた。
「どうしてお前がこうなっているか理解できるか?」
「変態が考えてることなんざわかるわけないね」
「そうか」
と一言、高杉は掴んでいた銀時の髪を手放すと銀時の顎を掴んだ。
「お前が罰を受けるからだ」
「俺は罰を受けるようなことした覚えがないぜ」
銀時は笑って床につばを吐く。高杉は銀時を突き飛ばした。高杉は歯を噛み締めている。
「わかんねェようならみっちり仕置きを施してやるよ。俺以外を見ていた罰だ」
「お断りするね」
突き飛ばされても銀時は笑っていた。
銀時にとって高杉とのことはもう既に「終わったこと」だとやっと迷っていた自分の中で決した。
高杉に愛情などとうに湧かなくなっていた。
むしろ哀れみさえも覚えた。
高杉に対する憎悪が銀時の中を支配していたのだ。
それでも一筋の愛情とも似た感情が差していることに銀時は気づいていない。