本棚D.n
□絡まれ絡めとられて
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とある夏の昼下がり、私はとんでもないピンチにいたのです。
「だからさぁ、有り金とー、すこーしおじょーちゃんが来てくれれば許してやるっていってんの。わかる?」
「えぇと、あの、…」
私、『平沢春湖』は今、数名のヤンキーに絡まれています。
ことの発端は数分前。私が少し散歩でもしようかと公園近くを歩いていたとき、突然前を歩いた人達にぶつかってしまったのです。そう。それが今目の前にいる彼ら。
「あの、ぶつかってしまった事は謝ります。ですから帰らせてもらえないでしょうか」
「はぁ?何言ってくれちゃってんの?謝るぐらいで済ますとかちょー冷たくね?」
「そーそー」
彼らは何を言っても取り合ってくれず、結果私は『手伝いと財布の譲渡』という条件を押し付けられています。どうしたものでしょう。
「ほら早くしろよ、ったく」
「もうこっちから探っちまえ」
そういうと、彼らの内の1人が私のバッグを掴み奪い取ってしまった。
「ちょ、返してください‼︎」
「やーだねー。さぁて財布、財布…」
「や、やめてくださ」
「ほらほら、お前はこっちだっつの」
私の腕も捕まってしまう。いくら抵抗してもびくともしない。
「っ…放してください‼︎」
「いいから早く来い」
自分より何倍もある体格の相手に敵うはずもなく、私の身体はズルズルと引きずられていく。引きずられていった先には一体なにが。恐ろし過ぎて想像もつかない。
「放してっ‼︎だれか、だれか助けて!」
「ちっ…全くさっきからよぉ」
ハッと相手の様子に気づく。しまったと、やばいと思い、すぐ上を見ると相手は空いている方の手をグーにして振り上げていた。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよっ‼︎」
握り締められた拳が、私めがけて振り下ろされていく。
(殴られるっ…‼︎)
もうダメだと思いギュッと目をつぶった。
そのときだった。
「楽しそうだねぇ、お兄さんら。俺も混ぜてよ」
聞き覚えのない声に驚き、反射的に顔を上げた。そこには、
「君、大丈夫?」
私に振り下ろされているはずの拳は片手だけで制止されている。ヤンキーの拳はピクリとも動かず、必死に抵抗しているらしいけど虚しいくらいに動かない。
「え、あ…」
私とヤンキーの間に立っていた(ヤンキーの拳を制止していた)のは、高校生くらいの赤髪の少年だった。
「っ、てめえ!なにしやがる!」
「だから言ったじゃん。俺も混ぜてよって」
「っ…痛い目にあわせてやろうか⁈あぁ⁈」
ヤンキーたちがそろって赤髪の少年を囲い込む。それの外側にいる私でさえ怖いのに、それなのに、その少年は臆することなく少しだけ笑って、ヤンキー達と対峙していた。
「ねぇ君。多分1,2分くらいで済むから目ぇつぶっててくれる?」
赤髪の少年が私に問いかける。
私は少し不思議に思ったけど、頷いて言われた通り目をつぶった。
「オッケー。それじゃ…」
その後の数分間。私は恐怖のあまり、耳すらも塞いでしまったので、何が起きたのかはさっぱりだった。
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「もう開けていいよ」
赤髪の少年がポンと私の肩を叩いたので、私は恐る恐る目を開けた。
「あれ?」
目を開けると、先ほどまでいたヤンキー達は姿を消していて、路地には私たち2人だけになっていた。
「…」
ポカーンと口を開き驚いていると、赤髪が声をかけた。
「はいこれ。君のだよね」
赤髪の少年が私に差し出したのは、間違いなくさっきヤンキーに奪われた私のバッグ。
「あ、はい!そうです!ありがとうございました‼︎すごく、助かりました‼︎」
「いいよ、別に。俺が勝手にやったことだから」
赤髪の少年は少し笑って私に言った。さっきヤンキーたちと対峙していたときとは違う、優しい笑みだった。
「じゃあ、俺行くから」
そう言って赤髪の少年は去ろうとした。しかし、
「ま、待ってください‼︎」
「…ん?」
私は少し大きな声で、少年を呼び止めた。
「どうかした?あ、財布なら心配しなくていいよ。とられる前に取り返しといたから」
「そういうことではなくてですね
、えっと…」
私は少し考えてから、赤髪の少年に言った。
「あ、あの‼︎よかったらお礼をさせてください‼︎」
「お礼?」
少年はキョトンとした。
「いやいや、そんなのしなくていいから…」
「ダメです!」
赤髪の少年が行こうとするのを、私はその腕をガシッとつかんで止めた。少年は驚いて目を見開く。
「おばあちゃんが言ってました!人に親切にしてもらったり、助けてもらったりした時はちゃんとお礼をしなさいって!捕まえてでも引きずってでもお礼をしないと、相手に悪いからって!だから、お礼、させてください‼︎」
私は今までより大きな声で言った。助けてもらったならお礼をするべきだって私も思うし、なにもなしなのは私も気が済まなかった。
「…。ふっ」
赤髪の少年は、少し黙った。そして、
「ははっ、何それ。すごいガッツなおばあちゃんだね。くくっ」
「え、と」
いきなり笑われ、顔がカーッと赤くなっていく。しばらく笑い声が響くと、少年は笑いきったらしく少し咳払いをした。
「そっか。じゃあお礼されないとおばあちゃんに怒られるね」
「は、はい。そうです、ね」
うぅ。な、なんか悪いことしてしまったような…。
「うん。じゃお礼されちゃおうかな」
その一言を聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。
「は、はい!あ、私は平沢春湖といいます」
「俺は赤羽業(あかばね カルマ)。よろしく」
「はい!あ、じゃあこの先にいい感じのカフェがあるので、そこで奢るというのでどうですか?」
「うん、それでいいよ」
「じゃあこっちです。ついてきてください」
そうして、私たちはカフェへと歩きはじめたのでした。
「え⁉︎赤羽くんって中3なんですか⁉︎」
「うん。でも驚き過ぎ。何歳だと思ってたのさ」
「てっきり高校生くらいかと。まさか同い年とは…」
「へぇ、そっか。じゃあタメでいいよ。名前もカルマって気安く呼んでくれていいから」
「え、でも」
「いいよいいよ。俺もそっちの方がいいし」
「じゃ、じゃあ…。カ、カルマ、くん」
「うん」
「あらためて、よろしく」
「こちらこそ。よろしくね、平沢さん」
終。