殺戮の天使 Revive Return
□闇色の興味津々な雑踏
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ニライを目の前に、ザックとレイチェルが座り込んだ状態でしっかりと抱き合っている。
しかし、その姿は大量の血液に塗れており、二人の真下には鮮血の海が広がっていく。
レイ「ザック…ッ、ねぇ! ザック!!」
ザック「……ッ…、……ッ」
元から触覚のないレイチェルには伝わっていないだろうが、ザックの体温が瞬く間に低下していく。
体温もないレイチェルの体に刻一刻と近付いている。
つまり……ザックの“死”が今か今かと迫ってきていた。
レイ「…やだよ、ザック……。死なないでよぉ…」
ザック「……バカ言うんじゃ…ねぇ」
そう言い切るが、姿は強がりでしかない。
それはザック自身も分かっていた。
ザック「(やべぇ……。これじゃあ、ホントに死んじまう……)」
もう腰から下に感覚はなく、レイチェルを抱きしめる腕にも力が抜け始め、指先は動かなくなってきていた。
レイ「ザック…ぅ……ッ、ザック…!!」
懸命に名前を呼びかけ、ザックの血で両手がベタベタに汚れるのも構わず、必死に背中を抱きしめる。
声こそ涙混じりだが、レイチェルの顔には汗も涙も浮かばない。
ゾンビだからこそ死者が故の現象だが、もしもそれらの機能が正常であるならば、今頃レイチェルの顔はグシャグシャになっていたはずだ。
ニライ「…………」
そんな二人の姿を見て、ニライは……。
ひどく嫌悪していた。
ニライ「(……あぁ…、腹立たしい…ッ)」
ニライは他人の幸せを嫌う。
後悔と絶望を与えるために、ザックの目の前でレイチェルたちを殺害する計画だったが、今やそれも逆転した。
しかし結局はどちらが命を絶とうとも、そこに残酷的絶望が訪れることは間違いなく、現に二人とも悲しみの色を出しているように思えた。
だが、ニライの目には二人の絆が、死を前にして交差する想いが、ある種の幸せの形を表しているように見えてならない。
ニライ「(早々に殺しておこう…ッ。こんなのは僕の描くシナリオじゃない…ッ)」
再び手刀を構え、ザックもレイチェルも二人まとめて殺す体勢に入る。
首を切り落とすか頭を貫くか、どちらにせよ、あと一回でも致命的な一撃を討つだけで全てが終わる。
ニライ「これで最後だ。その続きはグソーで行え」
レイ「……ッ!?」
ニライ「まぁ、その感情もグソーに踏み込めば全てなくなる。二人揃って仲良く来世を待ち望むことだッ」
ザック「(……ク…ソぉ…ッ!!)」
ニライ「ここで死ねぇッ!」
ニライの手刀が振り上げられ、ザックもレイチェルも同時に目を瞑る。
お互いにギュッと抱きしめ合う姿は、もしかしたら無意識に死を覚悟した証だったのかもしれない。
グレイ「待てッ、ニライ! やめろぉおおお!!」
チェシャ猫「お兄ちゃん!! レイチェルッ!」
あまりの恐怖に動けなかった二人も声を張り上げて制止に出るが、やはり足腰に上手く力が入らない。
目も逸らせず、思わず固唾を飲んで硬直してしまうような瞬間を前に、ニライの手で全てが終わってしまうかと思われた……その直後。
ニライとザックの真正面であり、レイチェルの背後から二人の助っ人が駆け付ける。
ニライ「…ん?」
その人影に気付いたニライが手を止めた直後、両手に常備してきた銃器を構えたゾンビ女。
キャシーの迎撃が始まった。
キャシー「その断罪ッ、待ったぁぁぁあああああッ!!!!」
大声と共に火を吹いた散弾銃が、嵐のような轟音を立てて弾丸を吐き出す。
キャシー「それぇえええッ!!!!」
レイ「ーーーッ!?」
見た目こそ派手で我武者羅な銃撃に見えたが、銃弾の軌道は全てニライに向けられている。
そこは銃器使いとしての腕前なのか、ザックの頭を抱えて伏せるレイチェルたち二人には掠りもしない。
グレイ「キャシーッ!!? 何故ここにッ!?」
チェシャ猫「え、知り合い?」
予想外の事態に驚愕を隠せないグレイだが、驚愕の事態は更に続く。
忘れてはならないが、助っ人に駆け付けた人影は“二人”いたはずだ。
グレイ「むぅ?」
キャシーの銃撃に紛れて弾丸の軌道の真下を掻い潜りながら、ザックとレイチェルに接近していくゾンビ少年。
エディの姿がそこにあった。
グレイ「……ッ!! エディまで…ッ」
チェシャ猫「え? あ、ちょっと!?」
もうグレイの硬直状態も終わり、気付けば戦場に駆け出していた。
あの二人がどうしてここに来ているのか分からないが、これ以上ジッとしてなどいられない。
キャシーの銃撃から逃れるため、ニライはザックたちから飛び退いて距離を取る。
ニライ「十八手の覇気ッ」
それでも続く弾丸の嵐を相手に、気力を解放して視界を開き、銃弾の軌道を読み込んだ。
ニライ「馳走鎮ッ」
およそ人間離れしたスピードを駆使して、放たれた全ての弾丸をグネグネと動き回りながら避けていく。
その隙に、小さな体を更に丸めて接近していったエディが、ザックとレイチェルに駆け寄った。
エディ「レイチェル!」
レイ「……!! エディ!?」
エディ「久しぶりッ。ほら、こっち!」
レイチェルの手を取って、安全な場所まで移動させようとする。
だが、肝心なレイチェルはこの場から動けなかった。
レイ「待って、エディ! ザックがッ」
ここまでレイチェルが必死に守ってきたザックの体は、もう自力では動けないほど衰弱している。
瀕死状態の成人男性を、殺人鬼とはいえ二人の少年少女が運び出すのは至難の業だった。
ましてや、自分たちの頭上ではキャシーの銃撃が飛び交っている。
レイ「ザックも連れてく! 置いてっちゃヤダ!」
エディ「そ、そんなこと言ったって…ッ」
グレイ「こっちだッ!! エドワード・メイソンッ!!」
グレイの声が聞こえたと思った直後、エディの頭に飛来したボーガンの矢が突き刺さる。
エディ「ーーーうぎゃあああ!!!!」
レイ「……!?」
その矢には間に合わせのロープが縛り付けられており、その先を目で追ってみれば、グレイとチェシャ猫が安全地帯から顔を覗かせている。
しかしこれはあくまでも、そこに到達するまでの道筋としてロープを用意してくれたようで、グレイ自身は安全地帯から身を乗り出してくるところだった。
グレイ「そのロープをザックの体に巻き付けなさい! こちらから私が引っ張ってやる!」
レイ「分かりましたッ」
エディ「っていうか! 僕の扱いだけ何で安定してるの!? さすがにひどくない!?」
痛覚のないエディは、自分の頭からボーガンの矢を引き抜いてロープを解く。
延々と愚痴を叫びつつ、そのロープをレイチェルと共にザックの体に巻き付け始めた。
グレイ「(すまん…。私の体格では、あの銃撃戦の渦中に入れんのだ……。せめて、こちら側まで引き込んでやれれば……)」
エディならレイチェルを任せても大丈夫だと思い、グレイはザックの救出に専念する。
ところが……それを大人しく見逃すほど、暗殺者ニライは甘くなどない。
ニライ「三十六手の覇気ッ」
その声が聞こえた直後だった。
グレイの胸を、あらぬ方向から飛来した弾丸が貫いた。
グレイ「ーーーッ」
発砲音もなく着弾した胸に激痛が走り、それを自覚した瞬間から神父服に血が滲み始める。
チェシャ猫「グレイ神父ッ!!」
グレイ「…な、に…が……ッ!?」
グレイの腰から力が抜けて膝から崩れると同時に、他でも同じようなことが起きていた。
キャシー「ーーーうッ!!」
エディ「…ぃがッ」
発砲音もなく飛来する弾丸の餌食に、エディとキャシーの声も漏れる。
ゾンビの二人に痛覚はないが、予期せぬ攻撃を前にして反射的に体が反応したようだ。
ニライ「逃がさない……ッ。誰一人として…!!」
そして、レイチェルは見た。
ニライの両手の指の間に、キャシーが放ったと思われるいくつもの弾丸が収まっていることを。