ガキのママゴト

□第07話 放っておけない
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 信長は逃げた。

 とにかく逃げた。

 自分の身に何が起きたのかも分からないまま、見えない脅威を相手に逃げるしかなかった。

小田信長「(…クソッ……、さっきの…いったい、何だったんだ……ッ!?)」

 覚えているのは、とてつもなく巨大な何かが全身にぶつかってきた感覚。

 通行人が口にしていた通り、自動車か何かに撥ねられたら、おそらく同じような衝撃を受けることだろう。

 しかし、あの時の信長には自分に向かってくる自動車など見えなかったし、他の人の目にも信長を撥ねるような物体の存在は確認できなかったはずだ。

 これほど奇妙な現象に、普通なら疑問符を浮かべて首を捻るばかりだろうが、生憎と信長には心当たりがある。

 それは……。

ティハル『あらあら、随分と危ない目に遭っちゃったみたいね』

小田信長「ーーーッ!!? あああッ、クソが!! どいつもこいつも急すぎるんだよッ、現れんのが!!」

 傍には誰もいない。

 しかし、聞き覚えのある声だけが頭の中に広がった。

 もう何度か経験があるが、魔法を使ったティハルの話し方には今でも慣れる気がしない。

小田信長「このタイミングでお前が出て来るってことは……やっぱり、さっきのは……」

ティハル『さすがに気付いてるわね。新しいバグストの襲撃よ』

小田信長「ふざけやがって…ッ。俺は関係ねえだろうが…!!」

ティハル『やられてばかりの相手側も馬鹿ではない、ということよ。何らかの手段を使って、あなたも無関係ではないことに気付いたのかもしれないわね。例えば…あたしが手放した能力の一つが、あなたの身に宿っていることを知った…とか』

小田信長「黙れ!! 何でそんなモンに振り回されなきゃなんねぇんだ!! 迷惑なんだよ、そういうの!!」

 信長は、なるべく人の目に触れないような場所を選ぶ。

 自分に襲い掛かった敵の姿もティハルの姿も、自分も含めて周囲の人間には見えないのだ。

 信長の姿は、独り言で怒鳴りながら走り回っているだけの、完全に頭がおかしな学生に思われるだろう。

ティハル『……何度も言ってきてるけど、巻き込んだことは本当に悪いと思ってるわ…。でも、こうなった以上はあたしにも、もうどうすることも出来ないの…』

小田信長「黙ってろって言ってんだろ…。何も出来ねえなら…もう何も言うな。耳障りだ」

ティハル「…………」

 信長は立川市の町中にある“ウイング通り”に、取り壊しが決まってる廃墟ビルがあるのを知っていた。

 大通りに面してる場所ではないため、昼時の時間でも人通りは少ない。

 周囲の目から逃れるため、とりあえずその場所に逃げ込むつもりのようだが、姿が見えない敵の存在を考えると安心は出来なかった。







 昼休みが終わった彩希高校では、五時限目の授業が始まろうとしている。

 しかし校内では、登校しているにもかかわらず授業に出席していない生徒が、各学年で個々に見つかるという不可解なことが起きていた。

 昼休み時から姿が見えない信長を初めとして、一年生と二年生からも一人ずつ、無断の欠席者が確認されている。

 その生徒の名前は、岡山純平と杉本詩織。

 そして……椎名和彦の、以上三名だった。







 職員室にいた和彦から信長の失踪を知らされた純平は、すぐに詩織のところへ駆け付けた。

 和彦に意味深な伝えられ方をしたせいもあり、信長の失踪に敵の襲撃が関係していると思っての行動である。

岡山純平「的外れだったらごめんね、杉本さん…。学校の授業も休ませちゃって…」

杉本詩織「平気です…! あとから先生に怒られるより、あんな怪物に誰かが襲われてるのを思うと……優先しなくちゃならないのは、こっちの方ですから…ッ」

 他人からの心配の目から解放された詩織の行動は大胆だった。

 大胆な逞しさに少しだけ救われながら、学校を抜け出した二人は立川市内の町中を宛てもなく奔走する。

 その背後から、純平に虫の知らせを伝えた張本人の和彦が、二人に気付かれないように尾行しているのも知らずに。

椎名和彦「(……はぁ…。大事な授業をサボってまで、自分は何をしているんでしょう…)」

 職員室を出て、詩織を迎えに行った純平と学校を出るタイミングが遅れたのは、和彦だけは引き続き午後の授業に出席するつもりでいたからだ。

 だが結局、それは叶わなかった。

 職員室を出て教室の前まで戻ったものの、授業も受けずに昇降口から出ていく二人の姿を廊下から目撃してしまい、それが気になって仕方なかったのだ。

椎名和彦「(こんな気持ちは、本当に久しぶりです……。本当に…、自分は一体……どうしてしまったんでしょうね…)」

 自分で自分のことが分からなくなってきている和彦に対して、純平と詩織も混乱していた。

 肝心な信長が何処にいるのか、まったく見当が付かないのだ。

岡山純平「先輩と一緒に抜け出してた人の話だと、確か…立川駅南口にあるゲームセンターに行ってた…って話だった」

杉本詩織「もうそこにはいないと思いますが、まずは行ってみましょう」

岡山純平「そうだね」

ティハル『能力を手に入れたのに“走る”だなんて、随分と効率が悪いわね』

岡山純平「ぅお!?」

杉本詩織「ひゃんッ!!」

 突如、前触れもなく耳元で聞こえたティハルの声に、二人とも驚愕の声を上げる。

 だがそんな反応を見せた二人など知らず、ティハルは能力に関する説明を続けた。

ティハル『もう少し“風の力”を活用しなさい。移動方法に用いれば、時間をグッと短縮できるはずよ』

杉本詩織「…か、活用……? 移動で…?」

岡山純平「風で移動って……もしかして杉本さん…、飛べたりする…?」

杉本詩織「ふぇ?」

ティハル『真っ先に気付くものだと思ってたけど、案外そうでもないのね。あなたたちが捜してる先輩くんがピンチだから、早く駆け付けてあげた方がいいと思って助言しに来たんだけど、正解だったみたいだわ』

 サラッと告げられた現状に、二人は素早く目を合わせる。

 信長がピンチに陥っているということは、和彦の予想は当たっていたということだ。

岡山純平「ティハルさん! 先輩は何処にいるんですか!?」

ティハル『ウイング通りの廃墟ビル、っていえば伝わるかしら? そこに逃げ込んだところで二度目の襲撃を受けてるの』

杉本詩織「ど…、どうして…そんなところに……?」

ティハル『周囲の人間の目に触れないように……と言いつつ、関係ない人を巻き込みたくなかったんじゃないかしら? 危機的状況でも周りに気を配れるなんて、意外と優しいのね』

 とにかく場所は分かった。

 実際のところ、ウイング通りに建っている廃墟ビルは何棟もあるが、バグストの襲撃を受けているビルなら見た目で分かるかもしれない。

岡山純平「それじゃあ、とりあえず杉本さんだけでもッ」

杉本詩織「え、あ、そっか……、岡山先輩は飛べないですよね……」

岡山純平「まぁ、僕は水を操ることしか能がないし……。でも、場所さえ分かればすぐに追い付くよ」

杉本詩織「……ぅぅ」

 敵陣に一人で向かうのが心細いのか、純平と一緒に行けないことを改めた詩織が不安の声を漏らす。

 と、その時。

ティハル『一緒に行く方法ならあるわよ』

岡山純平「え?」

杉本詩織「…! ほ、本当ですか?」

ティハル『あなたが彼の背中に抱き付いて、一緒に飛んでいけばいいじゃない。風の力で浮力を調節すれば、体の小さなあなたでも大抵の物は持ち運べるはずよ?』

杉本詩織「……ぇ…?」







 廃墟ビルに逃げ込んだ瞬間、信長は怪物ナナフシの襲撃を受けた。

 姿が見えなかったため尾行されていることに気付けず、そのまま袋の鼠になってしまったのだ。

ナナフシ『キシシシシシィッ!!』

小田信長「ーーーッ」

 擬態した状態で姿を視覚化せず、その長くて巨大な胴体を鞭のように振り回す怪物ナナフシは、まるでサッカーボールのように信長の体を蹴り回していた。

 敵の姿が見えない信長は、身構えも虚しく人形のように弄ばれ、亀裂の入った床や壁に頭や背中を強く打ちつけて転がり回る。
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