絵本の世界と魔法の宝玉! Second Season
□体育祭の閉会
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いつからだろうか。
しずくが、周囲の目を気にするようになったのは。
陰口や悪口が気になったのではなく、周囲のみんなが何を話しているのかが気になった。
声をかけてくれるクラスメートは何人かいたが、自分から誰かに声をかけることはなかった。
声をかける親友などいなければ、声をかける話題も持ち合わせていなかったから。
そんな環境で育った小学校高学年の二年間で、しずくは周りをよく見たことで数多の事柄に気付く推察力を身につけていた。
それを始めとして、他人と関わることも少なく勉強に集中する時間ばかりが増えた結果、成績は気付かぬ内に学年トップ。
それは今の七色ヶ丘中学でも健在で、成績は一年生の中で常にトップをキープし続けていた。
先述していたが運動神経が抜群な理由も、根幹にはこれらが関わっている。
他人と関わることがなく自身を磨くことしかしてこなかった。
一人ぼっちの毎日が当たり前で、容姿が原因で男子に絡まれ、内面の問題で女子にも相手にされない。
好きな音楽の授業や得意なヴァイオリンを演奏している時だけが、唯一の至福の時間。
たったそれだけの人生が大きく軌道を変え始めたのは……。
やはり、あの読み聞かせ会での出会いが始まりだったのだろう。
男子に絡まれることが日常と化していた展開は、その日を境に打ち切りになった。
強面で喧嘩も強そうな先輩と陽気で個人情報に鋭い先輩が、常に一緒にいてくれるようになったから。
しずくの体は、既にグシャグシャになって潰れていた。
風船のように膨らんでいた腹部も、今ではアバラごと粉砕されたように萎んでいる。
周囲から注目されていた豊満な胸も、今では見る影もなくなっていた。
首から下が水圧で潰され、破裂した肺が無理やり呼吸を促そうとする中、首の骨が折れるかもしれないほど強力な水圧がジワジワと襲いかかってくる。
森山しずく「…………」
こんな苦しみは、あの学校生活の比ではない。
こんな思いをするくらいなら、いっそのこと楽になってしまいたい。
こんな地獄を味わうことがないのなら、もう命など手放してもいいのではないだろうか。
そう思い始めていた時……しずくの耳に、誰かの声が聞こえてきた。
森山しずく「…………?」
聞き覚えのある声。
男子だろうか?
最初、しずくは絡まれ続けてきた学校生活での出来事を思い浮かべたが、どうもその様子は感じられない。
もっと温かくて、もっと優しくて、もっと居心地のいい声だった。
森山しずく「……??」
居心地がいい、というのもおかしな話だ。
何故なら、しずくの耳に届いてくる声は怒鳴り声に近いほど大きくて荒々しく、どちらかといえば耳を塞ぎたくなるほど喧しいものだった。
森山しずく「…………」
ついに首が潰れて骨が断たれ、しずくの首が液体の空間にグラグラと漂い始めた。
まるで首の据わっていない赤ん坊のようだ。
しかし、それでもしずくは声に耳を傾ける。
液体に満ちた空間だからこそ分かりづらいが、しずくの目からは……涙が溢れていた。
天願朝陽『しずく!! 生きること諦めちゃダメだって! まだまだ楽しいことが、これから先も待ってんだからよ!!』
桜野準一『俺らがずーっと一緒にいてやるわッ! 絶対に退屈させへんッ! せやから、こんなとこで死んだらアカン!! いつまで寝てんねん!』
一人ぼっちで孤独な毎日が当たり前で、寂しいという気持ちすら忘れていた。
そんなしずくを救い出してくれた先輩の声が、しずくの“今”を変えていく。
森山しずく「……」
首から下を潰された。
それが何だ。
あの地獄の日々に比べれば、この程度の苦しみなんて何でもない。
あの二人と過ごす日常が奪われて、また今まで通りの生活に戻るか、ここで死ぬか。
そっちの方が、しずくにとって余程の地獄に等しいのだから。
森山しずく「……心配、かけちゃいました……先輩……。ただいま…帰りました……ッ…」
水の中で、明確に声を出す。
首から下の体を取り戻したしずくの目の前に、先程まで存在していなかった水面が現れる。
振り返らずに泳ぎ続ければ、確実に届く現実がそこに広がっていた。
目を覚ませば、みゆきの顔があった。
涙を浮かべていたものの、そこには確かな笑顔がある。
そして……それに負けないくらいに……。
森山しずく「…天願先輩……桜野先輩……。顔、ぐしゃぐしゃですよ…?」
天願朝陽「……当たり前だからよ…」
桜野準一「どんだけ心配したと思うてんねん…ボケぇ……」
ズビーッ!! と鼻をすすりながら涙を拭う二人。
先輩として情けない表情を見せてしまったが、それを正面から情けないと称する者はいない。
泣き顔は終わり、みゆきと同じように二人も笑顔を見せてしずくの手を握り返す。
天願朝陽「おはようさん♪」
桜野準一「そんで……おかえり、やな?」
いつも通りの笑顔を見せる二人を見て、あの日常に帰ってきたことを思い知る。
孤独の日々も地獄の苦しみも終え、今までの毎日に戻ってきたしずくは……今度は自分が泣く番に回る。
森山しずく「……ただいま、です…。先輩…」
もう、一人ぼっちじゃない。
氷塊から引き抜いて、氷漬け状態になっていたマホローグを抱えたアクアーニは、先のルプスルンと同じように七色ヶ丘中学を出て行く。
宝玉の取り込みに成功したか否かは見届けなかったが、気配が消えると同時に悲劇的な叫びも聞こえない。
もしろ、至って平和的な歓喜の声が聞こえてきた。
アクアーニ「…………」
ルプスルン「成功したらしいな、アイツら……」
マホローグを抱えたまま七色ヶ丘の空を飛んでいたアクアーニに、ルプスルンが下方から合流してくる。
これでデッドエンド・バロンが始末するべき命が、また一つ加わった。
アクアーニ「宝玉を取り込むことで、私たちから命を奪われるリスクを伴う。反面、宝玉の気配を察知されることはない」
ルプスルン「ただ回収するだけなら、オレらにも宝玉の気配は漏れてくるからな……。どの道、回収されてなかろうが、取り込んじまえば回収されたも同然か……」
アクアーニ「どうするのだ? もう五つは回収されてしまったぞ」
アクアーニたちの頭の中にも、亡くなった後に宝玉を取り込んだなおの記憶は抹消されている。
実質上、取り込まれた宝玉の数は六つなのだが、今はそのことに気付いていない。
なおが無事に帰還を果たした時、忘れていた宝玉を一つ思い出すことになるだろう。
ルプスルン「全部で十二個。もうすぐ半分。だからどうした? オレたちのやるべきことは変わんねぇよ」
アクアーニ「……そうであるな」
夕方までは時間の残る午後の空を、マホローグを抱えたアクアーニとルプスルンが飛び去っていった。
宝玉の破壊と宝玉を取り込んだ者の殺害。
彼らの目的に、一切変わりはない。
やよいたちもみゆきたちと合流を果たし、しずくの無事が確認された。
その様子を校舎に潜入していた伊勢崎が見届ける。
伊勢崎青葉「(とりあえず助かった……の、かしら? よく分からないけど、さっきまでのあの子の症状、やっぱり似てるわね)」
世界各国で起きている変死の怪事件。
その真相に近付いてきている確信が、ここ最近で一層強まっている。
決定打に欠けるため不用意な接触ができずにいるが、伊勢崎はいつまでも待ち続ける。
伊勢崎青葉「(このチャンスは逃さない……。何が何でも掴み取ってみせるわ……)」
とにかく今は校庭に戻っておこう。
安全が確保されたため、待機を解除すれば全てが元通りになる。
予想外の事態に見舞われたものの、体育祭の最後はこれから飾らなくてはならないのだ。
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