絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season

□不思議の国の終焉
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 なおたちの目の前で、五体のアカンベェが一瞬にして消失する。

マホローグ「ーーーッ!?」

緑川なお「……ち…、チェイサー!?」

美優楽眠太郎「アカンベェが、消えた…?」

 消えたのはアカンベェだけではない。

 アカンベェによって吹き飛ばされたはずのチェイサー自身も見当たらなかった。

 しかし……。

赤剣アカンベェ『アカンベェ!!?』

黄兵アカンベェ『アカンベェッ!?』

巨鼻アカンベェ『スーパーアカンベェ!?』

 消えたはずのアカンベェは、何かを隔てているような声で微かに聞こえていた。

 そこには、アカンベェと同じくして消えたチェイサーの声も含まれている。

チェイサー『オレの力は空間の制御……。魔句詠唱を使って、オレとアカンベェのいる場所だけ、この場から切り離した……』

緑川なお「チェイサー…ッ」

 声色が違う。

 その雰囲気は、なおが思わず怯んでしまうほどに。

チェイサー『お笑いだ…。このオレが、任された戦闘さえ送れなくなるなんて…。馬鹿げてる…』

美優楽眠太郎「お、おい…大丈夫なのか…?」

 チェイサーは息も絶え絶えだった。

 まだ喋れてるだけマシなのだろうが、考えてみれば状況は恐ろしいものだ。

 この魔句詠唱は、チェイサーがその場にいることが絶対条件で発動している。



 つまり、なおたちはアカンベェと引き離されたため、その脅威の範囲から脱しているが。

 逆に言えばチェイサーは、あのアカンベェの軍勢と同じ空間に“閉じ込められており”しかも“逃げ出すことすらできない”のだから。



緑川なお「ーーー!?」

チェイサー『オレが引き続き、アカンベェを引き受ける。二人も、そのまま戦いを続けて』

緑川なお「無茶だよ、チェイサー! さっきの攻撃を真正面から受けてボロボロのはずなのにッ!!」

マホローグ「ウヒヒヒヒヒ!! こりゃ最高だッ! アカンベェの軍勢を前にして、完全に一人きりで戦うとはッ」

 アカンベェの強さを自分の体で味わったからこそ、チェイサーは察したのだ。

 マホローグとウラシマンを兼任して相手にできるほど、もう甘い相手ではなくなった、と。

チェイサー『言ったろ…、なお。本気のオレは、いつもとは違うって』

緑川なお「チェイサー…ッ」

チェイサー『勝ち残りたいなら黙って戦え。時間もマジカルエナジーも無限じゃないんだッ。構えろッ!』

緑川なお「……ッ…」

美優楽眠太郎「…クソッ!!」

 嘲笑うマホローグを睨み、なおが身構えて飛びかかる。

 覚悟を決めた眠太郎も、戦況すら理解していないウラシマンを前に拳を握る。

 そしてチェイサーも、なおたちとは切り離された空間の中で、その空間から脱しようと試みているアカンベェの軍勢を見据えていた。

チェイサー「無駄無駄ぁ……、この空間はオレの意思で制御してる……。出て行きたけりゃ、オレを始末するんだな」

巨鼻アカンベェ「スーパーアカンベェッ」

 目的を把握し、アカンベェの軍勢がチェイサーを敵視する。

 だがそれは、アカンベェの軍勢を殲滅することを引き受けたチェイサーとて同じことだ。

チェイサー「掛かってこいッ、怪物!! このチェシャ猫がッ、一匹残らず食い倒してやらぁ!!」

 まず狙ったのは、最も面倒な緑っ鼻。

 魔法と頭脳で対抗されては成す術もない。

 単純な戦力でも勝てないのなら、知能の低いアカンベェの攻撃に巻き込ませて倒すことだ。

チェイサー「だぁあああッ!!」

 次に目を付けたのは、青っ鼻。

 あの防御力を打ち破る方法も、黄っ鼻かデカっ鼻の力を利用する必要がある。

 途中で赤っ鼻からの迎撃を受けつつも、チェイサーの策略は思い通りに進行していく。

チェイサー「が…ッ、あぐッ! う…、おおおッ!!」

 三体ものアカンベェを本気の戦意で打倒した後、本来の力を振るってくる赤っ鼻に目を光らせた。

 既にチェイサーは動くことすら困難だったが、生憎と浮遊して飛び回る術が残っていた。

チェイサー「ほーらほらほらッ、ゲ…フッ…、こっちだッ、こっちぃ!!」

 吐血するようにして絵の具を吐き出し、ドロドロになった体をコントロールする。

 溶け出した両足から絵の具が滴りつつも、狙い通りにアカンベェを撃退した。

赤剣アカンベェ「アカッン…ベェ……ッ…!!」

 赤っ鼻のアカンベェにトドメの一撃を刺したのは、チェイサーによって翻弄されたデカっ鼻のアカンベェだった。

巨鼻アカンベェ「ーーーッ」

チェイサー「ニーヤ…ニヤニヤ……、ありがとサーンキュ…♪」

 赤っ鼻のアカンベェを事故で倒してしまったデカっ鼻の怒りは、自分を欺いたチェイサーに向けられる。

 もはや飛び回ることすら難しくなってきたチェイサーも、ようやく一対一の戦いを前にして不敵に笑った。

チェイサー「この不思議の国の中では、オレがルールだ……。空間の中の掟こそが、オレ自身だ……」

巨鼻アカンベェ「スーパー…ッ」

チェイサー「オレこそが、アンタの支配者だ…ッ。分かるか怪物ッ、さっさと…、くたばれぇッ!」

巨鼻アカンベェ「アカンベェ…ッ!!」







 やがて、チェイサーが魔句詠唱によって発動した“不思議の国”に、終焉が訪れる。

 真っ先に姿を現したのは、デカっ鼻のアカンベェだった。

巨鼻アカンベェ「…スー…パー、ア…カン……ベェ………」

 その鼻に思いっきり噛み付いているチェイサーの姿が確認できた瞬間、ついにデカっ鼻のアカンベェさえも消滅した。

 残っているアカンベェは、ただの一体すら存在しない。

緑川なお「チェイサーッ!!!!」

 チェイサーの目に、なおの姿が映る。

 マホローグとの戦いでボロボロになり、額や口の端から血を流していた。

 横目で確認してみれば、破壊された土の巨人の手足すら復元が難しくなった眠太郎が、まだウラシマンと対峙している姿が見て取れる。

チェイサー「…………」

 少しは貢献できたかな。

 その言葉すら、もう声にならない。



 絵の具でドロドロに溶けたチェイサーの体は、もう首から上しか残っていなかった。



チェイサー「(あーぁ……風のお嬢さん……。ほら……泣かないでよ……)」

 落ちてきたチェイサーの首を抱きとめて、涙を流すなおに向けて、チェイサーの顔は笑っていた。

チェイサー「(……なお…………、そんな顔…似合わない………。さぁ……一緒に………)」

 形が崩れて、声も出ない。

 なおの両手を絵の具で汚したまま、それでもチェイサーは届けてみせた。





 あの陽気で喧しくて、いつでも自分自身を曲げなかった、相変わらずの笑い声を。

チェイサー「(ニーヤ…ニヤニヤ…♪ バイバイ………なお……)」

 その笑い声は届いたのか。

 チェイサーがいたはずの両手を見つめて、風の少女は泣き叫ぶ。
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