殺戮の天使 Revive Return

□会いバンク
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 時系列は今現在に戻る。

 壊れた電話機の受話器を握り、耳に当てたまま呆然としているザック。

 その隣りで、同じような反応のまま立ち尽くしているグレイ。

 その対面に、電話機のコンセントを握りながら笑っているフリッツ。

 そして……ザックたちには見えないが、フリッツの傍らには……レイチェルが立っているのだ。

フリッツ「以上が、僕が知り得たレイチェルの詳細。僕と出会う前までのことは、レイチェル本人が言ってくれたから間違いないね」

レイ『…うん。全部本当』

ザック「マジ、かよ…」

 ザックの耳に、壊れた受話器からレイチェルの声が響く。

 紛れもない本物だ。

 浮遊霊として、霊体のレイチェルは今この場所にいる。

 フリッツと違って霊感体質ではないザックとグレイでは、その姿を確認することはできないが。

グレイ「しかし、その話が本当ならば……今頃ダニーは危険な状態ではないのか?」

フリッツ「そうだね…。彼も迎えに行ってあげないと。だから僕もまた眠らなくちゃ」

 レイチェルもフリッツも、ダニーを残してきた段階までしか現状を知らない。

 今頃どんな戦況になっているのか、こればかりは知る由もないのである。

 が、それとは別に問題が一つ。

ザック「待てよ。結局のところ、これじゃあレイは生き返ってねぇんだろ?」

グレイ「むぅ」

ザック「俺たちはレイを生き返らせたくてここまで来てんだ。霊体だけじゃ顔も見れねぇ。声が聞けても、お前と電話を必要とするなんざめんどくせぇだけだ」

フリッツ「確かにね。でも悪いけど、この子を生き返らせる方法は僕にも分からないよ。こんな風に魂だけを連れてくるので精一杯さ」

 確実に進歩した。

 だが解決はしていない。

 ザックとレイの願いを叶えるためには、まだパズルのピースが足りな過ぎるのだった。

フリッツ「でも、ここは闇市だ。可能不可能の概念なんて関係ないし、異常が基本のイカれた連中が集まってる裏世界の街……」

グレイ「また次なる手に賭けてみるだけだ。まだ諦めるのは早いぞ、ザック」

ザック「誰も諦めるなんざ言ってねぇよ。レイを生き返らせるまで、俺は絶対に投げ出さねぇからな」

レイ『…ザック』





ザック「約束だ、レイ。俺は必ず、お前を生き返らせる」

レイ『……うん…ッ』





 二人が交わした、二度目のイカれた約束。

 一度目とは真逆の意味を持つ、普通ではない異常な絆。

グレイ「だが不便だ。このように電話を介さなければ会話も出来ないとは……」

フリッツ「あぁ、その点も任せてくれて大丈夫だよ。すぐには準備できないけど、こんなことをしなくても会話できる方法は他にもあるんだ」

ザック「マジか!」

 しかし、この歓喜な雰囲気を壊してしまう声が響き渡った。

??「その心配はいらないね」

グレイ「…?」

ザック「あぁ…?」

 この下水道に、いつの間にか第三者が踏み込んでいる。

 ザックとグレイの目には見知らぬ男として映ったが、レイチェルとフリッツには……少なくとも“その姿”には既視感を覚える。

 獄都で働いている、獄卒が着ている憲兵服だ。

レイ『ーーーッ』

フリッツ「これは参ったねぇ……。獄卒のお出ましだ」

グレイ「なにッ!?」

ザック「ほぉ……てめぇが“きのした”っつー獄卒か」

 ザックの挑発的な言葉に対して、現れた獄卒は穏やかに否定の言葉を唱える。

佐疫「いいや、僕の名前は佐疫。木舌じゃないよ」

ザック「どーだっていい。てめえ、レイを連れ戻しに来やがったのか」

佐疫「当然です。彼女は既に死んだ身の魂……。もう“こちら側”の人間です」

 鎌を握り締める手に力が加わる。

 ダニーの安否が気になるところだが、フリッツたちが逃げ切れるまでの時間稼ぎが出来たのならば……。

 目の前に立つ佐疫という獄卒も、ザックなら取り押さえられるかもしれない。

ザック「悪いが、俺は手加減しねぇからな?」

佐疫「そのようだね」

 鎌を構えて向かってくるザックに対しても、佐疫は顔色を一切変えない。

 何故なら、ザックが鎌を振り切った瞬間……。



 まるで最初から“そこに何もなかったかのように”鎌は手応えすら感じさせず、虚空を斬り裂いて佐疫の体を通過する。



ザック「あぁッ!?」

グレイ「これは…ッ」

レイ『ザック!』

フリッツ「……ッ…」

 フリッツは言っていたはずだ。

 生者と死者は干渉できない。

 獄都で木舌がフリッツに手出し出来なかったのと同じように、現世でのザックは佐疫と関わることが出来ないのである。

佐疫「僕を斬りたいなら自殺でもしてみるといいよ。死者となった君となら、僕も相手ができるから」

ザック「……ッ、てめえ!」

佐疫「通信機を壊されるまで、木舌からの連絡は届いていたんだ。ごめんね。レイチェル・ガードナーは連れ帰らせてもらうよ」

 木舌が最後に伝えた特務室への連絡事項。

 その伝達は完了しており、室長の肋角から佐疫に指令が下された。

 獄都から現世に逃げたレイチェルの魂を回収しろ、と。

佐疫「亡者には亡者の逝くべき場所があるんだ。それは少なくとも、現世(ここ)じゃない」

レイ『……ッ』

フリッツ「ふぅ、仕方ないねぇ」

 溜息を吐いたフリッツは、傍らに立っていたレイチェルに“意識して”触れる。

フリッツ「乗りかかった船だ。ここは最後まで世話をしよう」

佐疫「……! 待てッ」

 懐から銃を取り出し、素早く身構えて引き金を引く。

 佐疫の攻撃では生者のフリッツにダメージを与えられないわけだが、死者のレイチェルは別問題だ。

 その銃弾は、レイチェルに限定してダメージが通るのだから。

ザック「てめえッ、レイに何しやがったッ!」

佐疫「…………」

ザック「おいッ、レイ!! 返事しやがれッ!! レイッ!!!!」

佐疫「………逃げられたよ…」

ザック「……あ?」

 改めて見てみると、フリッツが既に眠っていることに気付いた。

 その際にレイチェルに触れていたのならば、もしかしたら彼らの意思は再び……。

佐疫「もうここにはいない。せっかくここまで足を運んだけど、自ら獄都に戻っていったみたいだ」

グレイ「だが、これは一時的な撤退に過ぎない。また再び現世に戻ってくるぞ」

佐疫「だろうね。それは言われなくても分かってるよ」

 レイチェルは、フリッツの判断で再び獄都に戻っていった。

 しかし、これは一時的な緊急避難。

 ダニーを迎えに行かなければならない理由もあるが、彼らは近い内にでも現世に戻ってくるだろう。

佐疫「だからこそ、先に忠告しておくよ」

ザック「……?」

グレイ「忠告…?」

佐疫「僕たちは、亡者の逃亡を許さない」

 そう前置きして、獄卒の佐疫は忠告する。

佐疫「レイチェル・ガードナーも、その他の亡者も。全ての亡き魂の管理は獄都の閻魔庁が握っている。蘇りは許さない」

ザック「…………」

佐疫「もしも君たちが、本当に亡者の復活を企んで行動に移り、それを実現させたとしても……。僕たちの任務に変わりはない。必ず獄都に連れ戻す」

 佐疫の姿が、足元から少しずつ消失していく。

 彼も獄都に変えるようだ。

佐疫「生者である君たちは、僕らのような獄卒に触れることは出来ない。霊体である亡者に至っては、その姿を見ることも不可能だ」

ザック「…………」

佐疫「君たちに出来ることは何もない。黄泉の世界とは関わりのない生者として、今を生きるのが懸命な判断だと、僕は思うけどね」

 そう言い残して、佐疫は消えた。

 遠回しに、レイチェルの蘇生は諦めろ、と促し続けながら。

グレイ「……言われ放題だったなぁ、ザック…。これからどうする…?」

ザック「決まってんだろ」

 鎌を振るって、地面に転がせておいた壊れた受話器を手に取る。

 ほんの少しの間だけだったが、確かに本物のレイチェルと繋がれていたものを。

ザック「目的は変わんねぇよ。次だ次。レイを生き返らせる手掛かりでも何でも、知ってる野郎共を捜しに行くぞ」
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