絵本の世界と魔法の宝玉! First Season

□やよいの悩み
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 昼休みが終わり、午後の授業が再開される。

 しかし、学校とは授業ばかりが生徒たちの役目ではない。

 学校行事を含め、その時期に合わせて様々な催し物が展開されていくのだ。

青木れいか「校内美化週間ポスターのコンクールまで、あと僅かです。何方か、描いてくださる方はいませんか?」

 そして現在、七色ヶ丘中学では“クラス対抗、校内美化週間ポスター”のコンクールが行われていた。

 内容は、校内美化をテーマにしたポスターをクラスで一枚ずつ選出し、他のクラスと対抗し競うというものだ。

 その締め切りが迫っている今、みゆきたちが在籍する二年二組はポスターを提出するどころか、いまだに誰が描くのかさえ決まっていなかった。

木村さとし「誰でもいいんじゃない?」

緑川なお「じゃあ、あんたがやりなさいよ」

木村さとし「ぇ…、やだよ」

 まとまりがないわけではないが、立候補者が名乗り出てくる様子はない。

 他人に押し付けている、というよりは、自分に描ける自信がない、という表現が強く出ているようだった。

佐々木先生「今日中に決めないと間に合わないですよ!」

青木れいか「推薦でも構いませんッ」

 担任の佐々木先生も学級委員のれいかも、今の状況に少なからず焦りを覚えているようだ。

 だが、れいかの言葉にみゆきは一つ閃くことがあった。

星空みゆき「…ぁ」

 つい先ほど、みゆきは自分のクラスにいる“絵が上手い子”の存在を知ったばかりだった。

星空みゆき「はい、はーい!」

 思い至ったが吉日。

 早速みゆきは、れいかに向けて挙手の姿勢を現した。

青木れいか「はい、星空さん」

 れいかに指されて椅子から立ち上がったみゆきは、教室の最前列に座っているやよいを指名した。

星空みゆき「黄瀬さんがいいと思います!」

黄瀬やよい「……え? えええ!?」

日野あかね「ウチも賛成ー!」

黄瀬やよい「えええええッ!!!??」

 だが当人には堪ったものではない。

 案の定、まさか自分が指名されると思っていなかったのか、あからさまに慌てた様子を見せた。

青木れいか「他に意見はありませんか?」

 れいかの言葉に答える者は……いなかった。

黄瀬やよい「え、あ、あうぅ……」

青木れいか「黄瀬さん、引き受けてくださいますか?」

黄瀬やよい「あ、ぁ……」

 結局、やよい以外の名前が上がることはなかった。

 こうなってしまった以上、もう自分が描くしかない。

 しかし、最初こそ驚きと焦りを見せていたやよいだったが、れいかの願いを承諾した時だけは、ほんの少しだけ嬉しそうな笑みを見せていた。

青木れいか「はい。では、黄瀬さんにお願いします」

 クラス対抗、校内美化週間ポスター。

 二年二組からのコンクール出場者は、黄瀬やよいに決定した。







 一方、その頃。

 七色ヶ丘中学の屋上にて、昼休みにみゆきとあかねが食事をしていた場所に、一人の少年が立っていた。

ネコさん?「ニーヤニヤニヤ♪ 何やら不穏な空気だね〜、どうも」

 かつて七色ヶ丘中学の図書室でみゆきの前に現れた、化け猫の少年だった。

 落ち着きがない性分なのか、屋上でクルクルと回ったり、逆立ちしたり、バック転したり、とにかく一人きりで動き回っていた。

 しかし、前髪に隠れた左目が捉えている視界には、みゆきの在籍している二年二組の教室が映し出されている。

 目の前の光景が二つもあるとダブってしまうため、この時ばかりは右目を右手で押さえていた。

ネコさん?「ここはオレの出番かなぁ〜? いやいや、まだまだ先のこと? やっぱり未来は見えねぇ〜や」

 眼下にグラウンドが広がるフェンスの上まで跳び上がった少年は、そのままバランスを保って立ち続ける。

 足場などないはずのフェンスの上に立つ少年は、外から見れば自殺志願者以外の何者でもない。

ネコさん?「手遅れになる前に行動するか、手遅れになった後で動き出すか……。気紛れな猫は自由奔放、ってね♪ ニーヤニヤニヤ」







 七色ヶ丘商店街、英雄古本店にて。

 絵本の中古本が並べられた棚の前で、魔王は一冊の絵本を手に取った。

魔王「……桃太郎の物語だけで、これで七冊目か…。馴染みのある作品は、やはり著者が多いのだな…」

 桃太郎を棚に戻しながら、魔王は改めて作品を眺めていく。

 本当に見つけ出したい作品は、この棚の中には見当たらない。

美優楽眠太郎「すみませんねぇ、お嬢ちゃん。うちは古書店だから、棚に並んでるので全部だよ」

ニコ「お店の裏とかにはないの? まだ値札を付けてなくて、棚に並べる前の本とか」

美優楽眠太郎「もちろんあるが、漫画や小説ばかりだ。絵本はないよ。それに、お嬢ちゃんたちが探してる絵本なんだけど、少なくとも俺は聞いたことがない題名だからなぁ」

ニコ「………ッ…」

 店長の眠太郎は、ニコと魔王が探している絵本が見つからない理由と、その題名を自分が知らなかった理由を推察した。

 ずっと昔に出版されたもので既に絶版になっているのか、発行部数が極端に少ないマイナーな作品なのか、おそらくそのどちらかだろう。

 尤も、これは推察の域を出ることがなく、この場で答え合わせができる環境も整っていない。

 結局、真相は闇の中だろう。

魔王「諦めろ、ニコ。店内の棚の中も一通り見て回ったが、無いものは無いのだ」

ニコ「………お邪魔しました…」

美優楽眠太郎「いいや、またお越し下さい」

 英雄古本店を出た二人は、特に気にした様子を見せない。

 内心、分かっていたのだ。

 二人が探している絵本は、そう簡単に見つかるような作品ではないし、人々に広く知られている作品でもないということを。

魔王「大丈夫か、ニコ」

ニコ「…大丈夫よ。さぁ、宝玉を探しましょう……」

魔王「……そうだな…」

 七色ヶ丘商店街を歩きながら、二人は宝玉探しを再開していく。

 今のところ、宝玉が新たに現出した気配は感じられない。







 放課後になり、二年二組の教室から生徒たちが帰路に着いていく。

 そんな中、やよいの席の傍にはみゆきとあかねが歩み寄ってきていた。

黄瀬やよい「星空さん…、どうしてわたしを推薦したの…?」

星空みゆき「だって黄瀬さん、絵が上手いじゃない!」

日野あかね「やよいなら、きっと優勝できるッ」

 みゆきに便乗して、やよいの推薦を促していたあかねも同意見だった。

 しかし、やよいはどうしても自信を持つことが出来なかった。

黄瀬やよい「……二人は何も知らないから…、そんなことが言えるんだよ…」

星空みゆき「……?」

日野あかね「……?」

 やよいの言葉の意図が分からずに二人が首を傾げていると、やよいはテキパキと帰り支度を進めてしまった。

黄瀬やよい「ごめんなさい。わたし、行く所があるから…」

星空みゆき「あ…、黄瀬さん!」

 言うが早いが、やよいは鞄を手に取って教室を出て行ってしまった。
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