絵本の世界と魔法の宝玉! First Season

□化け猫の正体
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 黄瀬家、やよいの部屋。

 クラス対抗、校内美化週間ポスターのコンクールにて、やよいは努力賞を受賞した。

 しかし入賞したポスターとは異なるポスターが一枚、やよいの手元には残されている。

黄瀬やよい「…………」

 顔も名前も、自分との関係さえ曖昧になってしまった誰かの作品を眺めていると、どうしてもモヤモヤとした気分が押し寄せてくるのだった。

黄瀬やよい「何だろう……。よく分からないけど…何か胸に引っかかってる気がする…」

 やり遂げられなかったことがある気がした。

 あの日、やよいは何かを成し遂げようと走っていたはず。

 でも、その目的を今となっては思い出せない。

 その感覚に、悪い気分を覚えていた。

黄瀬やよい「……やっぱり…、星空さんとあかねちゃんが関係してるよね…」

 そしてあの何かがあった日に、やよいと一緒にいたのは二人のクラスメート。

 星空みゆきと日野あかね。

 更に言えば、今まで見たこともない奇抜な格好の集団。

 翼のような形の銀髪に、ゴシックロリータ姿の少女。

 黄色い触覚のようなアホ毛を二本伸ばした紫色の髪と、左頬に緑色の稲妻のような刺青がある男。

 左側の前髪だけ長く伸ばして目元を隠した、肩まで届く赤紫色の髪を持つ猫耳の少年。

 そして、虎柄のパンツに金棒を担いだ典型的な赤鬼スタイルの大男。

黄瀬やよい「………よし…ッ、決めた!」

 ここまで目の当たりにすれば、やっぱり事態をハッキリ理解したい。

 やよいは、明日にでもみゆきとあかねから詳しい話を聞いてみることにしたのだった。







 そして翌日。

 授業が三時限目まで終わった七色ヶ丘中学は、お昼前の最後の休み時間に入ろうとしていた。

 みゆきとあかねは、事情があって七色ヶ丘中学の図書室を訪れている。

星空みゆき「それじゃあ、行くよ?」

日野あかね「いつでもええで」

 図書室の一角にて、本棚に並ぶ本を決まった手順で操作する。

 カチッ、カチッ、カチンッ。

 すると、ふしぎ図書館への通路が開かれる。

 みゆきとあかねは、今回も開かれることになった宝玉会議へと、魔王からの申し出を受けて出席する約束を交わしていたのだった。

日野あかね「はぁ〜……いつ来ても馴染めへんなぁ……ここ」

 ふしぎ図書館に足を踏み入れたあかねは、相変わらずの幻想的な景色に視線を巡らせる。

 あかねにとって、ここに来るのは三度目のこと。

 協力を承諾した際に挨拶回りと称して、ここに来たことが最初。

 次に訪れたのは、みゆきの付き添いでウルフルンのお見舞いに来た時のことだ。

 と言っても、その二回の内で会うことができたのは、みゆきも知っているメンバーのみだった。

星空みゆき「あッ、ウルフルーン! 具合はどうなの?」

ウルフルン「よぉ。まぁ……まずまずだな。もうすぐ復帰できるぜ」

 既にウルフルンは、自分の足で出歩くことができるまで回復していた。

 今は休んでいた分の運動量を取り戻すために、少し体を動かし始めている……言うなればウォーミングアップの段階らしい。

フランドール「ここぞって時に肉離れでも起こされちゃ、堪んねぇからな」

バットパット「そう簡単に離れるものでもないでしょう。心配いりませんよ」

日野あかね「いや……っちゅーかウチ、まだフランドールの二重人格に慣れへんねんけど…」

星空みゆき「わたしも最初は怖かったよ…。でも、もう慣れちゃった♪」

 ふしぎ図書館の真ん中に位置する建物の中、みんなで集まれる大きなテーブルを囲って席に座る。

 今のメンバーは、みゆき、あかね、ウルフルン、フランドール、バットパット、の以上五名が到着していた。

 そこに、アカオーニとチェイサーを連れてホレバーヤが入室してくる。

ホレバーヤ「おやおや、今日もお客さんがいっぱいで嬉しいわ」

ウルフルン「あん? 今日はこれだけか?」

アカオーニ「マジョリーナたちは宝玉の探索に向かってるオニ」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ♪ それじゃあ今は、司会進行のMCたちを待つとしようかな〜ん」

 そういったチェイサーは席に座らず、テーブルの上で逆立ちしながらクルクルを器用に回り始めた。

 スカートのように腰から下げている何十本もの鎖が危なげに振り回された。

ホレバーヤ「こらこら、チェイサー。お行儀が悪いですよ」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ♪ ごめんなさ〜い♪」

 まったく悪びれていないチェイサーだったが、言うことは聞く性分なのか大人しく席に座り直した。

 と同時に、チェイサー曰くの“司会進行のMCたち”が姿を現す。

魔王「相変わらず騒がしいヤツだな、チェイサー」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ、それほどでも♪」

ニコ「馬鹿ね。褒めてないわよ」

 これにて、今回の会議に出席予定だった十名が集結した。

魔王「さて、まずは最初の議題だが……これは先日、七色ヶ丘中学で起きた件として理解しているな?」

 魔王が口を開き、何が何でも避けたかった最悪の事態が起きたことを告げる。

魔王「誠に心苦しいことに、人間の被害者が出てしまった。チェイサー、詳しい解説を頼むぞ」

チェイサー「は〜いッよっと!」

 名指しされて勢いよく立ち上がる。

 それも、わざわざ椅子の上に立つという意味不明なおまけ付きで。

チェイサー「被害者の名前は“蘇我竜也”だね。もうみんなも忘れちゃったかもしれないけど、オレの力で存在そのものを忘却済みだよん」

星空みゆき「存在、そのものを…?」

日野あかね「それ…結局、どういうことなん?」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ♪ 文字通りだよ、お嬢さんたち。オレのやったことは、そのまんま!」



チェイサー「“蘇我竜也”なんて人物は、最初から何処にも存在しなかった。記憶、記録、思い出、出生。その全てに関することを少しずつ抹消し、今では何も残っちゃいない! このオレの頭の中だけを除いてな♪」



 家族も友達も、蘇我竜也の存在を忘れてしまった。

 思い出や記憶も抹消され、私物は全て赤の他人の物になる。

 形として残されたものが消えることはないが、それが何だったのかを思い出せる者は一人もいない。

 唯一、その術を施したチェイサーを除いて。

星空みゆき「…………」

日野あかね「……何か…嫌やな…、それ……」

ニコ「一応、まだ“いる”んでしょ? その蘇我って人」

星空みゆき「え?」

ウルフルン「チェイサーの魔句詠唱ってのは、人の存在を消すことが本筋じゃねぇからな」

 魔句詠唱。

 みゆきにとって、その言葉を聞くのは二度目だった。

星空みゆき「そういえば、前にバットパットが言ってたよね…。フランドールちゃんから、ウルフルンたちが持ってる個人の能力みたいなもの、って教えてもらってたけど…」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ♪ その通りだよ、お嬢さん。魔句詠唱について、もっと深いとこ知っておきたいかい?」

日野あかね「焦らすなや。こちとら十分しかない休み時間を返上して来てんねん」

 お昼休みくらいゆっくりしていたい、という要望から会議の時間を調整してもらっていた。

 しかし、調整したところで普通の休み時間など十分足らず。

 みゆきたちがこの場にいられる時間は限られていた。

チェイサー「ニーヤニヤニヤ、なるほどねぇ♪ 失礼しました、炎のお嬢さん。それでは、簡単に話すとしようか!」

 一礼したチェイサーは、そのまま魔句詠唱について簡潔にまとめて話し始める。

チェイサー「魔句詠唱とは、絵本の世界の住人ならば誰もが持っている能力の名称。自分の正体に関する言葉を意識して紡ぐことで、その力を発揮することができる」

 するとここで、チェイサーはチラリと視線を移す。

チェイサー「まぁ〜、何事にも例外があるんだけどね〜♪」

ニコ「………ふん…」

魔王「……余計なことはいい…。続けろ…」

 魔王に促され、チェイサーは魔句詠唱の解説を再開する。

チェイサー「でもねでもね? この能力を発動させるにはリスクが伴う! 何・故・な・ら、この能力を発動させているエネルギーは、絵本の世界の住人たちの命を形作っている“マジカルエナジー”だからなのさ!」

 マジカルエナジー。

 それは、絵本の世界そのものを構成している壮大な魔法力。

 世界の構成に使われている宝玉の中には、莫大な量のマジカルエナジーが含まれているのだ。

 それこそが、みゆきやあかねが光と炎の能力を発動させている源ということになる。

星空みゆき「命、って……。ウルフルンたちの命も、マジカルエナジーで出来てるの?」

ウルフルン「まぁな。そして、魔句詠唱を呟いて能力を発動するには、自分の命を削る形でマジカルエナジーを使わねぇとなんねぇわけだ」

 あの日、蘇我竜也の存在が消滅した瞬間、チェイサーは大量の鼻血を流していた。

 おそらく、あの時もチェイサーは自分の命を削って能力を使っていたのだろう。

日野あかね「そんなん、多用したらマズいんとちゃうか?」

バットパット「当然です。ですが、絵本の世界の住人には“死”の概念がありません。例え命を使い果たして消えたとしても、代わりが新たに生まれてきます」

日野あかね「…か、代わり……?」

ウルフルン「人間と違って、オレたちの存在には代わりが利く。オレが死んで消えちまっても、オレと同じ立場に立つ新しいオオカミが、絵本の世界に生まれてくるのさ」

星空みゆき「……でも…それは“ウルフルン”じゃないんだよね…?」

 みゆきの言葉に、ウルフルンは正直に頷いた。

ウルフルン「…そうだな。オレの正体と同じ作品に登場する、オレと同じ立場のオオカミ。だがそれは、もうオレじゃねぇんだろうな…」
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