殺戮の天使 Revive Return
□翼の折れた天使
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米国某所にて、通り魔による殺人被害が多発している。
事件が起きるのは真夜中のみ。
日が落ちてからの外出に注意を呼びかける警察の働きを欺くように、無差別な殺しは止まることなく続いていく。
毎日ではなく、週に一度の時もある。
が、その日の内に見つかる被害者の数も定まっていなかった。
一人の時もあれば、多ければ五人ほどの遺体が見つかったケースもある。
世間では、その事件の恐ろしさに皆が恐怖している反面、朝から昼間は平和そのものだった。
米国某所の公園の一角。
捨てられていた新聞を拾い上げ、一面にデカデカと掲載された通り魔事件を読みながら。
アイザック・フォスター(ザック)はベンチに腰掛ける。
ザック「…………」
廃れた公園で遊ぶような子供はいない。
子供どころか、この周囲には大人も寄り付かない。
人の気が完全に失せた廃公園に捨てられた物は、何処からか飛ばされてきた物か、ホームレスの持ち物か、そのどちらかである。
ザック「……やっぱ…読めねぇな…」
ザックは文字が読めない。
しかし、新聞記事に掲載されている文字の形なら見飽きていた。
つまり、それだけ何度も何度も同じ内容が記載されているということだ。
ザック「……まぁ、どうせ“誰かさんが殺されました”とか、そんなモンだろ…。つまんねぇ…」
文字は読めずとも、噂くらいなら嫌でも耳に入る。
最近になって多発している通り魔の事件ならば、さすがにザックも知っていたのだ。
というより、知っていて当然のことだった。
何故なら、その通り魔とは“ザック”のことなのだから。
ザック「…………」
新聞を捨てて公園を出る。
フードを被って顔を隠し、ザックは米国の町へと足を踏み出した。
かつての、連続殺人鬼。
そして、女児誘拐の冤罪。
その果に受けた、死刑宣告。
囚人の身になってから、脱獄の成功。
そして現在、無差別殺人を繰り返す残虐な通り魔。
ザック「…つまんねぇ」
そう呟きながら、ザックはコートのポケットに押し込まれていたパンに噛み付く。
カビだらけのパンは、記憶が確かなら……およそ四日ほど前に拾ったものだった。
米国の町は、真夜中こそ恐れられているものの、朝や昼間は平和だった。
学校に通う子供たち、会社に急ぐ大人たち。
綺麗な公園に集まる老人たち、買い物をしながらお喋りに花を咲かせる主婦たち。
通り魔の件もあって、警察が所々を巡回しているが、その警備も緩いものだった。
あえて堂々と街中を歩いていくザックの存在に、意外と誰もが無関心だった。
ザック「腹減ったな…」
そして、夜が訪れる。
平和に浸る時間は、もう終わりだ。
隠れ家から鎌を持ち出したザックは、真夜中の闇に身を潜める。
ザック「さぁて……今夜も行くか…ッ」
目を光らせ、刃を光らせ、たった一人の獲物を捜しに。
ザック「今…行くぞ、レイ…ッ。今日こそ、てめぇを殺してやるッ」
たった一人を殺しに行くため、今日もザックは、無差別に人を殺して回る。
また被害者が出た。
その日の夜の被害者は、会社帰りだった成人男性が一人と、カラオケ帰りの若者男女が一人ずつ。
合計三人。
接点も性別も年齢もバラバラで、殺害された場所も離れている。
警察は犯人の目星が付かずに焦っているようだが、当然これもザックの仕業だ。
その日もザックは、目的の“レイ”を見つけられなかった。
ザック「…チッ……、上手いこと隠れやがって…」
隠れ家にて、血まみれの鎌を投げ出しながら舌打ちをする。
取り壊し予定のない廃アパートの一室にて、取り残されたボロボロのソファに寝そべるザック。
床は石造りが剥き出しで、壁は崩れて外が見える。
埃を乗せた風が四六時中吹き荒ぶが、もう気にならなくなっていた。
ザック「………レイ…」
名前を呟く。
殺すために捜し続けている、ザックにとって特別な存在の少女の名前を。
ザック「……お前…今、何処にいんだよ…」
そう呟いて、ザックは眠る。
夜に動き回ったせいなのか、とても眠かったようだ。
久しぶりに夢を見た。
あのビルの地下で出会い、上の階に進むにつれて出会う狂人たち。
墓掘り野郎に、SM女。
神父にも出会って、目玉野郎とも殺り合った。
そして最後には……脱出?
ザック「………ッ…」
そう、脱出だ。
ザックはそのビルから脱出した。
その時、その腕にはレイを抱えていたはずだ。
あのビルが崩壊する前に脱出して、そして……どうなった?
ザック「…………」
自首。
ザックは、自首した。
負傷したレイを助けるために。
保護してもらうために、自ら警察に名乗りを上げたのだ。
ザック「(…あぁ……。死刑、とかってのも決まったんだったなぁ…)」
でも生きてる。
ザックは、刑務所から脱獄したのだ。
何のために?
ザックは、何をするために刑罰を待たず脱獄に至ったのか。
記憶を辿って思い付くのは、とある保護施設に乗り込んだこと。
そしてザックは……。
ザック「ーーーッ!!」
全身に汗を浮かべて目を覚ます。
肩で荒い息を繰り返し、これが夢から覚めた現実だと理解する。
ザック「………ッ…!」
久しぶりに夢を見た。
見たくもなかった、思い出したくもなかった、現実に起きた過去の記憶を。
ザック「…う……ッ、んぐッ」
途端に吐き気が襲い、風呂場や手洗い場に駆け込むこともなく、その場で嘔吐する。
だが酸っぱい胃液が逆流してくるばかりで、空っぽの胃の中からは何も出て来なかった。
ザック「うぇえええッ!! ゲホッ、んむッ、ぐ…ぅッ!!」
思い出した。
いや、本当は覚えていた。
忘れたかった。
なかったことにしたかった。
でも、ザックの脳がそれを許さなかった。
ザック「…ッ…はぁ…ッ…はぁ…ッ…はぁ…ッ…はぁ…ッ…」
規則的な荒い呼吸を繰り返し、少しずつ深呼吸して自分を落ち着かせる。
落ち着いてから、整理する。
あの日、ザックはレイに会っている。
施設に預けられたレイを迎えに行くために、刑務所から脱獄した。
レイと再会して、連れ出して、そして……。
あのイカれた約束を、果たしたのだ。
ザック「…………」
レイを捜しに町に出る?
そんなことをしても無駄なのだ。
レイを殺すための殺人行為?
そんなものは無意味なのだ。
ザック「…………」
何故ならザックは……。
もう、レイチェル・ガードナーを殺してしまったのだから。
ザック「ーーーッ!! ううッ、あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
隠れ家の周辺には誰もいない。
この悲鳴を聞いた者は、幸か不幸か、誰もいなかった。