殺戮の天使 Revive Return

□子猫のように笑え
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 衛星マップの監視映像、警察の管轄内、法律の影響。

 それらから隔絶され、表世界の光が一切届かなくなった闇の町。

 裏社会の色でのみ塗り尽くされた、犯罪者の町。

 通称、闇市(ヤミイチ)。

 この町に規則はない。

 誰も彼もがクセのある無法者。

 生きるも死ぬも自分次第の弱肉強食を強制される世界。

 そんな闇市の一角に、古びた教会が建てられていた。







 あのビルの崩壊から自力で生還を果たした奇跡の神父、グレイ。

 彼も闇市を訪れ、今はその教会で暮らしている。

 とある日の夜。

 一人の居候を迎え入れたグレイは、当人の姿を捜しに教会内を歩き回り、屋根の上という結論に辿り着く。

グレイ「ザック。そんなところで何をしている」

ザック「…………」

 今日から闇市の新たな住人になった男、アイザック・フォスター。

 通称、ザック。

 かつて、グレイと同じようにビルの崩壊から生還した経緯を持ち、死刑を宣告された連続殺人鬼。

 とある少女を殺したことを悔み、廃人も同然の生活を送っていたところをグレイに見つかった。

 その少女に……レイチェル・ガードナーに会いたいか、という言葉を聞いて、彼はこの町にやってきた。

ザック「別に…、何でもねぇよ」

グレイ「ならば部屋に戻りなさい。明日は早いのだ」

ザック「………なぁ…」

グレイ「何かね?」

ザック「今日は、満月なんだな…」

 この町に“空”はない。

 衛星カメラの映像に映らないよう、この町は巨大なドームで覆われているのだ。

 その天井に、月や星を写して“夜を演じている”だけ。

 朝になれば熱を帯びた太陽が昇り、時と場合によっては雨や雪を降らせる。

 闇市が犯罪者によっての楽園になるように、それ相応の環境を整えんとする科学技術の成せる業だった。

グレイ「そうか。今夜は満月か」

ザック「…あの頃と同じだ」

グレイ「……?」

ザック「レイの目と同じ…、青い満月が浮かんでやがる……」

グレイ「…………」

 青い満月は演出の一つ。

 それが偶然にも、ザックが闇市に踏み込んだ日の夜だった。







 朝を迎え、ありきたりな朝食を二人で食べる。

 トーストとコーンスープだ。

 それをザックは、実に美味そうに食らっていく。

ザック「バクバクムシャバクモグモググビビッ」

グレイ「学習しなさい。昨日のホットドッグの二の舞だぞ」

ザック「むぐ……ッ…、おー……」

 指摘されて、あの苦しみを思い出したのか。

 一度落ち着いた後、ザックの食事は大人しくなった。

ザック「それで? 今日は何処に連れてってくれんだ?」

グレイ「闇市で評判の情報屋だ。死を迎えた人間との交信が可能か否か。または、再び会えるか否かの可能性を探りに行く」

ザック「はぁ!? おいッ、ちょっと待て!!」

 グレイの物言いにザックは慌てた。

 まるで“今は何の当てもない”と言っているように聞こえたからだ。

ザック「どういうことだ! もう一度レイに会える方法があるんじゃなかったのかよ!?」

グレイ「私は可能性を提示しただけだ。もう一度会える、と断言した覚えはないぞ」

ザック「な…ッ!?」

グレイ「そもそも、普通に考えれば分かることだ。一度死んだ人間と再会するなど、亡霊でも降霊させるつもりか?」

ザック「……ッ。てめぇッ」

 感情に任せて鎌の柄を掴み、その刃をグレイに向ける。

 グレイの言っていることは正確で、ザックの早とちりだったことも間違いない。

 だが、怒りを覚えずにはいられなかった。

グレイ「落ち着け」

ザック「落ち着けるかよッ。ふざけやがって…ッ」

グレイ「可能性を探ると言ったはずだ。何の根拠もなしにお前を誘うと思うか?」

ザック「あぁ!!?」

 鎌を突き付けても、グレイは臆さなかった。

 むしろ、そのまま食後のコーヒーを優雅に飲み始めている。

グレイ「お前は嘘が嫌いだったな。だが、私は嘘など吐いたつもりはない」

ザック「…………」

グレイ「この町は無法地帯だ。常識など表世界に捨て置いた。分かるだろう?」

ザック「……回りくどいんだよ、てめぇはいつだって…。何が言いてぇんだ…?」

 脅すことを諦めて鎌を下げ、ザックはテーブルの上に置かれた自分の分のコーヒーカップに手を伸ばす。

 そんなザックにシュガースティックとマドラーを差し出しながら、グレイも簡単な回答として答えをまとめる。

グレイ「この町なら、不可能を可能にできる。それだけの狂人や能力者が備わっているのだ。その者たちに出会えるかどうかは……神のみぞ知る運命。そこは運に任せる他にないがね」

ザック「チッ…神なんざいねぇっつってんだろ…。くだらねぇ……」







 闇市の街中を、グレイを先頭にしてザックが歩く。

 堂々と鎌を肩に担いでいるが、それに不審な目を向ける者は一人もいない。

ザック「…………」

グレイ「落ち着かないか?」

ザック「…まぁ、妙な気分だ。明らかな人殺しの武器を見せつけてんのに、誰も何も言わねぇなんてよぉ」

グレイ「ここは“そういう場所”だ。誰もが明日を生きるために、心の何処かで気を張ってる。いつ殺されても文句は言えんのだからな」

 グレイ自身も、既に矢を装填したボーガンを右腕に装着している。

 あちこちから敵意を感じ、殺意の波で胸焼けを起こしそうだ。

 見た目こそ平和なこの町だが、その中身は最高にイカれている。

グレイ「着いたぞ」

ザック「あ?」

 そうしている内に到着した。

 ザックの目の前には、何処にでもあるような普通の民家が一軒。

 そこそこ広い庭先には、色とりどりの草花が植えられている。

 野菜や果物まで育てているらしく、そこから予想できる家主の外見は田舎暮らしの老人だろうか。

ザック「ここが情報屋か?」

グレイ「まぁな」

 敷地に踏み込み、玄関の前に立つ。

 ドアをノックしようとしたところで……。

グレイ「…………」

 グレイの手が止まった。

 何かに気付いた様子だが、それはザックも同じだった。

ザック「おい」

グレイ「あぁ、分かっている」

 人の気配がしない。

 それどころか、この鼻腔を刺激する金属臭は……。

ザック「邪魔だ、退いてろ」

 グレイを押し退けて、担いでいた鎌を振りかざし、玄関の扉を乱暴に破壊する。

 直後、異常な鉄臭さを含んだ熱気がブワッと押し寄せてきた。

ザック「血生臭ぇ」

グレイ「ふむ…死後、三日ほどか」

ザック「おいおい、冗談じゃねぇぞ。当てにしてた情報屋は何処かの誰かさんに殺されました、ってか? 笑えねぇ」

 屋内に踏み込み、それを確認した。

 リビングで殺された初老夫婦の遺体を発見。

 グレイの反応を見て、この二人が情報屋であったことは間違いないようだ。

グレイ「この犯罪者の町で、誰もが有効に活用する情報を扱う仕事をしているのだ。当然、恨みを抱く者も多いだろう」

ザック「殺された奴の事情なんざ知るか。他にも情報屋はいるんだろ? とっとと連れてけ」

 遺体を放置したまま、二人は家を出ていった。

 この町に警察も死体処理班もいない。

 自分と無関係な赤の他人の処理など、気にしないのが当然なのだ。
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