殺戮の天使 Revive Return
□瞬火
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闇市が騒ぎの声に包まれる。
超一流の情報屋“チェシャ猫”を追いかけて、ザックが鎌を振りながら無差別殺人を繰り返したのだ。
ザック「このクソ猫娘ッ!! 待ちやがれぇえええ!!!!」
チェシャ猫「にゃはは〜ん♪」
ザックとチェシャ猫を見かけては逃げ出す者、騒ぎに乗じて盗みを働く者。
あえて戦いを挑みに行く者、自分には関係ないと無関心を決め込む者。
法のない闇市は自由に溢れ、生きるも死ぬも運任せの日常。
今日ここで何百、何千、何万の人間が斬り殺されようと、警察が動くことは絶対にない。
そういう闇に溢れた裏社会の町こそが、この闇市の茶飯事なのだから。
グレイ「…………」
チェシャ猫とザックの追いかけっこを辿るように、道端には何体もの死体が転がっている。
闇市に生きる者たちは全員、光ある表世界を歩けなくなった無法者たちばかり。
グレイ自身も、20万キランという懸賞金を首に掛けられている犯罪者の一人。
当然ながら、ここに転がっている死体の山からも溢れんばかりの懸賞金が掛けられていることだろう。
グレイ「集計が面倒だが、こればかりは仕方がない。無意識とはいえザックも必死のようだ」
死したレイチェルと再会する。
その可能性が、この闇市なら“あるかも”しれない。
根拠もない話だったが、廃人の生活を送っていたザックの心に光を取り戻させるには十分な要素だった。
だが当たり前なことに、その道は困難を極める。
グレイ「チェシャ猫が提示した情報料は……確か“5000万キラン”だったか…。さて、ここにある分の懸賞金の総額で足りるだろうか…」
どんな商品かも分からないが、チェシャ猫が相応の値段で取り扱っている情報(商品)なら望みも持てる。
まだ何処かで騒ぎも続いていた。
ザックは今でもチェシャ猫を追い続ける。
レイチェルに、もう一度会いたい。
その一心で……。
体力には相当な自信があった。
そんなザックでも、ぶっ通しで走り回れば息を切らし、疲れも目に見えてくるものだ。
ザック「…ぜぇ…ッ…ぜぇ…ッ…ぜぇ…ッ…ぜぇ…ッ…」
規則的だが荒い呼吸を肩で繰り返しながら、傍らに転がっていた大きめの岩の上に腰掛けた。
汚れているものの刃壊れすら起こしていない丈夫な鎌を担ぎ、チェシャ猫の姿だけでも捉えておこうと周囲を見渡す。
しかし……既に影も形もなかった。
ザック「…チッ、逃げ足の速ぇ化け猫女が……。あのクソガキ…ッ」
グレイ「そう言ってやるな。あの子も純粋に楽しんでいたようだ」
ザック「あ?」
気付けば、すぐ傍にグレイの姿があった。
その手には数枚の手配リストと少し大きめの包みを抱えていた。
グレイ「この短時間で五十人ほどの犯罪者を始末したらしいな。腕を上げたじゃないか」
ザック「知ったこっちゃねぇっての。俺の通り道に入ってくる方が悪りぃ」
グレイ「ふむ。では今度から、お前の目の前を通る時は気を付けなければな。気分で殺されては文句も言えまい」
ザック「そんなくだらねぇこと言いに来たんじゃねぇんだろ? 何の用だ。あの猫女の居場所でも教えてくれんのかよ?」
見るからに不機嫌だが、疲労の方が大きい様子で、ザックは重い腰を上げようとはしなかった。
そんなザックに対し、グレイは抱えていた包みを黙って差し出す。
怪訝な顔で包みを受け取ったザックが中身を確かめてみると、見たことのない紙幣と硬貨が何百枚と入っていた。
ザック「……!? なん、だ…こりゃ……ッ」
グレイ「お前が稼いだ金だ。今し方、全て換金を終えてきた」
ザック「はぁ…?」
続いてグレイは、数十枚の手配書リストを大雑把に開いてみせる。
ザックは知る由もなかったが、そこに載っていた顔写真の人物たちは既にこの世にいない。
つい先程、ザックによって一人残らず葬られている。
グレイ「チェシャ猫を追いかけながら、お前が殺して回った者たちだ。見る者によっては哀れに映るかもしれんが、弱肉強食の町とは、つまりはそういうことなのだ」
ザック「…ってことは……これが“キラン”ってヤツなのか…」
グレイ「如何にも」
もう一度、ザックは自分の手元に支給された大金を見つめる。
こんな形だが、金を稼いだことなど人生で初めての経験だった。
ザック「…………」
グレイ「ベテランの賞金稼ぎでも、この短時間でそれだけの金額は稼げないだろう。天職だとは思わんかね?」
ザック「……割りに合わねぇよ。毎度毎度こんなに疲れんならお断りだ」
グレイ「ふむ」
ザック「まぁ、金は手に入ったんだ。さっさと戻ろうぜ。あの猫女の帰りは、奴の住処でゆっくり寛いで待っててやろうじゃねぇの」
グレイ「………む…?」
グレイは、今のザックの言い分に引っ掛かるものを感じた。
対するザックは、グレイから渡された金を包みに戻して鎌と一緒に持ち直す。
重い腰を上げて歩き出し、チェシャ猫の住処へと足を進めていった。
グレイ「…………」
ここで確認するべきだったが、とりあえずグレイは黙っておく。
現実は甘くない、と教えるのも神父の務めなのではないだろうか。
チェシャ猫の住処に帰宅後、グレイは自身の教会に戻っていった。
その間に帰宅したチェシャ猫が、ザックの稼いだ金額を受け取って……。
チェシャ猫「全然足んにゃい」
ザック「ーーーはぁあああッ!!!??」
と、一言返答した。
ザック「足んない、って!? そんだけあって、まだ金が足りねぇってのかよッ、おい!!」
チェシャ猫「お兄ちゃ〜ん、あたしの話を聞いてにゃかったのぉ〜? オススメする情報の代金は5000万キラン♪ それに対して……ほら、お兄ちゃんの持ってきたお金を見返してみなって?」
ザック「その口調やめろ、イライラすんだよッ。ってか、見返してみたって分かんねぇよ! 俺ぁ数字は読めっけど計算は出来ねぇんだッ」
チェシャ猫「にゃんと!?」
正確に言えば、膨大な量や数字が飛び交う複雑な計算を苦手とする、である。
さすがのザックでも足し算や引き算なら出来るが、こうも数字が多いとなれば話が別。
ちなみに文字が読めないことをカミングアウトしたら馬鹿笑いされたため、鎌を振るって大暴れしたのは言うまでもない。
グレイ「ほぉ、やはりこういう展開になったか」
グレイがチェシャ猫の住処に戻ってきたのは、それから数十秒後のことだった。
ザック「おいこらッ、クソ神父ッ!! どういうことだッ、てめぇ! この金じゃ全然足りねぇって話になってんぞ!!」
グレイ「だろうな。それが大金であることに変わりはないが、誰がどう見ても5000万という額には到達していない」
ザック「……ッ」
グレイ「教えなかったのは素直に謝ろう。だが、私は何一つ嘘は吐いていないぞ?」
チェシャ猫「(屁理屈だ…)」
奥歯を噛み締めてグレイを睨みつけるザックを尻目に、チェシャ猫はニヤニヤな笑顔を絶やさなかった。
ザック「……で…? ここにある分だと、どのくらい集まってんだ…?」
チェシャ猫「400万ってとこ♪ まだまだ十倍以上も足んにゃいねぇ〜ん」
殺した数は五十人。
平均で100万キランと聞いていたのだからこれで相当。
目標金額までは、これだけ稼いでも十倍以上は必要になる。
だが、それだけ分かれば十分だ。
グレイ「待て、ザック。何処に行くつもりだ」
ザック「決まってんだろ。そこら辺を歩いてる連中を皆殺しにしてくる」
チェシャ猫「ヒュ〜♪」
無法者たちばかりが住まう町。
ほぼ全員の首に、大小様々の懸賞金が掛けられている。
小遣い稼ぎにしかならないだろうが、塵も積もれば山となるのは立証されたところだ。