殺戮の天使 Revive Return

□眠れる檻の野獣
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 殺してしまった者と再会できる……かもしれない。

 非現実的で、本来ならありえないこと。

 そんなことは誰でも分かる。

 だが、もしもそんな方法が本当にあるのなら……。

 ザックは、レイチェルに会いたかった。







 この闇市では非合法こそが常識で、非常識こそが規則。

 ぶっ飛んだ連中ばかりが集まる無法者たちの町ならば、その方法も見つかる“かも”しれない“可能性”が“僅か”にあった。

 非常に曖昧で望み薄な案件だったが、グレイはザックを闇市に誘い、一人の情報屋に会わせる。

 それが“チェシャ猫”と呼ばれる、本名を持たない無戸籍児の少女。

 闇市で右に出る者のいないトップクラスの情報屋で、その存在価値を評価されて掛けられた懸賞金は5000万キラン。

 物心付いた時から裏社会を独りきりで生き抜いてきたチェシャ猫が、弱肉強食の世界で他人に心を開くことなど滅多にない。

 というより、生まれてから九年が経っている今現在で一度もなかった。

 その暗がりに満ちた心に光を当て、思いやりの温かさを教えてくれたザックに出会うまで。







 5000万キラン相当の情報料。

 それがザックの求める死者との再会に可能性を秘めている情報の代金だったのだが……。

ザック「おい、マジでいいのか?」

チェシャ猫「いいのいいの♪ お兄ちゃんだけの特別扱いだからね?」

ザック「……ならいいけどよぉ…。いい加減その呼び方やめねぇか…?」

チェシャ猫「にゃーん」

ザック「誤魔化すなよ」

グレイ「(やれやれ)」

 ザックのことを心底お気に召した様子のチェシャ猫は、400万程度のキランと今後の関わりを約束する条件で、その情報を渡してくれるという。

 当人たちが気付いている様子はないが、グレイだけは勘付いていた。

 チェシャ猫がザックに抱いている気持ちは、ほぼ間違いなく初恋に近いのだろう。

グレイ「(余計な特性を植え付ければ、後ほど面倒なことになりそうだが……さて、どうしたものか…)」

ザック「あん? 何ボケーッとしてんだ、てめえ」

グレイ「…人も気も知らず」

ザック「ぁ?」

 一人で悩みを抱えるグレイだったが、今は後回しだ。

 文字の読めないザックに代わり、グレイがチェシャ猫から受け取った情報を読み解いていく。

チェシャ猫「地図書いといたよ。そこにいる人に会ってくるといいかにゃ〜」

グレイ「むぅ? 誰の家だ」

 グレイ自身、実は闇市と関わりが深いわけではない。

 あのビルで活動する前から、ここに建てられている教会で生活していた過去はあるが、逆に言えばその程度しかない。

 必要最低限の地理以外では、例えグレイでも知らないことがある。

 今回チェシャ猫が渡してきた地図の示す場所が、まさしくそれに当たるのだった。

チェシャ猫「不定期で住処を変えてるし、知ってても同じ場所に案内することはにゃいんだけどね〜」

グレイ「死者に関わる手段を持つならば……医者か僧侶か、死霊術師の類いか?」

ザック「しれいじゅつし?」

 単語もチンプンカンプンなザックを残して、グレイとチェシャ猫の会話は続く。

 そしてチェシャ猫は、グレイも気になっている宛先人の名前を告げた。



チェシャ猫「“フリッツ”」



グレイ「…………」

 ほんの少しだけ、グレイの顔付きが変わる。

 と言っても目で見て確認できるような変化はない。

 だが内心、グレイは異常なほど驚いたことだろう。

グレイ「これはまた、とんでもない名前を出してきたものだ…」

チェシャ猫「にゃはは〜ん♪ 馬鹿げた手段を探しに来たのはそっちが先だよん?」

グレイ「……まぁ、それもそうか…」

 死者と再会した。

 確かに馬鹿げている。

 それ相応の答えが返ってくるか、そんな方法などあるわけがないと追い返されるか。

 両極端な二択を迫られると覚悟していたが、まさか予想を遥かに超えた前者として返ってくるとは思っていなかった。

ザック「結局どうなったんだよ? また誰かんとこ行くのか?」

グレイ「……そうなるな」

ザック「チッ、めんどくせぇなぁ。ならさっさと案内しろ」

 鎌を担ぎ直したザックは、早くしろと言わんばかりにグレイに案内を急かした。

 別の理由で頭を抱えることになりそうだと溜息を吐くグレイを先頭に、ザックもチェシャ猫の住処から出ようとする。

 と、その時だった。

チェシャ猫「ねぇ、お兄ちゃん」

ザック「あ?」

チェシャ猫「お兄ちゃんって、鼻はイイ方?」

ザック「……は…?」

 チェシャ猫から投げられた唐突な問い。

 何を言ってるのか一瞬だけ判断を鈍らせたが、別に難しい質問でもなかったため何気なく答える。

ザック「別に…、ふつーだ」

チェシャ猫「にしし、そっか♪ じゃあ、一応これあげる〜」

 ポイッと投げ渡された物。

 それほど大きな物でもなかったため、ザックは鎌を持っていない方の手で簡単にキャッチしてみせる。

ザック「……? なんだこりゃ」

チェシャ猫「ゴム製の鼻栓。きっと必要になるよ♪」

ザック「…………」

 訳も分からず、まぁ貰えるものは貰っておこう、と思い直してポケットの中に落とし込む。

 これで用は終わったと思い、今度こそ外に出ようとしたところで、またチェシャ猫の問い掛けがあった。

チェシャ猫「…ねぇ、お兄ちゃん」

ザック「あぁ? 今度は何だよ」

 先ほどの口調より少し弱々しい。

 視線を向けてみれば、両手の指同士をモジモジと擦り合わせながら少し俯き、チラチラと上目遣いでこちらを伺っている。

チェシャ猫「……次…、いつ来てくれる…?」

ザック「……あー…、そうだなぁ…」

 ちょっとだけ考えた後、ザックは何でもないような調子でサラッと回答したのだった。

ザック「無事にレイと再会できた時は……まぁ、礼くらいは言いに来てやるよ」

チェシャ猫「……にゃははッ、それって“レイ”だけに?」

ザック「うるせぇよ、バカ。じゃあな」

 最後に笑顔を向けて、今度こそザックは外に出ていった。

 一人で残されたチェシャ猫は、頭の中にザックの顔を何度も何度も思い浮かべる。

 と同時に、ザックの目的だったレイチェルのことも考え始めていた。

チェシャ猫「レイチェル・ガードナー……、かぁ…」

 あのザックが、あそこまで夢中になって再会を願っている死者の少女。

 どんな子なのだろうか。

 ザックとは、どんな仲なのだろうか……。

チェシャ猫「……ちょっと…、羨ましいにゃぁ……」







 チェシャ猫に別れを告げ、グレイと合流したザック。

 ザックを待っている間、グレイは近所の雑貨屋で簡単な買い物を済ませていたらしい。

グレイ「来たか」

ザック「おー」

 ザックと顔を合わせてすぐ、グレイは購入したばかりの雑貨を手渡そうとしたのだが。

グレイ「おや? それは…」

ザック「あぁ、鼻栓だとよ。さっき猫女から貰った」

グレイ「……そうか…」

 ここでザックも気付いた。

 何かを手渡そうとしたグレイの手にも、ゴム製の鼻栓が握られていることに。

 何気なく受け取っていた鼻栓だが、こうなってくると使用用途が気になり始めるのも無理はなかった。

ザック「おい、鼻栓なんざ何に使うってんだ」

 チェシャ猫から貰った地図に従って、グレイを先頭にザックは歩く。

 最初は闇市の大通りを堂々と歩いていたが、路地裏に入り始めてから少しずつ人影が薄れ始め、気付けば周囲に誰もいない。

 人の気が完全になくなったところで、グレイは地面に設置された重い上蓋を器用に蹴り開ける。

 要するに、マンホールを開けて下水道への道筋を確保したのだ。

グレイ「こういうことだ」

ザック「……おー」
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