殺戮の天使 Revive Return

□黄泉国鉄道の夜
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 青色の月夜に照らされながら、レイチェルを抱えてザックは駆ける。

 刑務所から脱獄を果たし、施設からの誘拐を成功させて。

 そして、今……。

レイ「ーーーねぇ、ザック。私を、殺して」

ザック「ーーーだったら、泣いてねぇで笑えよ」

 二人のイカれた約束が……果たされた。







 最期に見たものは今でも覚えている。

 ザックの顔だ。

 鎌を振りかざし、待ち望んだ瞬間に目を瞑る少女を前にした、ザックの姿だ。

 あの時、ザックは……。

レイ「…………」







 レイチェルは目を覚ます。

 ザックに殺された後、見覚えのない建物の中で。

レイ「……? あ、れ…?」

 レイチェルが目を覚ました部屋は実にシンプルで、寝かされていたベッド以外には何もない。

 壁も床も天井も真っ白で、部屋の出入口と思われる扉のみが黒色で作られている。

レイ「…ここ……、どこ…?」

 自分は死んだはずだ。

 確かに殺してもらったはずだ。

 なのに、何故こんな場所にいるのだろうか。

 ザックは何処に行ったのだろうか。

 理解が追い付かず、とりあえず部屋の外の様子を確認しようとベッドから起き上がる。

 起き上がってから気付いた。

 レイチェルは、知らぬ間に死覇装を着ていたことに。

レイ「…………」

 部屋の扉の前に立ち、恐る恐るノブを捻る。

 部屋の外へと顔を出してみると、そこは……駅の改札口だった。

レイ「……え…?」

 自分は死んだはず。

 死覇装も着ている。

 その条件下で考えられることとして、この場所が“あの世”と呼ばれるもので間違いないと予想していた。

 だからこその予想外。

 場違いにもほどがある駅の改札口を、レイチェルと同じ死覇装に身を包んだ大人や子供、多くの人間たちがゾロゾロと通り抜けていく。

レイ「なに、これ…?」

 意味が分からないながらも、同じ境遇を思わせる者たちが目の前にいるならば、きっとレイチェルも従うべきなのだろう。

 切符などは持っていなかったが、それは周りの人間たちも同じらしく、全員が切符もなしに改札口を通っていく。

 そんな人波に混じりつつ、レイチェルも改札を通って駅のホームへと向かっていった。

 そして、ホームに続く階段を上り始めた頃、駅内の無機質なアナウンスが放送される。

 『まもなく“界境大監獄”行きの列車が参ります。死者の皆様は、お足元にお気を付けてお待ちください』

レイ「……!」

 ようやく予想が確信に変わる。

 やっぱりここは死者の世界。

 先のアナウンスにあった“界境大監獄”というものが何なのかは分からないが、おそらく黄泉の世界の地獄か何かだろう。

 こういう風に明確なものを突き付けられると、やっぱり否が応にも思い知らされる。

レイ「(わたし……本当に死んじゃったんだ……)」

 喜ぶべきことだ。

 だって、ずっと死にたかったのだから。

 それなのに……どうしても胸に引っ掛かるものがあった。

レイ「…………」

 ザックの顔が思い出される。

 自分を殺してくれた時、ザックの顔は……。







 列車が到着し、音もなく扉が開いた。

 ソロゾロと車内に入っていく死者たちに続いて、レイチェルもその身を滑らせる。

 不思議なことに、何百人という死者たちがホームで列車を待っていたというのに、車内に入ってしまうと全員が座れるほどのスペースがあった。

 それだけ多くの死人が世界中で出ているということなのだろう。

レイ「…………」

 レイチェルも自分の席を探す。

 なるべく一人になりたい。

 そう思ってる内に、一人用として他とは切り離されたスペースの座席を見つけた。

 もしかしたら、死者たちのリクエストに答えて列車の内部は変化していく仕組みなのかもしれない。

レイ「…………」

 列車の窓から外を眺めると、真っ暗で何も見えなかった。

 宇宙にも近い空の上なのか、深海の底を走る水の中なのか。

 それとも単純に真夜中の闇が広がっているだけなのか。

レイ「…………」

 真っ暗なスクリーンを目の当たりにしてしまえば、そこに見えてくるのは自分の想像上のものばかり。

 真っ先に浮かんだものは……やっぱりザックの顔だった。

 自分を殺してくれた際の、最期に見たザックの顔。

 それは……。







 レイチェルを乗せた死者の列車は、数十分ほど暗闇の中を走り続ける。

 と、突然。

 列車が急ブレーキをかけて停止した。

レイ「……?」

 怪訝な顔で首を傾げるレイチェルの耳に、ホームでも聞いた無機質なアナウンスが聞こえてくる。

 『ただいま、終点“界境大監獄”より緊急連絡が入りました。状況確認のため五分ほど停車致します。少々お待ちくださいませ』

 アナウンスを聞いて思い出したのは“界境大監獄”という終点の駅。

 どんなところなのだろう、と思い浮かべた瞬間、その思考に合わせてレイチェルの目の前にパンフレットが現れた。

レイ「……案内表、かな…」

 リーフレットを広げてみれば、界境大監獄について簡潔な紹介文が記載されていた。

 監獄のシステムは、死者たちが生前に犯した罪を償うための牢獄。

 地下六階まで階層があり、一つの階に一人ずつの悪魔が獄卒として勤務しているらしい。

 罪が重ければ重いほど地下の階層に落とされ、おそよ何億年もの時を強制的に監禁され続けるらしい。

レイ「……わたしは殺人鬼だし…、きっと深い階層に落とされるんだろうなぁ…」

 そんな未来予想図を思い浮かべていた時、停止していた列車がついに動き出した。

 ところが、今までの進行方向から大きく逸れだし、行き先のルートを知らずとも明らかに路線が変更されたことが分かる。

レイ「……?」

 その説明も、しっかりとアナウンスで報告された。

 『お待たせしております。終点駅にて問題が発生したため、一度近隣の駅へと一時停車致します。解決を急ぎますので、今しばらくお待ちください』

 どうやら界境大監獄にて何らかの問題が起きてしまったらしい。

 また、レイチェルが列車の乗り込んだ“最初の駅”があるように、この死者の世界にも“中間の駅”があるらしい。

 当面の問題が解決するまで、列車はその駅に一時停車することになったようだ。

レイ「(どれぐらい待たされるんだろう…)」

 どんな問題が起きたかにも寄るが、あまり長居したいとは思わない。

 どうせ行き着く場所が同じならば、時間をかけるだけ嫌になる。

 それに、何もしていないだけの時間が経過すればするほど、頭の中に思い浮かぶものが何度も重複する。

レイ「…ザック……」

 自然と名前が口から零れる。

 あれほど殺してほしいとお願いしておいて。

 いざ殺してもらえたら、この始末だ。

 殺してもらえたこと自体に特別な思いを抱いているわけではない。

 レイチェルが抱いている今の気持ちは、実に単純でシンプルなものだった。





 もう一度だけ、ザックに会いたい。

 たった一回でもいいから、また声が聞きたい。





 殺してもらっておきながら、勝手にも、そんなことを思ってしまった。
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