殺戮の天使 Revive Return
□閻魔庁の冷徹
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黄泉と現世、あの世とこの世。
死者は皆、黄泉の国へと向かう列車に乗り込み、各々で生前の罪を償った後に浄化し、転生していく。
今宵も死者の魂を乗せた列車は宵闇を走行していたのだが……問題が起きた。
本来の目的地だった“界境大監獄”にて、死者たちが現世に向けて脱獄騒動を起こす事件が勃発し、レイチェルたちの魂は別の終点へと送られることになる。
東洋の黄泉、獄都。
レイチェルたちを乗せた列車が到着した、もう一つの“あの世”の都市。
列車を降りたレイチェルとダニーは、獄都駅を出て“閻魔庁”という建物に向かっていく。
確固たる目的があるわけではない。
目立った行動が浮き彫りにならないように、他の死者たちの行動に合わせて動いているだけだ。
レイ「町並み、きれいだね」
ダニー「これが和の国の色彩か…。まさか死んだ後でお目に掛かれるとは」
レイ「どうするの、ダニー先生。このままだとわたしたち、ずっと生き返れないよ?」
ダニー「何にでもタイミングというものがある。怪しまれないよう、しばらくは様子を見るとしようか」
獄都に到着する前に、二人は明確な目的を決めていた。
先の目的地だった“界境大監獄”で脱獄を謀った死者は、その作戦を成功させたという。
その結果、無事に生き返ったのかどうかは分からないが、少なくとも黄泉の世界から逃れたことは間違いない。
そして、もしもそれらが他の黄泉でも可能ならば……つまりは獄都で同じことをして同じ結果が得られるのならば。
ダニー「僕らは生前の世界に戻ることができるかも知れない。ザックたちが生きてる、あの世界にね」
レイ「…ザック……」
ダニー「だけど問題は、最初の一手が分からないことだ。どういう方法で黄泉から脱出できるのか、まずはそれを突き止めないとね」
また、二人には別の目的もあった。
エディとキャシー。
今のダニーのように改心しているのならば、あの二人もザックやレイと繋がりを持ったのだ。
もしも蘇りが実現するのなら、全員で一緒に生き返りたい。
生前に犯した罪の分を、生きながらにして償いながら、また新しい人生を踏み出せるのだから。
レイ「見つかるかな…?」
ダニー「きっと見つかるよ。レイチェル、君が信じてくれているならね?」
レイ「…うん」
まもなくして二人は閻魔庁に到着する。
名が示す通りだが、この場所にいるのは“閻魔”様。
死者の生前の行いを見て、極楽の魂と地獄の魂に判決を出す役目を持っている。
十中八九、レイとダニーは地獄の判決だろう。
ダニー「まぁ、どうでもいいけどね。そんなものを怖がってちゃ、イカれた殺人鬼なんて務まるはずがないし」
レイ「でも…多いね。死んじゃった人たち…」
ダニー「そうだねぇ。これじゃあ呼ばれるのは、相当後回しかな」
閻魔庁には既に何億人という死者の魂が集まっていた。
それもそのはずだ。
本来“界境大監獄”に届けられるはずだった魂もあり、受け付けるはずのなかった魂まで余計に判決を下さなければならないのだから。
ダニー「でも、これは好都合かもね」
レイ「…? どうして?」
ダニー「この大人数の中から二人くらい抜け出したってバレやしないよ。それに、この“獄都”から簡単に脱出する手段なんてあるはずがない。逃亡者を追いかける警備だって甘いはずだ」
ダニーたちが探すのは、その“簡単じゃない脱出手段”である。
逃亡追跡の警備が甘いだろうと判断した今、この混雑に乗じて行動に移す。
ダニー「行くよ、レイチェル。この世界から脱出しよう」
レイ「うん!」
多くの死者たちが閻魔庁の奥へと進んでいく中で、二人は人波から少しずつ外れていき、やがて自由を手に入れる。
こっそりと閻魔庁の外へと出て行くも、二人を起きかける者を始めとして、それを見つける者すらいなかった。
獄都の町並みは、現世の日本国そのものの風景を持っていた。
まさしく東洋の黄泉。
あの世の和の国。
物珍しい風景にキョロキョロと首を巡らせるレイチェルの様子は、獄都の町に住む者たちから見ても目立っていただろう。
だが変に気に止める者はいない。
西洋の黄泉で起きた事件は知れ渡っているようで、西洋出身の死者が観光気分で出掛けている、とでも勝手に思っているのだろう。
ダニー「好都合だね。ある程度は目立っていても通報されないみたいだ」
レイ「でも目的が目的だよ? 蘇りたいって知られたら、その瞬間に通報されちゃうかも」
ダニー「そこは任せてよ。いい方法があるんだ」
ダニーの言った通り、現状は“好都合”だった。
本来、死者が蘇りの方法を探している、と知られれば大問題だ。
だが、大監獄で起きた事件について調べている、あの事件を聞いて興味がわいた、などなど。
死者の脱獄が成功した事件を元ネタに聞いて回ってしまえば、ただ単純に好奇心旺盛な変わり者として片付けられてしまう。
ダニー「まぁ、そこら辺に生還の法が転がってれば誰も苦労しないんだけどね…。とにかく、監獄の事件を盾に聞き込みをしていけば何かには繋がれるさ」
レイ「……上手くいくといいけど…」
閻魔庁の内部は、史上最高の死者数(魂数)を記録しており大忙しだった。
一人、また一人と死者の魂は裁きを受け、判決を受け、行くべき場所へと運ばれていく。
休む間のなく獄卒たちが働いているが、これでも猫の手も借りたい状況だった。
と、このように閻魔庁で人手不足な時、更なる外部機関から新たな獄卒が駆り出されることになっている。
閻魔庁、外部機関。
通称、特務室。
今現在、その特務室に所属している十数名の選ばれし獄卒たちの内の一人、木舌の姿がここにあった。
木舌「あーぁ…、本当に忙しい……。監獄の悪魔め…、厄介なことしてくれちゃって」
悪魔というのは比喩表現ではない。
西洋の黄泉で働いている獄卒は、全員が“本物の悪魔”なのだ。
ちなみに、東洋の黄泉で働いている獄卒は、全員が“本物の鬼”であり、この木舌も鬼の一人である。
木舌「脱獄者なんてマモンが許すはずないし、ゼブルやサタンだって見逃すはずがないんだけどなぁ……。ベールは……分かんないけど」
あっちで働いている強者の悪魔たちを思い浮かべながら、木舌も自分の役割を全うするため死者たちの魂を導いていく。
人手不足だからと言われて駆け付けたはずなのだが、特務室から遣わされた獄卒は自分一人だけらしい。
木舌「みんなは他の任務かなぁ。早く終わらせてお酒が呑みたいや」
そんなことを呟きながら、木舌は次の順番に並ぶ死者の魂を呼びつけた。
木舌「えーっと、次は……ダニエルさん。どうぞ」
しかし、それに反応を返す者はいない。
ここにいないはずがないのだ。
もしかして、名前を読み間違えたのだろうか。
木舌「うーん、西洋の名前って読みにくいんだよねぇ…。えっと………ダニエル・ディケンズさん。順番が回ってきましたよー」
間違いなく読み上げた。
呼び掛けにも誤りはないはずだ。
しかし、この場にいるはずの該当者は……ついに返事を示さなかった。