殺戮の天使 Revive Return
□会いバンク
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獄都の町中を、レイチェルたち三人が駆け抜けていく。
その三人を追って、獄卒の木舌が追い掛けていく。
ダニー「エリート中のエリート…ッ。獄卒にも階級があるのかい…?」
フリッツ「どうだろうねぇ。少なくとも、大監獄の獄卒を務めてる悪魔には明確な階級があるらしいよ?」
レイ「でも、普通の獄卒と違うなら……追い掛けてきてる人、きっと強いよ」
ダニー「だろうね」
脇道に逸れて木舌の視界から抜け出そうと考える。
しかし、ここは獄都。
黄泉の国に来たばかりの死者と、この町に住んでいる獄卒。
地の利を上手く活かせるのはどちらなのか、そんなの考えるまでもない。
フリッツ「このままじゃ撒けないね」
レイ「フリッツ。わたしたちを現世に還す方法、簡単だって言ってたよね? 具体的にはどうするの?」
肝心な話の途中で木舌が乱入してきたため、肝心な部分を聞けていなかった。
レイチェルとダニーを生き返らせることは難しいが、霊体の状態で現世に戻すことなら可能。
そう話してくれたフリッツが知る、その方法とは……。
フリッツ「僕が眠ることさ」
レイ「え…?」
ダニー「…どういうことだい?」
フリッツ「僕がこの世界に来てるのは、現世にいる僕が眠っている間だけ。それなら逆に、今こっちにいる僕が眠ることで現世にいる僕を起こす。たったそれだけで、今ここにいる魂は黄泉を離れて現世に戻ることができる」
しかし、それはフリッツが戻る方法のはずだ。
既に死者となっているレイチェルとダニーに共通していることではない。
フリッツ「まぁ、そう思っても不思議じゃないね。でも、僕の体質は少し特殊なんだ」
ダニー「と、言うと?」
フリッツ「君たちみたいな霊体に“意識して触れること”で、僕の魂はその霊体を引き連れたまま現世に向かうんだ。要するに、君たちの手を握ったまま眠りに就けば、僕があっちで目覚めると同時に、君たちの魂も連れて行ける」
霊感体質の人間が霊地に赴き、本人も気付かぬ内に取り憑かれてしまうことがある。
それは無意識な例が大多数だが、フリッツの場合はそれを意識下で行うことができるのだ。
ダニー「つまり、こっちの世界の君が眠りに就く時に、その体に触れていた霊体をそのまま現世まで連れていくことができる、ってことかい?」
フリッツ「そういうことだね」
レイ「でも、フリッツが眠るまでの時間……絶対に待ってくれないよね?」
背後を見やる。
獄卒のエリートとして、木舌には諦めてくれる様子も見逃してくれる様子もない。
今もまだ、三人から一切視線を逸らさずに追いかけてきている。
ダニー「フリッツ。君は眠ろうと思ったら何分くらいで眠れる?」
フリッツ「現世の僕は一日のほとんどを眠って過ごしてるんだよ? 十秒もあれば眠れるさ。いや、五秒で寝てた時もあるね」
ダニー「過眠症患者みたいだな」
レイ「仮眠?」
とにかく、フリッツを十秒ほど落ち着いて眠らせる環境を作れれば問題ない。
その間にレイチェルたちがフリッツの体に触れることで、二人は一時的でも現世に戻ることができる。
この作戦の最大の問題は、今も背後から迫ってきている地獄の鬼。
獄卒の木舌を何とかしなければならないことだ。
ダニー「気絶させたり出来れば…ッ」
フリッツ「さて、上手くいくかな?」
レイ「…殺人鬼が三人も揃ってるし、協力して倒したりは?」
フリッツ「先手の争いって、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」
ダニー「とにかく、あの獄卒をどうにかしなくちゃ、僕たちだって先に進めない。衝突は避けられないよッ」
フリッツ「やれやれ、まいったねぇ、どうも」
目の前の路地を右に曲がる。
一度は死角に隠れた三人だが、木舌の視界に捉えられるまで時間稼ぎでしかない。
木舌「諦めの悪い…。そろそろ大人しく捕まってください…ッ」
木舌も右手の角を曲がる。
その直後だった。
たまたま見つけた土入りの植木鉢を振りかぶったレイチェルが、フリッツに抱えられて待ち構えている。
木舌「……え…?」
レイ「ど、せい…!」
バガァンッ!! と派手な粉砕音を立てながら、木舌の脳天に植木鉢が炸裂した。
ところが。
木舌「痛ったぁ…ッ」
ダニー「……!?」
フリッツ「おや、思ったほど効いてないねぇ…」
木舌はフラつきもしない。
その様子は、少し高めの本棚の中から、脳天に小さめの本が落ちてきたようなもの。
この程度のダメージなど、獄卒には“攻撃”としても判定されていないようだ。
木舌「ここまで手を焼かせておいて、この仕打ちですか……。さすがのおれでも、怒りますよ?」
レイ「…ッ! 逃げようッ」
フリッツ「言われずとも…ッ」
木舌に背を向けて撤退しようとする三人。
しかし、この近距離まで迫った木舌の魔の手からは、もう逃れることは出来なかった。
木舌「逃がしませんッ」
木舌が手を伸ばし、レイチェルの長い髪を掴もうとする。
それを邪魔したのは……フリッツの着ている和服の裾だった。
フワリと風に膨らんだ着物の裾が木舌の伸ばした手の指先に触れた瞬間、何かに気付いた木舌がハッとして手を引っ込める。
木舌「……!? この感覚……」
ダニー「………ッ…?」
レイ「…え? なに…?」
明らかに調子を崩した木舌に振り返る三人。
その中で唯一、フリッツは苦笑いを浮かべていた。
フリッツ「あちゃぁ、バレちゃったか」
木舌「あなたは、まだ生者……。現世に生きる人間の生霊ですか」
ダニー「…? それがバレるとマズいのかい?」
フリッツ「まぁ、良くは思われてないからねぇ。生きてる身でも、僕は現世じゃ殺人鬼さ。こちら側の視点を考えれば、僕なんてのは一刻も早く裁きたい存在……。でもね?」
それができない。
だから木舌も悔しげに顔を歪める。
フリッツ「生者と死者は、お互いに干渉できないルールがあるんだ。それは生霊でも変わらない。彼は僕の体に手を下すことが出来ない代わりに、僕も彼には触れられないんだよ」
この場合の干渉は、攻撃することや裁きを下すことを意味する。
先程までレイチェルやダニーと触れたり話したりする分には問題ないが、獄卒としての責務を受けることは出来ない。
今この場で、木舌を相手にフリッツは無敵の状態でいられる。
だが、逆に言えば“フリッツだけ”だ。
フリッツ「たった十秒と言えども、僕が眠るまで君たち二人を見逃してくれるはずがない。僕が眠る直前でも奇襲を仕掛けて、僕と君たちを離してしまえば彼の勝ちなんだ」
ダニー「獄卒の相手をしながら眠る……っていうのは、さすがに無理か」
フリッツ「うん、さすがにね」
木舌を相手に無敵でいられる生霊のフリッツ。
彼に木舌の相手を任せていては、レイチェルたちが現世に戻れない。
フリッツを十秒だけでも眠らせなければいけないからだ。
仮にフリッツを眠らせる時間を作ったとしても、眠る直前にレイチェルたちをフリッツから引き離されればゲームオーバー。
その直後には現世で目覚めてしまうフリッツに、もう二人を助けに戻る余裕もなくなる。