殺戮の天使 Revive Return

□猫娘の手も借りたい
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 この広い闇市の中でも、ずば抜けて凄腕と評される情報屋がいる。

 それが“チェシャ猫”と呼ばれる少女だった。

 出生届が出されていない無戸籍児という事情を抱え、身分を証明できる物を一切持てない。

 そんな環境で生活し続けた九歳の少女にとって、周りの全てが敵であり、生き抜くための栄養源だった。

 欲しい物は盗む、奪う。

 強敵を前にすれば欺き、逃げる。

 人の優しさも温もりも感じる暇がない状況だったが、年相応に“寂しい”という感情を持ち、女の子らしい乙女心だって抱く。

 それを自覚させてくれたのが……。



チェシャ猫「お兄ちゃーぁん! いらっしゃぁぁい!!」

ザック「出会い頭に飛び付いてくんじゃねぇよッ! 鬱陶しいなぁッ、てめえは!!」



 当人は無自覚だが、このアイザック・フォスターなのだった。

レイ『………ッ…』

 自分よりも幼い少女が、ザックを見た瞬間に抱きつきに行く。

 そんな光景を前にして、グレイが抱えているフランス人形に憑依中のレイチェルの思考は一瞬でフリーズ。

チェシャ猫「もう来てくれないかと思ったぁーッ。一緒に遊ぼ!」

ザック「バカかよ。俺ぁてめえと違って忙しいっつーの。情報屋らしく働いとけ」

チェシャ猫「にゃ〜ん」

 ザックの腰周りに抱きついたまま全く離れようとしないチェシャ猫に、うんざりした様子のザックと苦笑いのグレイ。

 少し言い出しにくい状況ではあったが、こちらから切り出さない限り話は一向に進まないだろう。

グレイ「とある情報を売ってほしい。話を進めても構わないか?」

チェシャ猫「ぅにゃ? いいよー」

ザック「だったら離れろ」

グレイ「表世界からレイチェルの遺体を回収した掃除屋を捜している。闇市の何処かにいると睨んでいるのだが、心当たりはあるか?」

 そう言って、グレイはレイチェルの写真をチェシャ猫に見せる。

 しかしグレイの話を聞いた瞬間、チェシャ猫の目付きが真剣味を帯びた。

チェシャ猫「……レイチェルって子、まだ生き返ってにゃいの?」

ザック「魂だけは戻せた。そこで神父に抱えられてる人形ん中に入ってるぜ」

チェシャ猫「ホント?」

レイ『……どうも』

 人形が抱える巻貝から挨拶が聞こえたことで、チェシャ猫も半信半疑だが納得はしてくれた。

 この闇市には、不可能を可能と出来る人材が山ほどいるのだから、このようなミラクルも珍しいことではないのかもしれない。

チェシャ猫「……レイチェルの遺体についてだけど、もうこっちでも調べは付いてるにゃあ」

ザック「あ?」

グレイ「…何故だ?」

 チェシャ猫には、レイチェルの遺体が闇市に運ばれてきているか否かを調べるキッカケなどなかったはず。

 今回に関してグレイは、レイチェルの遺体捜索を先に話しているわけでもなかった。

 誰かが依頼でも出さない限り、チェシャ猫がレイチェルの遺体の現状を調べている理由が見つからないのだが……。

ザック「…何処かの野郎がレイチェルの体を捜してんのか?」

チェシャ猫「そうじゃにゃいよ。これは時間を見つけて、あたしが勝手に調べてみただけ」

グレイ「何か気になることでもあったのか?」

チェシャ猫「………気ににゃる…こと……」

 チラッ、とチェシャ猫はザックを盗み見る。

 たまたま視線に気付いたザックは、なに見てんだ、と無言のまま視線で訴え返した。

 プイッ、と視線を外したチェシャ猫だったが、グレイには何となく意図が伝わってしまった。

グレイ「……なるほどな」

 ザックが気にかけているレイチェルとは、一体どんな子なのだろうか。

 レイチェルのことを興味本位で調べてみた過程で、たまたま死体の現在地にでも辿り着いてしまったのだろう。

ザック「まぁ何でもいい。とにかくレイの体が何処にあんのか、お前は知ってんだろ?」

チェシャ猫「……うん」

ザック「教えろ」

グレイ「ザック。私たちは“客”の立場だぞ。ここは、その情報を売ってほしい、と願い出るのが筋というものだ」

ザック「……めんどくせえなぁ。つーか、その情報っていくらだよ?」





チェシャ猫「5億キランとか?」

ザック「ふざけんな」





 聞き間違いを疑って硬直したグレイに対して、ザックが反射的に言い返せたのは褒めるべき点だろう。

ザック「そんなに高けぇはずがねぇだろッ、バカか!」

チェシャ猫「払えにゃいにゃら他の情報屋に行ってねぇ〜♪ あたしも商売にゃんだからさぁ〜♪」

ザック「にゃーにゃー、うるせぇ!! せめて前ん時みてぇにサービスしろってんだよッ」

チェシャ猫「にゃんにゃんにゃーん? 聞っこえにゃーい!」

ザック「外に出ろぉ!! ブチ殺してやらぁッ、猫女ぁ!!」

 鎌を振り回して怒り任せに暴れ始めるザックを相手に、得意の身軽さと俊敏さを活かしてヒョイヒョイと逃げ回るチェシャ猫。

 そんな殺り取りを交わす二人を放っておいて、グレイはチェシャ猫のデスクの上に置かれていた情報リストに視線を向けた。

 残念ながら詳細なデータまでは分からなかったが、どんな情報が書かれているのかという本題名と情報料だけは確認できる。

 その中には、レイチェルの遺体に関する項目もあったのだが……金額は“5千キラン”にも満たない。

レイ『……“千”と“億”の、読み間違い…?』

グレイ「いや、違うな…。おそらく……」

 何かを考えている様子のグレイは、改めてチェシャ猫に向き直った。

 鎌を構えてチェシャ猫を睨み付けるザックに対して、当人は余裕の笑みを浮かべて逆立ちしている。

グレイ「チェシャ猫。さすがに“5億キラン”もの大金は持ち合わせていない。借金をするにも荷が重いほどだ」

チェシャ猫「ふむふむ♪ それで?」

グレイ「もし良ければだが……前回のように、チェシャ猫の望みを叶えようではないか。私たちに出来ることならば何でもしよう」

ザック「無駄だ。こいつ、今回はサービスしねえとか抜かしやがったぜ」

チェシャ猫「にゃーにゃー! そんにゃこと言ってにゃーいッ。内容次第じゃあ考えてもいいかにゃ〜、って思ってるもん」

ザック「あぁん?」

グレイ「内容次第、か…。何かリクエストでもあるのかね?」

チェシャ猫「…………」

 チェシャ猫は再びザックの表情を伺う。

 先程まで鎌を構えて睨み付けていたザックだが、情報を売ってもらえれば何でもいいと思っているのか、今は鎌を担ぎ直して怒りを治めていた。

 と、ここでチェシャ猫は床の上に無造作に散らかしていた新聞記事の一枚を持ってグレイに見せに行く。

グレイ「これは…今朝の新聞か?」

チェシャ猫「うん。そこにね…、ほら…」

 教会でグレイが見ていたものと同じ新聞。

 だが読んでいた記事は別のものだった。

 チェシャ猫が示した記事の見出しには、大きく“犯罪者の遊園地リニューアルオープン!”と書かれている。

レイ『…遊園地』

ザック「ゆうえんち? 何だそりゃ」

グレイ「……まさか…」

 チェシャ猫に視線を戻したグレイの前で、当人は意を決して言い放った。



チェシャ猫「あたしと一緒にッ、遊園地に行ってほしいの!」
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