殺戮の天使 Revive Return

□run for purpose
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 また夢を見た。

 ザックの目の前に、あの白い男が再び現れたのだ。

ザック「…てめえ……」

 ザックの声に、その男は反応を見せない。

 背中を向けたままピクリとも動かず、こちらを振り返ろうとしないのだ。

ザック「誰だ…。おい…、聞いてんのか…ッ」

 さすがに少しイラっとした。

 肩を掴んで無理やり振り向かせると、意外にもその男は大人しく、簡単にザックと顔を合わせる。

ザック「……ッ…」

 前に夢で見た時と同じだ。

 ザックは、この男を知っている。

ザック「お前…ッ」

 その男はザックに笑いかけた。

 今回も、こんなところで目が覚める。







 ザックは、胸やお腹の辺りに感じる重量感に苦しみ、強制的に目を覚ましたのだ。

ザック「…ぅ、んッ……ぁあ?」

 何か冷たいものが自分の上に乗っている。

 そう感じて瞼を開ければ、見知った少女がマウントポジションを取って、ザックの顔を覗き込んでいた。

 冷たくて血色のない、薄灰色の肌。

 光を失っているジト目の、死んだ瞳。

レイ「おはよう、ザック」

 乾いた唇を動かして、動く死体のゾンビ少女は挨拶してきた。

ザック「……おー…」

 ゾンビ少女のレイチェルに対して、ザックも変わりない挨拶を返す。

 何気なくレイチェルの頬に手を伸ばす。

 血抜きを施した肉の塊に触れているような、ブヨブヨとした触感。

 何より、全身に血が通っていないため酷く冷たい。

 ザックの上に乗っているところで、接触している部分もヒンヤリしてきている程にだ。

 しかし、これはどうしたことだろうか。

ザック「……妙だな…」

レイ「…? 何が…?」

 レイチェルの頬に触れている手も、接触している腹部も、言いようのない温かさを感じている。

 ザックだけが感じられる特別な温もりが、そこにあった。

ザック「何でもねぇよ。つーか退け」

レイ「あ」

 ペシンッと一発チョップを食らわせて、レイチェルを自分の上から下ろした。

 ベッドから起き上がったザックの後ろに続いて、ゾンビのレイチェルがパタパタと追いかけてくる。

 四肢はしっかりと動いている。

 口も瞼も動くし、全身の関節は音もも滑らかだ。

 だが、所詮はゾンビ。

 このレイチェルは、これでも“まだ死んでいる状態”なのである。

レイ「ザック。さっき、どんな夢見てたの?」

ザック「あ?」

レイ「何か、うなされてるみたいだったよ…?」

ザック「………」

 あの夢の中であった、白い男。

 その男の顔を思い出そうとして……。

ザック「……さぁな…。忘れちまったよ」







 ザックはレイチェルを連れて、教会裏手の生活圏内に足を踏み入れる。

 そこのリビングに置いてあるソファの上に、誰が見ても分かるほど白髪が増えているグレイが死んだように眠っていた。

レイ「白目剥いてるね」

ザック「元からだろ」

 ザックはレイチェルから、グレイのことを“疲れたからソファで休んでる”と伝えられていた。

 しかし、この状態はどう見ても……。

レイ「口からも何か出てる。ヨダレ? 泡…? 魂……?」

ザック「死んでんじゃねぇだろうな…?」

 明らかに白髪が増えているグレイがこんな状態になっていることには、それなりの理由があった。

 それを語るには、まずゾンビ化に成功しているレイチェルの詳細から語らなければならない。







 レイチェルの体を取り戻したが、その肉体は改造されていた。

 と言っても機械的な意味ではない。

 薬品投与などを基準に、あの遊園地のお化け屋敷でリアルなゾンビ役として働けるよう、防腐加工などが施されていたのだ。

 そればかりか、死して尚も硬直することがないように全身に改良が加えられていた。

 布やプラスチックで作られた人形と置き換えても、素材以外は相違ないほどの出来栄えだったらしい。

ザック「そこだけ言やぁ、あのクソ科学者には感謝だな」

 今までフランス人形に憑依していたレイチェルだったが、自分の死体に入っても動けるほどの環境と条件が既に揃っていたのだ。

 ここまで明確に普通の死体との比較が出来たのは、他の手口で入手した二人分の遺体があったのも大きい。

レイ「それじゃあ、エディとキャシーにも感謝だね」

 南東地区の冷凍倉庫にて、掃除屋のアリエルから買い取った体。

 エディとキャシーの体とレイチェルの体を比較していくことで、今現在のゾンビ風レイチェルが完成したのだ。

 ちなみに、それらの作業を全て行ったのはグレイである。

 グレイは現在、エディとキャシーに同じ条件を揃えることができないかと模索中で、ここのところしっかり寝ていなかった。

 ダニーを除くわけではないが、あの二人も還ってくるようなことがあれば、帰り場所の肉体くらいは用意してあげたいという気遣いが身を動かしたのだろう。

ザック「そんで? 今は疲労の限界で、あの様か」

 ソファの傍にあるテーブルにつく二人が、チラリとグレイの顔を覗く。

 椅子に座ってプラプラと足を揺らすレイチェルと、朝食のホットサンドを噛じるザック。

 そんな二人の目の前で、グレイは完全に熟睡していた。

レイ「神父様、お疲れだったもんね」

 グレイが死んだように眠っているのは、そういう理由である。

 ちなみに、レイチェルのゾンビ化にまで成功しているものの、当然ながらザックは満足などしていない。

ザック「こうして顔合わせて会話できるようになったのはいいけどよぉ。どう見ても“生き返った”わけじゃねぇモンな」

レイ「そうだね」

ザック「眠れねぇし、腹も減らねぇ。さっき俺が触ったのだって、お前は感覚ねぇんだろ?」

レイ「うん。触れられた感じはなかったよ。歩くのも座るのも、何かフワフワしてる感じ」

 これでは人形に憑いていた頃と何も変わらない。

 器が変わっただけで、まだレイチェルは“死んでいる”のだ。

ザック「これじゃダメだ。俺が目指してるモンは、こういうモンじゃねぇ」

レイ「でも、神父様は多分しばらく動けないみたいだし……どうするの?」

ザック「……あの時と同じだろ」

レイ「……?」

 朝食を食べ終えて、皿とカップを台所の洗面台に向けて放り投げた。

 確実に割れた音が反響してきたが、ザックもレイチェルも気にしていない。

ザック「あのビルから抜け出した時だって、俺とお前の二人だったろ。今だってそれでいい」

レイ「……!」

ザック「来いよ、レイ。お前が完全に生き返るまで、あと一歩だ。方法を探しに行くぞ…」

レイ「……うん…ッ」

 割れた食器類も寝続けるグレイも放っておいて、ザックとレイチェルは教会を出た。

 今回は二人きりで、現状打破の方法を探しに向かう。







 ところ変わって、死後の世界。

 東洋の黄泉、獄都。

 この世界でダニーは、現在も獄卒たちの魔手から逃亡中の生活を送っていた。

ダニー「ふぅ…。生きていた頃じゃ味わえない危機感だね…。まぁ、もう死んでるわけだし…。そういう感覚も鈍ってるのかな…?」

 獄卒の木舌と戦った時の傷は癒えていない。

 死んでいるのだから治癒力があるわけがないし、これ以上死ぬこともないのだから癒える必要もない。

 ただ痛覚だけは健在だったため、死ぬほどの激痛が永遠に続く仕様になっている。

 死にたくても死ねない苦痛を実感しているところだった。

ダニー「痛みにも慣れれば、いよいよ感覚が麻痺する頃だ……。早く現世に帰らないと」
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