殺戮の天使 Revive Return
□暗殺狂質
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闇市の南西地区はちょっとした騒ぎに包まれていた。
しかし、それは事件があった際に起こるような騒動的なものではなく、むしろお祭りを楽しむような賑わいに近いものに思える。
その中心には、二人の犯罪者が対峙していた。
腹部から大量の出血を伴って倒れている殺人鬼、ザック。
そして、そのザックを見下す形で仁王立ちしている暗殺者、ニライ。
ニライは、周囲の注目を流し見てから静かに溜息を吐いた。
ニライ「はぁ…、顔が割れちゃったか…。せっかく女装してまで陰ながら活動を続けてたのに……。これじゃあ懸賞金も跳ね上がっちゃうだろうな」
ニライの素顔を知る者は一握りしかいなかった。
暗殺を稼業としているのだから当然だろう。
一部の情報屋に出回っていた“ニライの素顔”という高値の商品も、この件が原因で一気に価値が下がっていくはずだ。
それに比例して、ターゲットの顔が判明したことでニライの懸賞金が上がっていく図式になる。
ニライ「君、確か30万キランの賞金首だったよね? 今更だけど、それじゃあ最初から勝負にならなかったってわけだ」
ザック「……ッ…、なん…だと…ッ」
玉のように大きな脂汗を包帯に滲ませながら、必死に脇腹を強めに押さえつつ立ち上がるザック。
普通なら立てないほどの大怪我で、立てたとしても鎌を杖に使わなければ動けないはず。
だがザックは、ニライを睨みながら自分の足でしっかりと立ち上がる。
脇腹を押さえながら鎌を握りしめて対峙するその姿だけならば、凄腕の殺し屋と名高いニライを相手するに相応しいようにも見える。
ニライ「知らないのかい? 僕の首は3000万相当だよ。偶然かなぁ? ちょうど君の10倍もの価値と実力が示されてる」
ザック「……ッ…!!」
ニライ「その身体能力は確かに強力だ。腹を抉られて、骨を砕かれて、赤黒い鮮血が大量に流れようとも、まだそうやって立ち上がれている。素直に凄いと思うよ」
ニライ「でも、僕には勝てない。相手が悪かったんだろうね」
立ち上がったばかりのザックに向かって、一気に間合いを詰める。
左足を軸に大きく踏み込んだニライは、ザックの体に向けて一度に三度の打撃を繰り出す。
ザック「ーーーぅぉッ」
ニライ「砕破の構えッ」
ニライの体を支えているのは、左足のみ。
この瞬間、ニライの右手がザックの顔面を、左肘が右肩を、右膝が左の太ももを、ほぼ同時に攻撃する。
ニライ「三中撃砕ッ!」
ザック「……ぐ、がッ」
一つ一つのダメージが大きいのも原因だが、何より一つ一つの衝撃が凄まじい。
とても片足一本で放てるような威力ではなかったが、まだニライの追撃は終わらない。
ニライ「これで終わりだと思うなよ」
ザック「ーーーッ」
ニライ「三戦の龍舞ッ」
軸足だった左足を跳躍させて、そのまま全身をグルグルと回転させる。
遠心力に任せるままに威力を挙げた蹴り技を、三度に渡ってザックの脳天に振り落した。
ニライ「はぁぁぁあああああッ!!!!」
今回、ザックは呻き声を上げることすら出来なかった。
最初の一撃を頭に受けた直後に地面へと倒れ込み、そのまま二度三度と追撃を受ける。
ザックの頭はアスファルトに亀裂を作り、そのまま自身の血溜まりへと沈んでいった。
グレイ「ザック!!!!」
チェシャ猫「お兄ちゃんッ!!」
レイ「………ッ…」
三人の声は、周囲の野次馬たちの歓声に掻き消される。
頭蓋を割られたのか、脳出血を起こしたのか。
そのままザックはピクリとも動かなくなった。
これまでの戦闘を黙ってみていたアルとペーターは、この戦況に対して別々の感想を抱く。
アル「ぎゃはははッ!! やったぞッ、見たかぁ!! さすがのザックも、あのニライには手も足も出ないのだ!!」
ペーター「むぅ……本当にこれで終わりなのか…? 我輩の予想としては、もう少し骨のある男だと思っていたが……」
アル「なぁに言ってんだ! あれだけの攻撃を無防備のまま直に食らったんだぜぇ? 鍛え抜かれた筋肉馬鹿でも、もう立てやしねぇさ」
ペーター「…ふむ……」
ところが、この時の二人の心境は、外面と違って同じものを抱いていた。
テンションも高く勝利を喜んでいたアルだったが、内心では“これで終わるはずがない”と思って焦りを隠している。
ザックの弱さに失望を見せていたペーターだったが、内心では“これで終わるはずがない”と確信して笑みを堪えていた。
アルは実際に見たことがあるし、ペーターは本人から話を聞いている。
ザックには、まだ“あの力”が残っているのだから……。
動かなくなったザックを見下しながら、ニライは周囲に視線を配る。
目を止めたのは、レイチェルの姿だった。
ニライ「どうやら、さっきから彼のことを気にかけていたみたいだけど……どうしてかな? 君からの声援は他よりも少なかったように思うよ」
レイ「…………」
ニライ「彼に声を掛け難い関係にでもなってたのかな? どっちにしろ、言いたいことがあるなら早い内に伝えるべきだったかもね」
レイ「…………」
ニライ「手遅れになってからじゃ、何もかもが遅いんだ。死んでしまった相手には、何を言っても虚しいだけなんだからさ」
この会話にどういう意味が込められているのだろうか。
レイチェルは、以前ニライに訊ねられた誰かの名前を思い出した。
根本遥架。
この女性は、ニライにとってどのような人物なのだろうか。
レイ「ねもと…はるか…」
チェシャ猫「え…?」
何気なく呟いたレイチェルの独り言に、隣りに立っていたチェシャ猫が反応した。
と、同時に。
グレイ「……ぁ…ッ」
その隣りに立っていたグレイも、何かに気付いて声を上げる。
ニライ「仕事は終わりだ。さて、この騒ぎの渦からどうやって帰るべきか……」
ザック「てめえが死ねばいいだけだろぉが」
突如、足元から聞こえた声にゾクリと背筋が凍り付く。
ニライ「ーーーッ!!!??」
咄嗟の判断で飛び退いた直後、ニライの頬を掠める形で鎌の刃が薙ぎ払われた。
薄皮を切られて血が滲む頬になど気を配らず、ニライは目の前で飛び起きたザックから視線を外さない。
ニライ「……ッ、まさ…か…ッ」
ザック「チッ、惜しいなぁ…。そのまま首でも刎ね飛ばしてやろうと思ったのによぉ…」
周囲から驚愕と称賛の声が上がる。
頭から出血して顔の包帯を真っ赤に染めながら、ザックは再び自分の足で立ち上がった。
痛みの峠を超えたのか、脇腹からの出血が止まっていないというのに、もう片手で押さえるような仕草も見せない。
ニライ「そんな状態で…、まだ立ち上がるなんて……ッ」
ザック「この程度で俺が死んだとでも思ったのかよ。ナメてやがるな…」
ニライに鎌を向けたザックは、その驚愕を隠し切れていない様子に対して自信に満ちた笑みを浮かべる。
ザック「素手で俺に挑んでくるような野郎に、わざわざ殺されてやると思うなよ。どんだけ自分の腕に自信があるのか知らねえが、捕まらなけりゃ意味ねえだろうが」
ニライ「………なるほどな…」
ザックの言葉に、ニライは何かを悟って冷静さを取り戻す。
そして、指で頬の血を軽く拭った後、ザックの意見を覆す行動を実行した。
ニライ「それなら、否が応にも捕まえてしまう手段に出てみようか」
ザック「あ?」
ニライ「十三手の覇気ッ」
直後、ザックの四肢が硬直した。