絵本の世界と魔法の宝玉! Second Season
□どん底ハッピー?
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ふしぎ図書館の一室。
チェイサーは時折訪れる吐き気と戦い、時には派手に嘔吐する。
しかし、口から溢れるのは食したものなどではなく、大量の血液のみだった。
チェイサー「ごっはぁ!! ゲホッ、ゴホッ!!」
チェイサーは現在、魔句詠唱の能力を常時発動中である。
だが切り取った空間内の環境を制御する力を持っている彼の場合、空間を切り取る程度の段階ではそれほど苦しむ要素はない。
ただ一部の場所を外界から断つだけならば、マジカルエナジーの消費など極々少量で済むからだ。
そんな彼がここまで苦しんでいるのには理由があった。
ホレバーヤ「本当に続ける気かい?」
チェイサー「んあー……?」
ホレバーヤ「あの子の体を守るためとは言え、本当に死んじゃうよ?」
数日前、緑川なおが宝玉の取り込みに失敗して死亡した。
チェイサーの力で強引に宝玉を押し込み返し、宝玉が世に放たれてしまう前に強制的に取り込ませる試みを成功させたのはいいが、それで失った命が戻ってくるわけではない。
そこで、チェイサーが指名したのがフランドールの魔句詠唱。
あの世に干渉することができる彼女の力を使って、なおの魂を黄泉から連れ戻して蘇生させる作戦。
行きは簡単だが帰りが超難関というその方法で試みを成し遂げるためには、なおの魂が無事に戻るまで肉体の劣化を防がなくてはならない。
チェイサーは、なおの体の腐敗と白骨化を防ぐため、なおの体を魔句詠唱で切り取った空間の中に閉じ込め、その内部の時を完全に止めた。
結果、肉体は腐敗の時を刻むことがなくなったものの、能力を常に発動し続けなければならないチェイサーの命はマジカルエナジーの消費と共に確実に削られていく。
いつ帰ってくるかも分からない長い戦いの中で、チェイサーの方が先に消滅してしまう危険性さえあるのだ。
チェイサー「ニーヤニヤニヤ……。ここで止めちゃぁカッコ悪いねぇ」
ホレバーヤ「格好だけで済む問題じゃないよ。チェイサーが消えても“不思議の国のアリス”のチェシャ猫は新しく生まれてくる。でもね? それは今ここにいるチェイサーとは別人さ」
チェイサーが消えても、チェシャ猫の代わりは山ほどいる。
しかし、今ここにいるチェイサーは一人しかいない。
故に、マジカルエナジーを使い果たして消えてしまえば、今ここにいる世界でたった一人のチェイサーは……死んでしまうのだ。
チェイサー「ニーヤニヤニヤ。オレって他の連中より、ず〜〜〜っと長寿なんだよねぇ♪ 大丈夫大丈夫、何とかなるなる」
ホレバーヤ「……無理するんじゃないよ?」
現在、なおはチェイサーの部屋である穴の中の私室に置かれたベッドの上に寝かされている。
命を落とした肉体に自己治癒力はないため、なおの体は宝玉の取り込みに失敗した時の傷ついた状態のまま治ることはない。
おそらくみゆきの力を使ったとしても治すことは不可能だろう。
このままでは、例えなおが帰ってきたとしても今度は治療に専念しなくてはならなくなりそうだが……その心配はなかった。
なおの体には今、ホレバーヤの魔句詠唱が発動している。
しかし、その詳細が明かされるのはもう少し後になるだろう。
ホレバーヤ「ところで、あの子の存在はどうなってるんだい? 何の対処もしてないんじゃ、人間界も黙っちゃいないよ」
チェイサー「どゆことー?」
ホレバーヤ「あの子が帰ってこないなら家族は心配してる、って言ってるんだよ。中学校の友達や先生はどう思ってるんだい?」
チェイサー「ニーヤニヤニヤ♪ それなら大丈夫だよ〜ん」
ツツーッと流れ出た鼻血を拭いながら、チェイサーは床に寝そべって休み始める。
なおの存在がどうなっているのか、その手は既に施していたのだった。
みゆきたちは現在、京都行きの新幹線の中にいた。
本日より、七色ヶ丘中学の二年生は二泊三日の修学旅行に出かけている。
ここ数日は修学旅行の準備に忙しかったみんなだったが、その忙しさの中には今までと大きく異なる共通点があった。
誰一人として、緑川なおの話題を口にしない。
まるで、初めから“緑川なお”という人物など、このクラスにはいなかったかのように。
星空みゆき「…………」
日野あかね「やっぱ…寂しいなぁ……。こういうの…」
その現実を受け止めるまで、みゆきたちはお互いを励まし合うなどして乗り越えてきた。
なおのことを覚えているのは、この学校の中ではみゆきたちだけ。
クラスメートも先生たちも、なおの家族全員までもが、なおのことを完全に忘れていた。
しかしチェイサーは、なおが戻ってきた際には全員の記憶を戻すことを約束してくれている。
そして、もしも戻ってこなかった場合はこのまま記憶消去をし続けるばかりか、つらいのであるならばみゆきたちの記憶からもなおの存在を消してしまうことまで付け足した。
黄瀬やよい「……なおちゃん…、帰ってきてくれるよね…?」
ここ数日で、何度目になるか分からない質問。
それだけ不安だった。
しかし、そんな状況でもみんなは必死に前を向こうと頑張っている。
特に、れいかはその気持ちが最も強いはずだ。
青木れいか「大丈夫ですよ。なおは……きっとわたしたちのところに帰ってきてくれます」
れいかの髪型は、ここ数日で大きく変化していた。
なおが頭に結んでいた黄色のリボン。
なおが帰ってくるまでチェイサーから託され、預かっているそのリボンは今、れいかの髪に結ばれている。
黄色のリボンで結ばれたポニーテールが、今のれいかの髪型として定着している。
佐々木先生『天願くん、車内で騒いではいけませんよ』
天願朝陽『はーい、すんませーん!』
新幹線の車内の一角、男子たちが楽しげに騒いでいるようだった。
その中には天願の他に、自然な立ち振る舞いで豊島も紛れている。
どうやら天願と豊島の二人は、少しくらいは良好な関係を築けている。
それなりに仲が深まったらしい二人は、朝の挨拶なども顔を合わせたら普通に交わせるくらいには落ち着いている。
みんなで決行した仲直り作戦は成功したようだが、それと引き換えに失ったものもある。
彼らも他と例外ではなく、二人もなおのことを忘れていた。
二人の頭の中では、仲直り作戦で奮闘していたのはみゆきたち“四人”という記憶が残されているらしい。
だが、そんな記憶の中でもみゆきたちでさえ知りえないことだってある。
天願朝陽「…………」
確かに天願は、なおのことを完全に忘れている。
だが逆に、不自然に覚えていることもあった。
彼の頭の中には、あの読み聞かせ会でも見かけたマホローグの姿が残っている。
豊島を連れて避難したあの後、公園で何かがあったことはみゆきたちの様子を見ていれば分かる。
しかし、具体的な詳細を知らない天願には何をどう訊いたらいいのか分からず、そのまま黙って日常を過ごし続けていた。
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