絵本の世界と魔法の宝玉! Second Season

□イーヤーサーサー!
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 六月下旬の七色ヶ丘市。

 何処の学校でも、この時期は体育祭の競技練習で大盛り上がりだった。

 七色ヶ丘中学も例外ではなく、グラウンドではリレーの練習に励む生徒たちで常に賑わいを見せている。

 もちろん二年二組も例外ではないのだが、みゆきたちだけは例外だった。

佐々木先生「見学と言えども授業です。私語は慎みなさい」

星空みゆき「はーい」

 佐々木先生の言葉に、みゆきたち五人は揃って返事をする。

 別に大きな怪我を負っているわけでも、体調不良というわけでもない。

 あの修学旅行の一件で負った怪我も、みゆきやふしぎ図書館での療養のおかげで回復していたのだ。

 しかし完治したというわけではなく、まだ体の節々に後遺症に似た痛みを伴っていた。

 ひどい筋肉痛にも近い今の状況で体を動かすことは困難に思えたため、みゆきたちは少し大げさな包帯を巻いて怪我の状況を訴えたのだった。

 先生たちを騙すことは気が引けたが、もう少しすれば完全回復として復帰できる。

 五人揃って一回だけ授業をズル休みするだけだ。

日野あかね「れいかー。今年の体育祭、最後の締めは何するんや?」

青木れいか「ふふ。それは後でのお楽しみです。今日のホームルームで、各種目の出場選手を全て決めてしまいますので」

星空みゆき「……? 締め、って何?」

黄瀬やよい「あ、そっか。みゆきちゃんは転校してきたから去年はいなかったんだもんね」

 七色ヶ丘中学の体育祭を知らないみゆきに、れいかが簡単な説明をしてくれる。

 今日もなおの黄色いリボンで髪を結んでおり、大きなポニーテールが大きく揺れていた。

青木れいか「体育祭の各種目を終えた後、学園に分かれて決めていたテーマに沿った催し物を開くんですよ」

星空みゆき「催し物?」

日野あかね「せや。去年は一年が各クラスの演劇芝居、二年がクラス対抗早食い対決、三年がクラス一丸の組体操やってんねん」

黄瀬やよい「体育祭の最後に、みんなで楽しく盛り上がろう、って意味合いがあるんだって」

 七色ヶ丘中学ならではの競技。

 いや、もはや競技とは呼べず、これは最後の最後に用意された娯楽にも近いのかもしれない。

 今年の二年には、どんなテーマが設けられているのだろうか。







 体育祭の練習を行った体育の授業が終わり、休み時間を経てホームルームが開かれる。

 ついに、れいかの口から今年の二年が行う体育祭最後の催し物のテーマが明かされた。

青木れいか「今年の体育祭ですが、二年生は最後に“舞踏”をすることが決定しました」

 舞踏、つまりは踊りを踊ることである。

 それを聞いたクラスの反応は、一部の女子が盛り上がりの声を上げ、多くの男子と一部の女子からは落胆の声が上がった。

日野あかね「踊りかぁ〜……。自信ないなぁ」

星空みゆき「男子も、あんまり乗り気じゃないみたいだね……」

 クラスの様子を見て、みゆきとあかねが呟いた。

 しかし、決まってしまったものは仕方がない。

 二年の全クラスに共通している以上、二組の勝手で取り下げるわけにはいかないのだ。

青木れいか「わたしたち二組が踊る演目として、何か立候補はありますか?」

 だがこの言葉には、男子は言うまでもなく女子までもが口を閉じてしまう。

 みんなで踊れる、というのは嬉しかったようだが、さすがに何を踊るかまでのリクエストは浮かんでいない。

 そもそも、このクラスにはそこまで踊りに精通している者がいなかったのだ。

 と、そんな時だった。

天願朝陽「はいはいは〜い♪」

青木れいか「はい、天願くん。何か案がありますか?」

 いつも通り陽気な挙手をしてみせた天願が立ち上がり、クラスの誰もが思いつきもしなかった提案を提示してきた。

天願朝陽「沖縄の伝統芸能“エイサー”ってのはどうだ? あれなら何処のクラスよりも注目されるはずだからよ! 絶対に盛り上がれるッ」

 少しばかり静寂が広がった。

 聞き慣れない言葉だが“イーヤーサーサー”という掛け声なら、一度は聞いたことがあるだろう。

 それはエイサーでも用いられている掛け声であり、伝統芸能というが踊りに違いはない。

 それに、団体で行える演目ならばクラス全員で取り込める上に、少し珍しいものをやった方が他のクラスよりも注目される。

 何よりも、二組のみんなが他に案を出すほど手札は潤っていなかった。

青木れいか「……それでは、天願くんが提案した“エイサー”で決定したします。よろしいでしょうか?」

 是の声はなかったが、逆に言えば非もない。

 何もしないよりはマシということで、二年二組の演目はエイサーに決定したのだった。







 その頃、絵本の世界にて。

 今後の宝玉探索を行うために策として、魔王は新たに人間界に派遣するべき人材を選んでいた。

 が、どれもこれも決定打に欠ける者ばかり。

 命をかける以上、例え誰も選べなかったとしても仕方がない。

 こればかりは安易な考えで選んではいけないのだ。

ピエーロ「悩んでいるようだな」

 そんな魔王の傍に、人間界で宝玉探索を行っているはずのピエーロが歩み寄ってきた。

魔王「…どうした? 再び皇帝の座が欲しくなったか?」

ピエーロ「その話はやめろ。何度も言うが、もうこの世界を支配する席は譲ったのだ。もはや我は皇帝でなくれば魔王でもない…」

 かつて、ピエーロは絵本の世界を支配する皇帝の座に君臨していた。

 しかし今ではその席からも立ち上がり、魔王としてパズーズを指名して解任済み。

 一部の者たちからは、パズーズに王の座を奪われたと思われているようだが、ピエーロが自身の意思で譲ったのだ。

 だがその事実を逆手に、稀にパズーズは“王の座を奪った”ように振る舞いながらふざけてくることがある。

 今となっては、もう両者ともに慣れたことだが。

魔王「それで本題は?」

ピエーロ「うむ……。チェイサーの件は知っているな? 緑川なおを無事に救出するため、フランドールと共に魔句詠唱を発動中だ」

魔王「………その件か…」

 心苦しかった。

 人間を絵本の世界の事情に巻き込んだ以上、死ぬか殺されることは目に見えていた。

 だがこうして現実になった時、絵本の世界の住人は助けられる命があるのなら全力で助けようとしてしまう。

 それを責めるわけではないが、自分で自分の首を絞めるように宝玉探索は疎かになってしまった。

 ましてや、その被害者が宝玉探索に協力してくれていた人間ともなれば無碍に扱うこともできない。

ピエーロ「フランドールの魔句詠唱は特殊だ。いつ帰ってこられるかも分からない力を使い、その期間の長さに比例してチェイサーも少しずつ衰えていく。休息が必要だ」

魔王「休息……。具体的にはどうするつもりだ?」

ピエーロ「じっと待っているだけで苦痛ならば、少し自由に町に出してみるのもいいだろう。しかし魔句詠唱を解くことができない以上、我も同行する。異論はあるか?」

 チェイサーの気分転換として、七色ヶ丘の町に自由時間を与えて出してみる。

 しかし何が起きるか分かったものではない以上、それにピエーロも同行することを求めた。

魔王「まぁ、いいだろう。こちらもニコを働かせすぎてるからな……。お前の意思を見習おう」

ピエーロ「うむ」

魔王「それと……どうせ休息を取るならば、もう一人も連れて行け。お前と同じで動き続けているはずだ。少しは休ませた方がいいだろう」

 そう言って、魔王は三人揃っての休暇を許してくれた。

 ピエーロとチェイサーと、あと一人。

 ふしぎ図書館に行ってチェイサーに会いに行く前に、ピエーロはあの道化師を迎えに行かなくてはならない。
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