絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season

□騙し欺く戦術
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 やよいを逃がし、一寸法師のサゼロンと戦うことになった準一。

 しかし、戦闘において準一は重大な欠点を抱えていた。

幻の宝玉『準一殿。此度の戦い、どうするつもりでござるか?』

 準一が取り込んだ宝玉の意思、幻の宝玉も気になっている様子だ。

桜野準一「何がや?」

幻の宝玉『“何が”ではござらん。準一殿は、基本的な攻撃戦術を一つも体得しておらぬではないか』

 準一の能力……もとい幻の宝玉の力は、文字通り“幻を見せること”にある。

 幻覚から始まり、準一の容姿や身の回りの景色などなど、あらゆるものの“見た目”を変質させて対象を欺き、騙す能力だ。

 戦場において、この能力の大きな欠点は“見た目しか”変質させることが出来ない点である。

 仮に準一の姿を凶暴な野獣に変えてみせたとしても、その姿がそのように見えているだけ。

 実際に準一の戦闘能力が凶暴化してパワーアップするわけではなく、大柄な獣に化けたところで本体が人間であることに変わりはない。

 つまり、準一は宝玉の能力を行使したとしても、相手に与える戦闘ダメージの点では“ただの人間”と何も変わりないのである。

幻の宝玉『拙者は準一殿の立ち回りを眺めさせてもらうでござる。拙者の力は好きに使って構わぬ故、退屈は勘弁』

桜野準一「好き勝手言いなや……こちとら命懸けやぞ」

幻の宝玉『ここで準一殿が亡くなろうと、拙者には関係ござらん。また新たな宿主を見つけ次第、この世界の娯楽を堪能するのみでござる』

桜野準一「薄情な奴っちゃなぁ」

 幻の宝玉の力が使えなければ、所詮は普通の人間に過ぎない。

 だからこそ能力は自由に使える状態にしてくれたようだが、幻の宝玉の意思は傍観を決め込むつもりらしい。

 そして、準一と違って明確な戦闘術を持っているサゼロンは既に戦闘態勢を整えているようだった。

サゼロン「何を一人でブツブツと……。そっちが来ないならこっちから行くまでッ」

 幻の宝玉の声は準一にしか聞こえない。

 サゼロンの目と耳では、準一が独り言を呟いているようにしか見えなかったのだ。

 裁縫針を構え、準一に素早く狙いを定める。

 中庭に生える草むらの中を素早く駆け抜け、準一のすぐ傍まで近付いてきた……その直後。

桜野準一「“妖精の悪戯(ビジョンスプライト)”」

サゼロン「ーーーッ!?」

 目の前の準一の姿が一瞬で消失し、身の回りに二十体もの準一がマネキンのように立ち並び、現出していた。

桜野準一『まずは雲隠れや。さぁて、どれがモノホンか自分に分かるかぁ?』

サゼロン「……ッ、小賢しい真似をッ」

 中庭に現れた二十人もの準一は、誰一人としてマネキンのように微動だにしない。

 所詮は幻覚、実体はない。

 で、あるのなら本物の足元に生える草のみが僅かにでも動くはずなのだが……目の届く二十人の準一全て、本当に本物がいるのかどうかも分からないくらい身動き一つしなかった。

サゼロン「…………」

桜野準一「…………」

サゼロン「……そもそも…この二十人の内の一人が本物…とも限らない……」

桜野準一「……ッ」

サゼロン「目の前から一瞬で消え、二十人の分身を作った。十九人の分身と本物の自分を一人足して、二十人の計算ではなく……。それなら!」



サゼロン「ただ“透明になっただけ”の本物は、まだ目の前にいるッ!!」



 先ほどまで準一がいた“何もない空間”に向けて、サゼロンは裁縫針を勢いよく投擲した。

桜野準一「ーーーッ!」

 直後、まるで何かがいるようにガサガサと草が蠢き出し、放たれた裁縫針を何かが避けていった。

サゼロン「逃がすかッ」

 しかし、続いて二本三本と放たれた裁縫針までは避けることができず、それらの針は見えない何かに突き刺さったかのように空中で静止した。

桜野準一「ーーーぁがッ!!」

サゼロン「ふんッ、透明人間め……打ち取ったぞ!」

桜野準一「……ッ。ま、だ…ッ、終わって堪るかぃ…!!」

 裁縫針を抜いて放り捨てる。

 ガサガサと草むらを駆ける音だけを立ててサゼロンから距離を取った準一は、自身の体を透明にしたまま近場の木陰に身を潜める。

幻の宝玉『透明であっても陰に隠れる、か…。滑稽ッ♪』

桜野準一「やかましいわッ。自分どっちの味方やねん…ッ」

幻の宝玉『声を荒らげては、あの小人に見つかってしまうぞ?』

桜野準一「……ッ」

 幸いにも、裁縫針で刺されたのは右肩と左腕の二箇所のみ。

 致命傷に至らなかったのは、見えない敵を相手にサゼロンも急所を狙えなかったからだろう。

 しかし、これではサゼロンを倒すことよりも先に自分の延命で手一杯になってしまう。

桜野準一「(早よ打開策を見つけな、モノホンのバッドエンド迎えるオチやで……。何とかせな……)」

幻の宝玉『あの者、ジルドーレ殿の魔手によって捕らわれた絵本の世界の住人でござろう?』

桜野準一「んあ? 何やねん、急に」

幻の宝玉『いや、その場合……単純に倒しても問題やもしれんの思ったまで。あの者を傷付けては、ニコ殿や魔王パズーズ殿が悲しむのではなかろうか、とな♪』

桜野準一「(……マジで楽しんどるな…。しばいたろか…ッ)」

 サゼロンがジルドーレの手に寄って悪堕ちした住人であることは、準一にも分かっていた。

 だからこそ、ただ倒してしまっては問題なのだ。

 出来るだけ傷付けることなく戦闘不能にする。

 それがどれほどの難題か、攻撃戦術を持たない準一にとって過酷な試練に他ならなかった。



 そう思っていたのだが……。



桜野準一「…………」

 準一の脳裏に、一つの可能性が浮かび上がった。

 ただの人間でしかない、特異な攻撃戦術など一つも持っていない準一でも……。



 凄腕の暗殺者のようなサゼロンを、たった一撃で倒すことができる“かもしれない”方法が。



桜野準一「……試してみる価値は、あるやろな…」

幻の宝玉『…何か策が浮かんだでござるか?』

桜野準一「まぁな。黙って見ときぃ」

幻の宝玉『言われずとも♪ 拙者を楽しませるよう努めるが良いッ』

桜野準一「言っとれ、ボケぇ」
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