絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season

□荒れ狂う戦い
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 チェイサーがアカンベェの軍勢を撃破するより数分前。

 魔句詠唱が発動し、この場からチェイサーとアカンベェたちが消失しても、眠太郎とウラシマンの戦いは止まらなかった。

ウラシマン『ヴォォォオオオオオッ!!!!』

美優楽眠太郎「くッ!!」

 もはや“浦島太郎”の面影はない。

 膨れ上がった体を揺らしながら本能に任せて暴れ回る巨漢。

 これを絵本の主人公など誰が認めるだろう。

 良くて、主人公に打倒される怪物、と言ったところだ。

美優楽眠太郎「だが、それじゃあダメなんだろう? 絵本の世界の住人が、殺人男爵の力に負ける現実なんて、子供が泣いてしまうッ」

 ジルドーレの力は強力だ。

 それに抗えなかったウラシマン自身が、現状を望んでいるはずがない。

美優楽眠太郎「こっちも時間がないんだ! 倒させてもらうぞッ、主人公!!」

ウラシマン『アガァァァアアアアアッ!!!!』

 両者の腕が同時に振るわれ、拳と拳が交差する。

 直後……。



 眠太郎の操る土の巨人の右腕が、その衝撃に耐えられずに崩壊した。



美優楽眠太郎「ーーーなッ!!?」

ウラシマン『ガァアアア!!』

 続け様に繰り出されるウラシマンの突進攻撃。

 その勢いにすら負け、土の巨人は大きく体を傾けて転倒してしまう。

美優楽眠太郎「うぐぐッ、むぅ!」

 土の巨人の中でその衝撃に耐えつつ、眠太郎は崩壊した右腕の修復に急ぐ。

 すると……。

美優楽眠太郎「ぅ、ぐ…ッ、ぁぁ…?」

 自分の胸元から腹部にかけて、上着が真っ赤に染まっていた。

 体を切ってしまったのかと一瞬だけ不安になったが、そうではない。

 口の中に、血液特有の鉄の味が広がった。

美優楽眠太郎「……ッ、しま…った…!!」

 吐血したわけではなく、大量の鼻血が流れ出ていた。

 それらが口に流れ、そのまま胸元や腹部にまで滴り、服を汚していたのだろう。

 たかが鼻血と思うかもしれないが、その原因と出血の量が深刻さを示していた。

 マジカルエナジーの使い過ぎである。

美優楽眠太郎「(もう…、腕一本を直すことも出来ないのか……ッ。まだ相手に、大きなダメージすら、通ってないってのに…!!)」

 左手で鼻血を拭いながら、残された左腕で何とか立ち上がらせる。

 自分自身が義手であるせいか、片腕を失った巨人を操らなければならない事実に、何処か皮肉めいたものを感じてしまった。

ウラシマン『ウオオォォォオオオオオッ!!!!』

美優楽眠太郎「ーーーあッ」

 だが、そんなことを思い浮かべる時間さえ許されなかった。

 暴走の影響が強まってきたウラシマンは、土の巨人が立ち上がって間もなく、再び拳を振るってきたのだ。

 反射的に左手で防御してしまった巨人だが、真っ向から拳を受けて右手は崩壊したのだ。

 当然、慌てた拍子の防御体勢など何の意味も成さない。

美優楽眠太郎「……ッ!!!!」

 一瞬で土の巨人の左手がバラバラに崩壊し、巨人は再びバランスを崩した。

 加えて、今度は立ち上がる時間さえ与えてもらえない。

ウラシマン『ウグゥ!!』

 倒れた巨人の両足を掴み上げたウラシマンは、そのまま遠心力に任せて振り回し始めた。

 いわゆるジャイアントスイングである。

美優楽眠太郎「なッ!! ま、待てッ!!」

ウラシマン『アガァァァアアアアアッ!!!!』

 ただでさえボロボロな巨人の体に、その衝撃は毒でしかない。

 振り回されて、ほんの数秒後。

 ビキビキバキバキと音を立てながら、土の巨人は両足を失って放り投げられる。

美優楽眠太郎「ーーーうわぁあああ!!!!」

 ゴロゴロと転がるダルマ状態の巨人。

 その中で、もう起き上がることすら叶わなくなった眠太郎が苦痛の声を漏らす。

美優楽眠太郎「うぐぐ、む、ぅぅッ」

 ゆっくりと近付いてくるウラシマン。

 次の一撃で、もう巨人は倒されてしまう。

 そうなれば、宝玉の力さえ使えなくなった眠太郎など動かぬ標的だ。

美優楽眠太郎「(なんて、無様な……。こんな形で、あっさり負けて…堪るか…!!)」

 これ以上のマジカルエナジーの消費は命に関わる。

 死にたくなければ控えた方がいいのだろう。

 だが、実を言えば眠太郎には“奥の手”がある。

 しかし……それを使うのは躊躇われた。

美優楽眠太郎「(この状況で勝つには…、もう“アレ”しかない……。だが……ッ…)」

 眠太郎は、敵の姿を見据える。

 そして、それが絵本の世界の“何の罪もない善人”であることも思い出す。

 悪意があって戦っているのではなく、ジルドーレによって操られているだけの被害者の姿を。

美優楽眠太郎「(なんで、よりにもよって……俺の相手が“浦島太郎”なんだ…ッ。これは、あまりにも……酷すぎる…ッ)」

 眠太郎の奥の手の効果は、あの浦島太郎を相手に使うには躊躇われるだけの理由があった。

 出来ることなら、そんな方法など使わずに勝利したかった。

 だから、わざわざ土の巨人を使って戦う、という面倒な戦法を取っていたのに。

 マジカルエナジーの消費が激しくても絶対に勝てる奥の手など使わずに、勝利できていたはずなのに。

美優楽眠太郎「(俺は、どうしたら……ッ)」

 と、その時だった。





 チェイサーが魔句詠唱によって発動した“不思議の国”に、終焉が訪れた。
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