絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season
□魔法使いの嫉妬
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宝玉の暴走は食い止めた。
なおが自分自身で身を滅ぼす最悪の末路を阻止した眠太郎だったが、それでも予期せぬ事態が起きる。
なおの左脚が、爆裂するように腰の下から消滅した。
緑川なお「ーーーッ!!」
美優楽眠太郎「……! 実体を戻すなッ、今、元の体に戻れば…ッ」
緑川なお「わ、分かってます…ッ」
実体を手放し、なおは風と一体化していた。
その際に絶対に気を付けなければいけなかったのは、何があっても自分自身の体を意識的に保ち続けること。
もしも自分の体と自然の風の区別が出来なくなってしまえば、意識から切り離してしまった部位は二度と元には戻らない。
その点さえ守っていれば、頭を吹き飛ばされようが五体をバラバラに裂かれようが、その場で体を復元することだって出来たのだ。
しかし、あまりにも予想外の事態に、なおは意識を途切れさせてしまった。
失われた左脚は復元が出来ず、この状態で実体を取り戻し、元の体に戻ろうとすれば、なおは腰下から大量の出血を伴う重傷を負う。
否、それ以前に気になるのは……。
緑川なお「……ッ…、ま…、マホローグッ!!」
宝玉が暴走していた際、風の力で完膚なきまでに叩きのめした存在、マホローグ。
今や瓦礫の下敷きになって大人しく埋もれているはずが、その場所から小規模の爆発魔法が飛来してきた。
故に、なおは左脚を失ったのだ。
まだ意識が残っていたようだが、なおの睨みを聞かせた呼びかけに応える様子はない。
代わりに、彼の“魔句詠唱”が聞こえてくる。
マホローグ「“指を刺されて死ぬが良い”」
なおの繰り出した無慈悲な攻撃で舌を損傷し、くぐもっている声。
だがその声色は、殺意を孕んだ怒気で満ち溢れていた。
緑川なお「……!!」
美優楽眠太郎「今のは…魔句詠唱かッ!?」
二人が事態を把握した瞬間、それは起きた。
マホローグが埋まっている瓦礫の下から、何十本もの茨の蔓が一斉に飛び出してきた。
鋭い棘を持った茨の蔓は、なおや眠太郎を取り囲むようにして生え広がり、洋館の廊下、壁、天井にベタベタと吸い付いていく。
見栄えは、まさしく呪いの城。
もしくは廃墟と言えるだろう。
辺り一帯が茨の蔓で覆われたところで、シュルシュルと音を立てながら生え広がっていた蔓の動きが止まる。
そして……瓦礫の下からモゾモゾと蠢き出す何かの気配。
緑川なお「…マホ……ローグ?」
恐る恐る声をかけた直後、再び何かが飛び出した。
それは、コウモリのような真っ黒な翼。
続いて、大トカゲを思わせる爬虫類の尻尾。
更には、この世の動物では言い表せないほどの禍々しい二本の角が、次々と現出していく。
だが最も恐ろしいのは、それら全てが普通のサイズではないこと。
剥き出しの鋭い爪も、高熱を思わせる湯気を立てた獰猛な牙も、全てが全て馬鹿デカかった。
瓦礫を押しのけて現れたマホローグの“真の姿”は、もうなおたちの知っている魔法使いの少年などではない。
緑川なお「……これ…って…!!」
美優楽眠太郎「…龍……!! いや…ッ、ドラゴンかッ!!?」
普段はあんころ餅スタイルの魔王も、ドラゴンの本性を持っているが、それとは大きく系統が異なる。
ファンタジーの世界観で描かれる、最もスタンダードなビジュアルのドラゴンが目の前に君臨していた。
これがマホローグ。
魔句詠唱で覚醒した、真の姿にして、真の力。
マホローグ『この僕を、ここまで本気にさせたんだ……。無事で済むと思うなよ…ッ』
緑川なお「……!!」
マホローグ『生かしては帰さん…ッ。一人残らずなぁ!!』
悪魔のように禍々しい翼を大きく広げ、長い首を持ち上げたマホローグが腹の底から咆哮を放った。
マホローグ『ーーーブォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』
緑川なお「ーーーッ」
次いで、その大きな腕を思いっきり振りかぶり、目の前に立っていたなおの体を一撃で粉砕した。
美優楽眠太郎「なおくんッ!! う、うわぁあああッ!!!!」
すぐ近くに立っていた眠太郎は、腕を振るった煽りを受けただけで軽々と吹き飛ばされてしまった。
張り巡らされた茨の蔓の上を転がり、棘に体中を裂かれて傷だらけになる。
美優楽眠太郎「あ痛だだだッ!!」
緑川なお「眠太郎さんッ、避難して!」
なおの声が聞こえた。
マホローグの攻撃を受けて一瞬で殴り飛ばされたと思っていたが、今のなおは実体を手放している。
意識させ途切れさせなければ、何をされても復元は可能なのだ。
しかし……。
マホローグ『その諸刃の剣……いつまで続くかな?』
緑川なお「……ッ」
暴走した際に消費するマジカルエナジーは強大だ。
加えて、実体を手放している間は否が応にも消費が進む。
いつまでも今の状態をキープしていられるほど、なおのマジカルエナジーは残されていなかった。
美優楽眠太郎「何とかしなければ…………ん? あれは……」
眠太郎が気付いたのは、なおの攻撃でマホローグが吹き飛ばされた際、崩れてしまった廊下の壁。
その向こうに見えた部屋の様子は、どうやら医務室か何からしい。
美優楽眠太郎「(……! あそこから止血剤と痛み止めを拝借できれば…、まだ勝機があるんじゃ…!?)」
思い至ったが吉日、眠太郎は崩落した壁の隙間に入り、医務室へと足を踏み入れた。
その行動に気付いていないのか、もしくはなおの抹殺しか頭にないのか、マホローグは眠太郎に一切構わなかった。
怒気に満ちる眼光が照らすのは、目の前の緑川なお、ただ一人のみ。
マホローグ『殺してやる……ッ。ぐちゃぐちゃに切り裂いてッ、新薬開発のモルモットにしてやるよぉ! 緑川なおッ!!』
緑川なお「ぅ、ぐッ!!」
大きな口から放たれる咆哮は熱を帯び、その勢いのまま灼熱の炎が吹き上がる。
実体を手放しているため火傷もダメージも心配はいらないが、重大なのはマジカルエナジーの消費量だ。
もう、なおの視界は既にユラユラと揺らいでいた。
緑川なお「(この状態……あと何分も持続できない…ッ。でも…今、元の姿に戻ったとして、マホローグに勝てる見込みは……)」
絶望的状況だった。
真の力を解放して暴れる、殺意剥き出しのマホローグを相手に、勝てる自信など微塵も湧いてこなかった。