絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season
□貫き通す意思
1ページ/3ページ
ニカスターの頬を撫でる業火の熱風。
先程まで目の前にいたみゆきの姿は、炎の中へと消えていった。
しかし、その直後に場の空気を包み込んだのは……真っ白な煙と言えるほど濃厚な蒸気。
ニカスター「…………」
ジュワァアアアッ!!!! と派手な音を立てて広がっていく真っ白な蒸気の正体は、炎を浴びたことで生まれた水蒸気の波だった。
ニカスターは、気付いていた。
気付いていて、あえてみゆきに炎を放った。
この場に“駆けつけた彼女たちが、必ずみゆきを守ってくれる”と確信していたから。
ニカスター「……ニィッフフフ…♪ さすがですねぇ…。上出来です!」
水蒸気の大波が晴れた時、先程までみゆきが座り込んでいた場所には……。
相変わらずボロボロになった衣服を身に着けているものの、何故か火傷一つ負っていないみゆきの姿。
それに並んで、ニカスターを睨みつけている人物が二人、この戦況を理解し、土壇場であろうとも瞬時の判断力で加わってきていた。
星空みゆき「……れいかちゃん…ッ、ジョーカー…ッ」
ジョーカー「手遅れになる前で何よりです」
青木れいか「お待たせしました、みゆきさん」
みゆきとニカスターの立ち並ぶ戦場に、最強タッグが加勢した。
きっかけは、二つの光が交差した際に生まれた戦闘音だった。
みゆきの光と、ニカスターの光。
その威力は凄まじく、一定の範囲ならば洋館内の空気を響かせるほどの音を発している。
それを聞きつけたれいかとジョーカーが、みゆきとニカスターの姿を確認するまで時間は掛からなかっただろう。
だが、そんな二人の到着はニカスターに気付かれてしまった。
ニカスター「アナタ方が到着した以上、ワタクシの攻撃からお母様を守って当然……。総判断した上での放火でした♪」
青木れいか「わたしの氷結能力が間に合わず、みゆきさんが焼死する可能性を考えなかったのですか」
ニカスター「はい」
即答だった。
ニカスターには、それだけの自信と確信があったのだ。
ニカスター「宝玉に関する事件を経て、アナタ方の絆の深さは知り得ています。間に合わない、なんてことは絶対にありえないのですよ♪ ニィッフフフ……」
ジョーカー「呆れます。何とも嬉しくない信頼ですねぇ」
そう言いつつ、ジョーカーは手品師の真似事をして簡単な衣服をパッパと取り出した。
安っぽいカーディガンだったが、それをみゆきに放り渡して先を促す。
ジョーカー「それを着て先をお急ぎなさい」
星空みゆき「…え?」
青木れいか「ニカスターの相手は、わたしたちが引き受けます…。みゆきさんはジルドーレの部屋に向かってください」
二人は知らないのかもしれない。
つい先ほど明かされたばかりの、ニカスターが秘めている面倒な能力を。
星空みゆき「ま、待って! わたしも一緒に戦うッ」
青木れいか「…みゆきさん?」
星空みゆき「ごめん…ッ。わたしのせいなの……。わたしがニカスターに、あんな能力を…作っちゃって……」
一度見た能力を複製し、独自の効果を付け加えて発動する力。
あらゆる絵本の夢を詰め込もうとした結果、幼く無邪気な心が実現させた厄介な能力。
ジョーカー「なるほど…。ニカスターがみゆきさんの能力に似た力で対抗していたのも、それが所以ですか」
星空みゆき「うん…。多分、二人だけじゃ倒せない…。だから……」
しかし、れいかたちの意見は変わらなかった。
確かに二人では難しいかもしれない。
だが相手はニカスターだ。
早く打ち倒さなければならない敵ではないのなら、ここで時間も戦力も割いている暇はないのである。
青木れいか「いいえ、みゆきさん。わたしたちなら大丈夫です」
星空みゆき「れいかちゃん…!」
ジョーカー「れいかさんの言う通りですよ。ここは、わたしたちを信じてください」
星空みゆき「ジョーカー…」
二人の顔を見て、三人はお互いに目で合図する。
無言の対話。
そして、決断の時。
星空みゆき「……ありがとう…。先に行くね……ッ」
青木れいか「任せてください」
ジョーカー「お気を付けて」
れいかとジョーカーを残し、ニカスターの背後に続く廊下の先に向けて走り始める。
ニカスターの真横を素通りした時、意外にもニカスターはみゆきを止めようとしなかった。
星空みゆき「………ッ…」
ニカスター「ニィッフフ」
すれ違う瞬間、目が合った。
息を呑むみゆきに対して、ニカスターは不敵な笑みを残すのみ。
一切手を出すことなく、そのままジルドーレの部屋へとみゆきを向かわせるのだった。
青木れいか「…追わないのですか?」
ニカスター「…………」
ジョーカー「それとも、初めから止める気もなかったのですか…?」
ニカスターの意図が分からず、警戒を解くことなく質問する。
するとニカスターも、別に隠すことでもないため回答してくれた。
ニカスター「お母様とは、本気で戦いたくないのですよ」
青木れいか「…………」
ニカスター「立場こそ敵対していますが、これでもワタクシを作ってくれた方なのです。当然でしょう?」
これまでも、ニカスターはみゆきを手助けしたことが何度かある。
デッドエンド・バロンの一員である前に、みゆきは自分にとって生みの親も同然。
倒したり殺したりする戦闘行為は、出来れば避けたかったのがニカスターの本音なのだった。
ジョーカー「では、どうしてあなたはここにいるのですか?」
ニカスター「…………」
ジョーカー「母であるみゆきさんと敵対してでも、デッドエンド・バロンに加わっているあなたの願いとは……いったい何なのですか?」
この質問には、答えなかった。
その代わりに見せた回答は、れいかとジョーカーに対する明確な敵意。
みゆきには決して向けることがなかった、殺意を孕んだ本物の敵対心。
ニカスター「お母様も先に向かわれました…。もう我慢することは何もありません…ッ」
青木れいか「……!」
ニカスター「さぁ…、殺し合いましょう! 本来ワタクシたちがあるべき姿を、今こそ開放し合うのです…! ニィッフフフフフ!!」
みゆきたちと戦わなければならない立場。
しかし、戦いたくない感情と傷付けたくない本心。
何かしらの理由を言い訳に、回避したかった本音を告白したが、今のニカスターは戦意を表している。
理由など簡単だ。
みゆきではなく、れいかたちが相手ならば殺したって構わない。
やっと戦える相手を前にして、ニカスターは本気の敵意を持って襲いかかった。
剣を取り出し、思いっきり振りかぶるニカスター。
それを見たジョーカーが取った行動は、笛を取り出して奏でること。
ジョーカー「“ネズミも子供も踊りなさい”」
ニカスター「……!」
笛の音を聞いた生き物を自由自在に操る能力。
だが、その魔句詠唱の発動を察したニカスターは……。
何の迷いもなく、自らの耳を斬り飛ばした。