絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season

□最強の悪堕ち派遣者!
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 ジルドーレの部屋を目指して、大人数で廊下を駆け巡るニコたち。

 ふと、体の中に生じた小さな変化を感じ取る。

ニコ「…ッ!」

魔王「………」

桜野準一「……んん…? なんや、どないしたん…?」

 急に立ち止まった二人に、準一が疑問を投げかけた。

 ニコと魔王に、今まで湧き出ていなかった力が戻りつつある。

ニコ「これ……もしかして……」

魔王「……ニカスター……」

 ニカスターが死んだ。

 言葉を交わすまでもなく、二人はそう確信したのだった。

 と、その時。

 それほど遠くない場所から、派手な戦闘音が響き渡る。

緑川ひな「きゃッ!」

日野げんき「な、何やッ、今の音!?」

青木淳之介「……ここから遠くないみたいだったね…」

 不穏な空気が漂う。

 すぐ近くで、生き死にに関わる戦いが勃発しているのだ。

ヘイテン「……行くぞ」

 牛魔王ヘイテンを否定する者はいない。

 否、否定できる者はいない。

 先に進まなければ自体は進展せず、進むためには戦場に向かって走る他にないのだから。

魔王「警戒しろ。何が待ち受けているか分からん」

青木淳之介「…分かりました……」

緑川ひな「……怖い…」

 淳之介に背負われながら、ひなが本心を呟いた。

 今まで口にしていなかっただけ立派だろう。

桜野準一「…………」

 せめて、力がある自分が守ってやらなければ。

 先程まで襲いかかってきたアカンベェの軍勢だって、難なく退けることができたのだ。

 他のみんなも戦っている。

 もう、無力な自分は何処にもいないのだ。

 そう自分を奮い立たせながら、準一はニコたちと一緒に先を目指す。

 準一たちを待ち受ける光景が……。





 血塗れの姿で殴り飛ばされた、しずくの無残な敗北の瞬間だと知りもせずに。





桜野準一「………ぇ…?」

森山しずく「…ぅ……が、ぁ…ッ」

 顔も手足も真っ赤に染まり、準一の足元までゴロゴロと転がってきた誰か。

 それがしずくだと分かっていても、そうだと認めたくないほど痛々しい姿だった。

桜野準一「…し……ずく…?」

ニコ「ーーーッ!!?」

緑川ひな「きゃあああああ!!!!」

 準一以外の者たちは、その光景を受け入れて各々に反応する。

 息を呑む者、声を上げる者、後ずさる者、目を見開く者。

 思わず体が硬直してしまった面々を再起させたのは、しずくと共に戦っていた風の戦士。

緑川なお「みんなッ!! しっかりしてッ!!!!」

桜野準一「……ッ」

 気付けば、準一たちの周りに強烈な竜巻が巻き起こる。

 例えるならば、台風の目の中にいるようなもの。

 一時的な静けさが広がる中で、暴風の壁が周囲全体を取り囲んだ。

 そして、そんな暴風を難なく潜り抜けて現れたのは、片脚を失ったなおのボロボロな姿。

緑川ひな「…ッ! な、なお姉ちゃんッ!!」

緑川なお「……ッ、ひなッ!! ぁ、げんきくんと淳之介さんたちも…ッ」

桜野準一「……なお…、その脚…ッ」

 淳之介の背中を下りて、なおの傍に駆け寄ったひなも、その状況に気付いたらしく立ち止まった。

緑川なお「………マホローグとの戦いで…、失くしちゃった…」

ニコ「そんな…ッ」

緑川なお「でも、今はそれどころじゃないよッ。あたしがもう少し早く駆け付けてれば…、しずくちゃんだって…」

 準一に抱き上げられたしずくは、呼吸こそしているものの意識がハッキリしていない。

 なおもしずくほどではないが万全な体勢は整っていない。

 その証拠に周囲の暴風も崩れ始めており、いよいよマジカルエナジーの限界が見えてきていた。

緑川なお「一時撤退した方がいい…。今のあたしたちじゃ、さすがに…」

ヘイテン「オレが時間を稼ごう。誰が相手でも、ここにいる全員を逃がすくらいの時間は稼げる」

緑川なお「……? えーっと…」

 ヘイテンと始めて顔を合わせ、一応は味方らしい対応を取られたことに困惑する。

 補足として、ここは魔王が簡潔に紹介してくれた。

魔王「“西遊記”が出身の牛魔王、ヘイテンだ。ジルドーレの魔手に堕ちず、俺たちに協力してくれている」

緑川なお「……! さ、西遊記の牛魔王…ッ」

 なおの驚きは、有名人を前にしての反応ではない。

 この状況下で最も登場してはならないかもしれない者が姿を現したことに、更なる困惑を抱いてしまったのだ。

ヘイテン「…? どうした?」

緑川なお「いや、それが…ッ…」

 なおが事情を説明しようとした直後、風の効力が切れて暴風の壁が取り払われる。

 なおとしずくの二人を蹴散らし、最強の名に恥じない実力を行使した者の正体は……。

ヘイテン「ーーーッ!!?」

日野げんき「…あ……、もしかして…ッ」

 頭のリングに伸縮闘棒。

 誰もが知ってる猿の妖怪。

 そして……牛魔王と対立する存在にして、育ちの違う実の兄弟。

ヘイテン「…孫悟空……ッ、セイテン…!」

 退屈を表す欠伸をしていた当人は、名前を呼ばれて新たな対戦相手を眺める。

 ヘイテンたちの顔を確認すると、孫悟空“セイテン”は無邪気な笑顔をニカッと輝かせてみせた。



セイテン「おぅおぅおぅ! やぁっと骨のあるヤツが来たな! 俺と戦う気か? 牛魔王ッ」



 まだ以前の面影が残っていた。

 しかし、だからこそヘイテンは憤慨する。

ヘイテン「ちょっと前にも言ったばっかりだ……。物語の主人公どもが悪堕ちしてちゃ、悪役の俺らはどうすりゃいいんだ……ッ」

 なおたちを下がらせて、自分一人が前に出る。

 悪役の孫悟空を討ち倒すならば、牛魔王とて主人公になろう。

 今この時、この瞬間だけ、ヘイテンは誰かを守るためにヒーローになってみせる。

ヘイテン「物語の続きが待ってんだ! 一度は俺に討ち沈められてッ、また何度でも挑みに来やがれッ!! 斉天大聖ッ、孫悟空ッ!!」

 猪突猛進の言葉を背負い、逞しい体を揺らしてセイテンに挑む。

 興奮し切っていたヘイテンは、この時のなおの言葉が聞こえていなかったのかもしれない。

緑川なお「ダメだよッ、牛魔王!! 戻ってぇッ!!」

 そして、忘れていたのかもしれない。

 ジルドーレによって悪堕ちしてしまった者の戦闘能力は、以前に持ち合わせていたものとは比べ物にならないほど格段に上がっていることを。

セイテン「おっせぇッ」

ヘイテン「ーーーッ!!?」

 目の前からセイテンが消えた。

 否、速すぎて目で追えなかったのだ。

ヘイテン「(何だッ、今の動き! こんな力、以前のあいつにはなかったはずだが……ッ)」

桜野準一「何してんねんッ、牛魔王!」

日野げんき「下やッ下! 早ぉ逃げぇ!!」

 指摘され、視線を下に向けた瞬間だった。



 瞬発的に伸縮した如意棒が、ヘイテンの体に勢いよく突き刺さる。

 槍でもないのに鋭利に貫き、まるで弾丸のように風穴を開けて引き抜かれた。



ヘイテン「………あ…?」

 しばらく、自分が刺されたことにも気付けなかった。

 ポッカリ空いた体の穴から血が流れ始めると共に激痛が走り、足は膝から崩れ落ちていく。

セイテン「なぁ、忘れたのか?」

ヘイテン「………ッ…!?」

セイテン「“牛魔王は孫悟空に勝てねぇ”んだよ? な?」

 ドダァンッ!! と、大きな体を無防備に横たえるヘイテン。

 勇ましかった姿は完全に消失し、残された者たちは緊張から固唾を飲む他になかった。

セイテン「えーっと? いち、にい、さん、しい……七人もいんのかぁ……。ちょっと面倒だな」

 なおたちの頭数を数えながら、セイテンは如意棒を片手に頭をガシガシを掻き毟った。

 と同時に、わざと髪の毛を何本か適当にブチブチと引き抜く。

セイテン「ま、何人でもいいか! こっちの手数は“山ほど”あるしな♪」

日野げんき「…ど、どういうことや…?」

 毟り取った髪の毛を構え、フゥッ! と一気に息で吹き飛ばす。

 すると、引き抜いた髪の毛の本数分だけ、セイテンの分身体がボンボンボンッと姿を現した。

緑川なお「……!」

青木淳之介「…なんてことだ…ッ…」

緑川ひな「お猿さん、いっぱい…ッ」
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