絵本の世界と魔法の宝玉! First Season

□交差する感情
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 バレーコートの傍らから、みゆきの声援が聞こえてくる。

星空みゆき「日野さんッ、ファイトー!」

 あかねは知る由もないが、みゆきの背後に立つ木の上に止まったフランドールとバットパットも、同じ気持ちで部活を見守る。

 ところが……。

日野あかね「……ッ」

 今日の体育で見せた光景など引っ繰り返してしまうくらいに、あかねの調子は絶不調だった。

 ガードに失敗し、ボールを取り逃し、更には打ち込んだものさえガードされた。

星空みゆき「あれ……?」

フランドール「もしかして彼女、応援があると緊張しちゃうタイプかしら?」

バットパット「いいえ。これが本場の環境なのでしょう。お昼に見た姿は、所詮クラスメイト同士で行った授業の光景です」

 これが、バレーを行う今のあかねの本当の姿。

 エースアタッカー候補などと呼ばれているが、その座を狙っているのはあかねだけではない。

 奪い合いの努力が交差していく結果、各々が自身を高め合い、体育の授業などとはレベルの違うバレーという戦場に立たされているのだ。

 つまり、あかねが絶不調なのではない。

 これが、今のあかねの実力の結果だった。

 クラスメイトと一緒に授業で行う程度のバレーとは、天と地ほどにもレベルが異なる。

星空みゆき「日野さん……」

 決して、あかねが実力不足などではない。

 そんなあかねに負けないように、他の部員たちの実力も相応に高いというだけだ。

 その状況かで、みゆきの傍らに座っていた他の応援者の会話が自然と聞こえてきた。

応援女子A「今のエースって、日野さん?」

応援女子B「う〜ん、どうだろう…。あたしは、ゆかがエースだと思うなぁ…」

 名を挙げていたのは、あかねと同じエースアタッカー候補の一人として認識されている二年生、名倉ゆか。

 ゆかの調子は、今の状況に苦戦しているあかねとは異なり、好調のような印象を受けた。

 もちろん、ゆかだって努力した末に勝ち取っている今の座を奪われまいと、その顔には一生懸命の字が書かれてるが如く険しい。

星空みゆき「…………」

 みゆきは、あかねを見た。

 あかねは、悔しそうだった。







 やがて部活動は終わり、まずは応援者たちが個々に散っていく。

 どうやら最後は部員同士のミーティングがあるらしいので、ここでみゆきとあかねはお別れだ。

日野あかね「今日は、来てくれてありがとな。せやけど、あんましいいとこ見せられんで、恥ずかしいわ」

星空みゆき「ううん、そんなことないよ。部活、頑張ってね」

日野あかね「……おおきに。ほな、ウチ行くわ」

星空みゆき「うん…、また明日…」

 部活の最後のミーティングに向かっていく背中は、やはり悔しげだった。

 ようやく周囲の目が散漫になったところで、フランドールとバットパットがみゆきの肩に飛び乗ってきた。

フランドール「なかなか厳しそうね」

バットパット「部長、リーダー、そしてエースアタッカー。どんなものであれ、頂点に近しき座を求めるには、それ相応の努力は必要不可欠。きっと彼女も、それを承知で頑張っているのですよ」

星空みゆき「……うん」

 体育のバレー授業で、あかねの活き活きとした活躍が思い出される。

 でも所詮あれはクラスメイト同士でやる程度のバレーで見せた姿。

 バレー部のコートの上では、そう上手くはいかない現実が立ちはだかっていた。

フランドール「さぁ、わたしたちも帰りましょう。宝玉が現れたら、すぐに動かなくちゃいけないわけだし」

バットパット「わたくしたちも、もうすぐウルフルンと合流しなくては。フロイライン、下校をお願いいたします」

 二人に促されるまま、みゆきは静かに校門を抜けていく。

 このまま口数も少なく帰路に着くかと思われた、その時だった。

フランドール「……え?」

バットパット「おや…?」

星空みゆき「………?」

 不意に、両肩の二匹が声を上げた。

 みゆきが顔を上げて周囲を見てみると、見覚えのある長身の男性が住宅街を歩いていることに気付いたのだった。

星空みゆき「あれって……もしかして、魔王?」

フランドール「…見間違いじゃないなら、わたしにもそう見えるわ」

バットパット「ですが…何故、魔王が人間界に……」

 あまりに予想外の事態と遭遇したせいか、三人は声をかけるのも忘れて呆然とする。

 すると、先に向こうからみゆきたちに気付いたらしく、振り向いてからすぐに駆け寄ってきた。

 その背後に、ゴシックロリータドレスを着た少女を連れて。

魔王「みゆき。まさか、こんなに早く会えるとはな」

星空みゆき「ど、どうしたの? わたしに何か用事……?」

魔王「いや、大きな用件はない。だが……一応、伝えておこうと思ってな」



魔王「オレも、人間界で宝玉を探し始めることにしたのだ」



 何気なく言っているようだが、これはかなり重大なことである。

 仮にも魔王は、絵本の世界を統括している支配者であり、本来ならば王として絵本の世界に君臨していなければならない。

 にもかかわらず、例え自分たちの世界のためと言えども、魔王自らが人間界に出向くなどあってはならないのだった。

 これでは、せっかく選抜した九人の住人たちの存在意義が霞んでしまう。

バットパット「ま、魔王様! それは一体どういう風の吹き回しでございますか!?」

魔王「いや、オレにとっても承諾できない事態であることは分かっている。だが、なぁ……」

 そこで、魔王はチラリと自分の背後に視線を向けた。

 魔王の背後に立っていたニコは、今でも不機嫌な顔色のままこの場の全員を睨みつけていた。

ニコ「わたし一人でもいい、って散々言ったわよね?」

魔王「そういうわけにもいかん。仮にもオマエはオレの側近なんだぞ、ニコ」

 絵本の世界に行った際に見かけなかった少女を見て、みゆきはフランドールたちに訊ねた。

星空みゆき「ねぇ、あの子って……」

フランドール「魔王の側近。っていうか、魔王と一緒に絵本の世界を守ってきた存在、って言った方が正解ね」

バットパット「まさか、ニコ様まで来ていたとは……。今の絵本の世界は、王が不在ということなのですよ?」

魔王「分かっている。だが、ニコが宝玉探しに行くと言って聞かんので……仕方なくオレも同行したのだ」

フランドール「相変わらず過保護なのね」

魔王「放っておけ」
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