殺戮の天使 Revive Return

□翼の折れた天使
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 あのビルの崩壊前、ザックとレイが脱出を果たした後。

 内部からの爆発によってビルは完全に崩壊した。

 駆けつけた警察が念入りな捜査を実行した結果、一人の男性が遺体となって発見される。

 そのニュースを知った時、グレイは少しだけ微笑んだことを覚えている。

グレイ「(おそらく、ダニーだろう。見つけてもらえただけ、まだマシだったか)」

 グレイ自身、あの崩壊に巻き込まれていた。

 死を覚悟していたが、奇跡的にグレイは生き残る。

 それも警察に見つけ出されて保護されるのではなく、自らの手で脱出して身を隠せる力を出せる程度の傷を負って。

グレイ「(もしも神がいるのなら…、まだ死ぬべき時ではないということなのか…)」

 怪我の手当てに公の病院は使えない。

 しかし、グレイには行きつけの診療所があった。

 グレイを含めた“そういう事情”を抱えた者だけが通っている、闇の深い病院だが、腕は確かだ。

グレイ「さて、ひどく暴れ回っているようだな…。神父として救いの手を差し伸べるべきか、否か…」

 ザックとレイに関することは、既に知り合いの情報屋を通じて入手していた。

 ザックに死刑判決が下った後、脱獄を果たしてレイの保護施設を襲撃。

 その後、レイを引き連れて逃亡し……レイを“約束通り”殺害した。

グレイ「(ここ数日の“通り魔事件”が多発するようになったのは、ちょうどその後か……)」

 ザックはレイを捜している。

 自分が殺した現実を忘れないまま、後悔の念に負けて自我が崩壊を始めているのかもしれない。

グレイ「…………」

 この件に関しては、グレイも思い悩んでいた。

 実を言えば、ザックの心を救う手立てを持っている。

 その代わり、それを実行した後に降りかかる不幸は計り知れず、今以上にザックを不幸にしてしまう可能性が極めて高かったからだ。

グレイ「世の理に反すれば、人は天より罰を授かる……。神に近付きバベルを築き、その身を滅ぼす道理も同じ……。だが…」

 どちらが幸せなのだろうか。

 今のままザックを放っておくべきか、心だけでも救いを与えるか。

 その果てに待つ地獄の日常を送って、まだあの頃がマシだったと、更なる後悔に悩むのではないか。

グレイ「…………」

 などと考えてはいたが、グレイの気持ちは決まっていた。

 どんな道であろうとも、歩むべきものを決めて進むのはザック本人だ。

 自分は一つの導になれればそれでいい。

グレイ「巻き込ませた身だ。最後の尻拭いくらい、責任を持って全うしよう」

 翼が折れて苦しみ続ける哀れな天使を迎えに行こう。

 グレイは、情報屋が教えてくれたデータを持って歩き出す。







 絶望に歪む顔を殺しても、面白くなかった。

 幸福を感じて喜ぶ顔を殺すのが、最高に楽しかった。

 私を殺して、と願った少女の顔は……つまらなかった。

 ひどいもので、感情の欠片も見えない顔を前にして、殺意など少しも沸かなかったのだ。

 どうせなら笑ってほしい。

 笑った顔を殺したい。

 笑ってくれたら殺してやる。

 笑ってくれたら……、笑って……くれ…た、から………。

ザック「…………」

 隠れ家に、誰かが入ってきた。

 足音が聞こえる。

 少しずつ近付いてくる。

ザック「…………」

 警察でも誰でも、もう関係ない。

 一般人なら通報するだろう。

 捕まえるなら捕まえてくれ。

 殺してしまったレイなど、捜しても意味がない。

 もう何処にもいない。

 絶望の顔も、幸せな顔も、もうどうでもいい。



 今は誰よりも……自分自身を殺したい。



ザック「…………」

 膝を抱えて顔を伏せるザックの目の前に、隠れ家に入り込んだ誰かが立った。

ザック「……?」

 目の前に立ったまま、一言も発しない。

 ただ黙ったまま、ずっとこちらを見下ろしている。

 好奇心旺盛な子供でも迷い込んだのかと思って顔を上げてみると……。



グレイ「久しぶりだな、ザック」

ザック「ーーーッ!?」



 懐かしい神父がそこにいた。

ザック「てめッ!! な、ああ!?」

グレイ「なんだ、思っていたより元気そうだな」

ザック「何でてめぇがここにいんだ!? つーか何で生きてんだッ、おいッ!!」

グレイ「健康を害する場所だな、ここは。もう少し清潔にしなさい。病気を患うぞ」

ザック「ぅるっせー!! 質問に答えろッ、クソ神父!!」

グレイ「あぁ答えてやるとも。だから落ち着きなさい。どうだね? まずは一緒に食事でも」

ザック「はぁああ!? この期に及んで何を言って」

 ぐぅーッ、と腹の虫が悲鳴を上げる。

 音を聞いてしまった瞬間、今の今まで忘れていられた空腹感が一気に押し寄せてきた。

ザック「……ッ」

グレイ「ふふ。少し歩くが、ホットドッグの屋台を見かけた。近くに噴水の広場もある。どうかね?」







 いつぶりの飯かも分からない。

 注文したホットドッグを受け取って間もなく、ザックは無我夢中で齧り付いていた。

ザック「あむッ、がッ、ぐ、ぶぶッ、ぐふぅ!!」

グレイ「がっつくと喉に詰まらせるぞ」

ザック「ーーーッ!! んんんんんんんんッ!!!!」

グレイ「……言った傍から…、やれやれ…」

 水を用意してやろうと腰を上げた直後、ザックは近場の噴水に頭から飛び込んだ。

 立ち上がる水飛沫に子供たちは大喜びしていたが、その子たちの母親は悪い大人の見本を見せつけられたことに嫌な顔を作り、子供を連れて遠ざかっていく。

 不審者を見るような視線を向けられたものの、都合よく周りから人の気が散っていった。

グレイ「人祓いが上手いじゃないか。これで心置きなく話せるというものだ」

ザック「ゲホゲホゴホッ。あーッ、死ぬかと思った!」

グレイ「慌てて食べるからだ。どれ、私の分も食べるかね? 遠慮はいらんぞ」

ザック「……おー」

 水を浴びて頭が冷えたのか、それとも同じ苦しみを味わう気はないのか。

 学習したザックは、二つ目のホットドッグを大人しく食べ始める。

 噴水の淵に腰掛けた二人は、ここでようやく本題に入る。

グレイ「私は奇跡的に生き残った。ただそれだけだ」

ザック「あの崩壊に遭ってか? てめぇもイカれてやがるな」

グレイ「どうやら死期には早いようだ。神がいるのなら、まだやるべきことが残っているのだろう」

ザック「チッ。神なんざいるわけねぇだろ。くだらねぇ」

グレイ「だが加護はあったのだ。私も、そしてザックにも。だからこうして再会を果たしている。そうは思わんか?」

ザック「…………」

 もしも、本当に神の加護があるのなら。

 この場所には“もう一人”いても、おかしくなかったはずだろう。

 いつだってザックの隣りにいてくれた、あの少女がいたって……何も不思議じゃなかったはずだ。

ザック「…………」

グレイ「己の犯した過ちに、初めて後悔を感じているな、ザック」

ザック「あ?」

グレイ「難しく、回りくどい話は嫌いだったか。では、単刀直入に述べよう」





グレイ「“レイチェル・ガードナーに再び会える”と聞いたら……お前はどうする?」
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