殺戮の天使 Revive Return
□翼の折れた天使
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死角。
それは障害物などに邪魔をされ、ある角度からはどうしても見ることができない範囲を指す言葉。
視界が前方に定められている人間は当然だが、自身の後方にも視界を広げている馬などの動物であっても、死角は存在する。
故に、馬は自分の真後ろに存在する“見えないモノ”を感じ取った際、反射的に蹴り飛ばしてしまう習性を持つという。
グレイ「そして死角とは、私たちのような犯罪者に適した生活空間とも言える」
説明するような口調で建物と建物の間を行き来する。
もう何十回と曲がり角を曲がり続けたが、目的地までの長い道のりは見失っていない。
誰にも見つからない非合法の無法地帯。
警察の目も届かぬ闇の底こそが、光ある表の世界を歩けなくなった犯罪者たちの“楽園”なのだ。
グレイ「私も、今はその場所に身を潜めて生活している」
そう解説しながら、グレイは路地裏の果てに到達したブルーシートの前で立ち止まる。
後ろを振り返れば、ザックが黙って続いてきていた。
グレイ「レイチェル・ガードナーを取り戻す気があるのなら、お前もここで暮らすべきだ。ザック」
ザック「いいから連れて行け。そのシートの先なんだろ?」
グレイ「ふん。そう焦るな」
工事現場などで見かける、何処にでもあるブルーシート。
それを一枚だけ捲った先には、妙に薄暗い空間が一直線に続いていた。
建物の中ではない。
空からも誰にも見られないように、太陽の光さえ届かないようシートが被せられているのだ。
グレイ「これで完全な死角になっている。ここから先は無法地帯だ。自分の身は自分で守るがいい」
ザック「……言われなくたってそのつもりだっつーの」
薄暗い空間を進んでいく。
今が昼間だということを忘れてしまいそうなほど暗かったが、それでも足元は見えているし、薄らとだが目も慣れてくる。
これが夜だった完全な暗闇と化してしまうことだろう。
グレイ「さぁ、着いたぞ。この扉の先こそが犯罪者の町」
ザック「……ッ」
一直線に続いた薄暗闇の空間の最奥に待ち構えていたのは、一枚の大扉。
それを開け放った直後、この暗がりに眩い光が満ち溢れていく。
あまりの眩しさに瞼をギュッと閉じたザックが、次に目を開けた時……。
ザック「ーーーッ!!?」
目の前には、何処にでもあるような。
見た目だけならば“極普通の田舎町の商店街”が広がっていた。
ザック「なん、だ…こりゃ…ッ…!?」
グレイ「この場所に“法”はない。見た目こそ平和だが、誰も彼もが表世界では生きられない事情を抱えて生活している、弱肉強食の都だ」
右を見てみれば、魚や肉や野菜を売っている爺さん婆さん。
左を見れば、携帯ゲームで遊んでいる高校生くらいの若者集団や走り回っている幼い子供たち。
また目を巡らせてみれば、デート中と思われる若いカップルがクレープを食べながら談笑している。
ザック「法がない? 無法地帯? 何言ってやがんだ……こんなモン、平和そのものじゃねぇか」
そう言った手前だが、ザックの考えは一瞬で覆ることになる。
キィイイイッ!! という急ブレーキの音が聞こえたと思った直後、派手な音を立てて軽トラックが横転した。
積荷の果物が散乱し、あちこちに転がっていく。
ザック「おいおい、何やってんだ…」
グレイ「不運だったな。もう助からないぞ」
ザック「あ…?」
そのあとは、見るも無残だった。
さっきまでゲームで遊んでいた子供たちは一斉に果物に飛びついていく。
軽トラックの運転席から這い出てきた血まみれの男性の体を思いっきり踏みつけながら、自分の目的を果たすことで頭がいっぱいなのだろう。
それだけなら、まだマシな方だ。
デート中だった若者の彼氏の方が、遊びで使うお金を使い果たしたらしく、横たわっている軽トラックの運転手の私物を平然と漁り始める。
ザック「…………」
グレイ「…………」
それを阻止しようと必死に掴みかかる運転手の男性だったが、事故で負った傷が深かったのか、その腕の力は弱々しい。
すると……。
バァンッ!! と銃声が一発。
カップルの彼女の方が、スカートから取り出した拳銃を構えて、その運転手の脳天を撃ち抜いたのだった。
ザック「…………」
グレイ「ここに法はない。それは実感したか、ザック。この町のルールは“弱肉強食”だ。いつ誰に殺されてもいい覚悟で生活することだな」
ザック「……通報されることはねぇのかよ…? 警察連中が押し寄せてくることは…?」
グレイ「ない」
即答だった。
グレイ「通報すれば、ここで生活している者たち全員が刑務所に連行される。この町にマトモな者は誰一人として存在しないのだ」
ザック「……はは…、なるほどな…」
久しぶりに自然な笑いが溢れた気がする。
住みやすい世界を見つけた。
ここでなら、ザックの人生がやり直せそうだ。
それも……失った者を取り戻す、最高のコンディションも付属する形で。
ザック「それで? さっきの話はどうするつもりだ?」
グレイ「む?」
ザック「てめぇの言うことに従ってやるって言ってんだ。ここまで連れ込んどいて、肝心な話は白紙に戻すつもりじゃねぇだろぉな?」
ザック「俺が殺したレイと、もう一度会うことができる、ってのは……マジなのか?」
先程までの笑いが消える。
その代わりに、ザックらしくもない真剣な声と表情が、その心境を物語っていた。
グレイ「……先にも述べたが、あくまでも“可能性”の話だ。それでも、まだ聞く気があるのか?」
ザック「教えろ」
グレイ「何故だ」
グレイは迷っている。
世の理に反すれば天罰が下る。
死んだ人間と再会する、ということは世の理に反する行為なのだ。
生死の垣根を越えて、生者のザックと死者のレイが謁見するようなことがあれば、必ず強大な不幸が襲い来る。
それを考えれば、まだ引き返せる。
ザックにマシな生活場所を提供してやるために、グレイはここまで連れてきた。
もう目的は果たした。
レイを諦めてくれれば、命を狙われる緊張感に包まれているものの、それは誰もが同じ悩みを抱えるこの場所だ。
ここで静かに生活してくれればそれでいい。
まだ諦めてもらえる。
そう思っていたグレイだが……。
ザック「俺が会いてぇんだ」
グレイ「…………」
ザック「レイに会いてぇ。もう一度、くだらねぇことでもいいから話がしてぇ」
心の声を……本音を聞けたような気がした。
レイを失ったことで、狂い、廃人のような生活を送っていたザックの目に、再び光が宿った気がした。
ザック「ここまで連れてきて教えねぇつもりなら、もうそれでもいい。生活場所は見つかったんだ。それに免じて半殺しで勘弁してやる」
わざわざ隠れ家に戻ってまで持ってきた鎌を構え、その刃をグレイに向ける。
ザック「この町にヒントが隠れてんだろ? なら自力で見つけてやるさ。レイを取り戻す方法と、その可能性ってやつをよぉ」
グレイ「……ふん。レイチェル・ガードナーの手を借りねば謎解きも出来なかった男が、よくぞそこまで言えたものだ」
ザック「うるせぇ。喧嘩売ってんならやっぱ殺すぞ」
そう言いながらも鎌は下げてくれた。
ここまで言われては、グレイとて引き下がるわけにはいかない。
最後までトコトン付き合っていくことを、今、グレイは決心した。
グレイ「ようこそ、秘境“闇市(ヤミイチ)”へ。アイザック・フォスター、ここがお前の新しい世界だ」
ザック「……はは、ヒャハハハ!! 悪くねぇ場所だッ。さぁて…まずは何処に連れてってくれんだ…神父様ぁ?」