殺戮の天使 Revive Return

□子猫のように笑え
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 言うまでもないが、闇市に個人情報の保護義務などはない。

 情報など勝手に漏れ出ていくもので、それらの中から深いもののみを探り、集め、売り物として他人に提供するのが情報屋の仕事。

 情報屋に個人情報を売られたことで命を狙われたり、死ぬことはなくとも不幸な思いをする者は珍しくない。

 そういった被害に遭った者たちが矛先を向けるのは、その情報を提供した情報者になる。

 が、それを突き止めるために被害者が当てにしているのも、また別の情報屋なのだから皮肉なものである。

ザック「忙しねぇ仕事だな。自分の身も守れねぇなら情報屋なんざ辞めちまえっての」

グレイ「だが稼ぎになる。どう足掻いても、生活するには金が必要だ。無法地帯なこの町であっても、それは変わらない」

ザック「チッ、めんどくせぇ…。生半可な覚悟で危ねぇ仕事してる連中の売りモンなんざ信用できるか」

グレイ「ならばどうする。ここで諦めるか?」

ザック「それこそバカかよ」

 この町で情報屋をしている住人は数え切れない。

 情報を買うのも自己責任だ。

 それを買ったことでどんな目に遭うか、全てが全て信用できない。

 信用に値するものが欲しいのなら、売り手の条件は一つに絞られる。

ザック「他の弱小連中に当たるまでもねぇ。腕利きの情報屋ってのがいるんだろ? 信憑性の高ぇ情報だけを扱ってる、いの一番の情報屋ってのが」

グレイ「随分とハードルを上げてくれたな。その分だけ売り物の値も跳ね上がるのだぞ?」

ザック「関係ねぇよ! 必要なのは“確かな情報”だ。半端なモンを買わさりゃ、俺は何するか分かんねぇぞ、おい」

 怒りに任せて大量虐殺でもするつもりだろうか。

 そうなったところで騒ぎになるかどうかも分からない町だが、グレイとしても面倒事は避けたい。

グレイ「いいだろう」

 この闇市で、最も評判の良い情報屋。

 売値は高いだろうが、その信憑性は確かなものばかり。

 しかし……問題が一つ。

グレイ「ザック」

ザック「あ?」

グレイ「売り手を見ても、拍子抜けするなよ」

ザック「………は…?」







 闇市の商店街。

 魚介類を扱う老舗の二階に続く階段を上がり、古ぼけたアパートのような何の変哲もない玄関をノックした。

?????『……ふぁ〜い?』

 寝起きのような声で対応される。

 玄関の扉が開くと、そこには齢九歳の少女が眠い目を擦りながら立っていた。

ザック「……あ?」

少女「どちら様ですかぁ?」

グレイ「客だ。情報を売ってほしい」

ザック「待て待て待て待て、おいッ」

 あまりにも予想外な光景に拍子抜けするどころか慌て始めるザック。

 この流れから察するに、目の前に立っている少女が情報屋だと紹介されんばかりの勢いだ。

グレイ「どうした?」

ザック「どうした、じゃねぇよ!! まさかと思うが、このガキが腕利きの情報屋だとか抜かすつもりか!?」

グレイ「そのつもりだ」

ザック「………ッ…」

 グレイは“だから言ったのに”と目で訴える。

 目の前に立つ少女が、この闇市で最も評判な情報屋だと確定したところで、ザックは改めてその容姿を伺う。

 年齢は九歳、つまり完全な子供。

 それも少女、つまりは女の子だ。

 寝起きで癖だらけに乱れた髪は紅色の短髪で、何故か知らないが猫耳付きの帽子を被っている。

 ヨダレが垂れている口の端には、特徴的な八重歯が除き、ポヤポヤした寝ぼけ眼でザックを見上げていた。

 つまり背も低く、あからさまに子供っぽい。

 何よりも冗談に感じたのは、その服装。

 白と水色のストライプのキャミソールが一着のみ。

 ちなみに下は、同色のパンツを履いてるだけだ。

グレイ「寝起きだからだろうな。パジャマはないのかね?」

少女「このまま寝ちゃった」

ザック「…何か着ろよ、頭痛ぇ…」







 部屋に上げてもらい、少女の身支度を待つ事にする。

 時間にして数分後。

 顔を洗って歯を磨き、髪を整えて着替えを済ませた少女が今、再臨する。

少女「お待たせしましたぁ! いらっしゃいませぇ、お客様ぁ♪」

グレイ「うむ、いつものテンションだ」

ザック「はしゃぐんじゃねぇよ、鬱陶しい」

 先ほどまでのキャミソール&パンツの上から、繋ぎのオーバーオールを着ただけ。

 それでも、寝起き時の調子とは真逆のハイテンションで登場した少女こそ、これが本来の姿。

 闇市で最も評判の良い情報屋。

 通称、チェシャ猫。

チェシャ猫「そんで? どんな情報をお求めかにゃ?」

ザック「にゃ…?」

グレイ「単刀直入に訊こう。死者と再び会える方法はあるかね?」

チェシャ猫「ほ〜ほ〜、こりゃまたぶっ飛んだ依頼だにゃー」

 両腕を広げてクルクル回りながら、ザックとグレイに笑顔を振りまく。

 ザック曰く“腹立たしい”猫口調を、グレイは涼しげな顔で聞き流していた。

グレイ「どうだね?」

チェシャ猫「んっとねぇ〜……ないことも、ない!」

ザック「……! おい、ホントか!?」

チェシャ猫「でもあたしの売る情報は高いよぉ〜? あんたじゃ一割も払えないんじゃにゃ〜い?」

ザック「あぁ!?」

グレイ「ちなみにいくらだね?」

 額に青筋を浮かべるザックに構わず、グレイは情報の売値を訊く。

 チェシャ猫の少女が提示した金額は、実に……。

チェシャ猫「5000万キラン♪ このくらいは欲しいにゃー」

ザック「はぁ…? 何だ、その“キラン”ってのは…」

グレイ「この町の独自通貨だ。闇市では、この“キラン”という通貨で全ての買い物が通用している」

 だが、問題なのは通貨単位ではない。

 その前に提示した“5000万”の価値の方だ。

ザック「高ぇのか? 安ぃのか?」

グレイ「そこそこの値段だ。ちなみに、私の持ち手では完全に足りない」

チェシャ猫「にゃっはは〜ん♪ それ相応のお値段だよんッ。それだけ貴重なんだから、頑張って稼いできてね? お兄ちゃん♪」

ザック「誰が“お兄ちゃん”だッ、鬱陶しい!! つーか、稼いでこいだと!? どうすりゃいいんだよッ」

グレイ「ふむ、この町にもアルバイトなどの普通の職種もあるが……。チェシャ猫よ、ここに手配書のリストはあるかね?」

チェシャ猫「もちろん♪ 待っててね〜ん」

 パタパタと部屋の奥に向かうチェシャ猫。

 ものの数秒で顔を出し、何やら分厚いファイルをグレイに差し出した。

ザック「何だそりゃ」

グレイ「この町に住んでいる犯罪者の名簿と、その首に掛けられた懸賞金だ。主に賞金稼ぎを生業にしている者の愛用リストだな」

ザック「懸賞金だぁ?」

 今更だが、この町には“光ある表世界”でも指名手配されている犯罪者がいる。

 彼らを含め、この町ではその首に懸賞金を掛けられた犯罪者が数多く存在するのだ。

 むしろ住人の九割が懸賞金リストに乗っている手配者と言っても過言ではない。

グレイ「高値で手配されている者を殺し、その懸賞金を貯めてはどうだ? お前なら、まともに働くよりも殺して回る方が有利だろう」

ザック「……まぁな…。あん…? お前も手配されてんじゃねぇか」

 字が読めないザックでも、手配者リストに載っている顔写真と懸賞金の数字くらいは読める。

 グレイの顔写真が掲載されたページの下には“20万キラン”と書かれていた。

ザック「…………」

グレイ「事の大きさを理解したか、ザック」

 求める情報の売値は5000万キラン。

 ちなみに、一般的な犯罪者たちの平均的な懸賞金は100万キラン前後らしい。
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