殺戮の天使 Revive Return

□子猫のように笑え
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 闇市で暮らす者たちの首に掛けられた懸賞金。

 独自通貨の“キラン”を稼ぐため、主に賞金稼ぎを仕事にしている者たちの獲物として扱われる。

 が、もちろん懸賞金の支給は賞金稼ぎ以外でも可能だ。

 つまり、ザックが懸賞金額の高い犯罪者を殺せば、その賞金はザックのものになる。

ザック「平均が100万で、お前が20万だろ? だっせぇなぁ」

グレイ「足しにもならんだろうな。だが、お前ほどの腕ならば私ほどの犯罪者など容易いだろ。もう少し大物を狙ってみたらどうだ?」

ザック「…………」

 そう言われても先は長く感じた。

 何しろ、一般的な犯罪者の平均が100万キランなのだ。

 レイと会える“かも”しれない方法に近付く情報料が5000万キランということは、単純計算で五十人は殺さなければならない。

グレイ「時間はかかるだろうが、今までに殺してきた人数を考えれば、五十人程度は苦でもあるまい」

ザック「他人事だと思いやがって……」

チェシャ猫「…へぇ〜! お兄ちゃん、そんなに殺してきたんだ? 凄いね♪」

ザック「バカにしてんのか、猫女。その言い方ムカつくんだよッ」

チェシャ猫「にしし♪ ならあたしと勝負してみるぅ?」

ザック「あ?」

 唐突な申し出だった。

 その意図が分からず警戒の色を見せるザックだったが、対するチェシャ猫は笑顔満開である。

チェシャ猫「あたしと追いかけっこしよっか♪ 殺す気で攻めてよッ。あたしは全力で逃げるから!」

ザック「はあ?」

チェシャ猫「今日中にあたしを捕まえられたら〜…今回の情報料、ちょっぴりオマケしてあげる♪」

ザック「てめぇと追いかけっこしてる暇なんざねぇっての………って…あぁん?」

 鎌を担ぎ直して獲物を探しに行こうとしたザックだが、その手は空振りに終わった。

 今さっきまで持っていたはずの鎌がない。

 何処かに置いただろうかと手元の周辺を見回したが、見当たらない。

チェシャ猫「ふ〜ん♪」

ザック「…………」

 感心したようなチェシャ猫の声。

 視線を向ければ、ザックの鎌を片手でヒョイヒョイと振り回している。

 レイにも持たせたことがあるが、あの鎌はそれなりに重いはずだ。

 それを、まるでサーカスのジャグリングのように軽々と扱っている光景を異様に思う。

チェシャ猫「最近も何人か殺してるんだね? 刃んとこに血の臭いがするよん♪」

グレイ「あぁ、まだ闇市に来る前のことだ。ザックは表の世界で無差別な殺戮を繰り返していたぞ」

チェシャ猫「にゃんと!」

グレイ「情報屋を名乗る以上、ここ最近の表世界の情勢も知っているだろう? あの事件の犯人は、ここにいるアイザック・フォスターだ」

 頻発していた通り魔事件の犯人。

 それがザックだと知った瞬間、チェシャ猫の表情に変化が生まれる。

 瞳孔が開き、頬が朱に染まり、口の端からヨダレが少しだけ流れる。

ザック「鎌を返せ」

チェシャ猫「……にゅふふ♪」

 不敵な笑みを浮かべて鎌を投げ返す。

 その動作に舌打ちしつつ、ザックも鎌を取り落とさずにキャッチした。

チェシャ猫「それじゃあ出血大サービス! あたしを捕まえられたら…今回の情報ッ、大幅に値下げしてあげる!」

ザック「お?」

チェシャ猫「殺す気で掛かってきていいよ? あたしだって捕まらないつもりだし、本気じゃないと面白くないからねぇ〜」

ザック「……はは、いい度胸してんじゃねぇか…ッ。てめぇ…、さっきから俺がイライラしてんのに、気付かねぇほど馬鹿でもねぇんだろ?」

 返してもらった鎌を構え直し、何故か生き生きとしているチェシャ猫を睨みつける。

ザック「殺す気で来い、っつったよなぁ? 悪りぃが手加減しねぇぞ」

チェシャ猫「にゃはは! それはお互い様だにゃん♪」

ザック「ほざけぇッ!!」

 鎌を振るい、チェシャ猫に襲いかかる。

 それをバック転で避けたチェシャ猫は、そのままクルクルと回転しながら部屋の外へと消えていった。

ザック「待ちやがれッ!!」

 それを追いかけていくザック。

 慌ただしい二人が消えた室内は静まり返り、グレイだけが残される。

グレイ「やれやれ。笑顔を見せたチェシャ猫に翻弄されるとは……」

 手配者リストを捲っていく。

 とあるページで手を止めたグレイは、ザックの勝敗を願うことにした。



 情報屋、チェシャ猫。

 懸賞金、5000万キラン。



グレイ「負けるなよ、ザック。お前が負ければ、そこでゲームオーバーだ」

 外が騒がしくなる。

 猫の笑い声と怒りの雄叫び。

 交差の果てに待ち受ける決着は、グレイが祈った神のみぞ知る未来なり。







 チェシャ猫に本名はない。

 出生の届出がない無戸籍児で、きっと生まれた時から独りきりだった。

 そんな彼女の人生は“盗み”で彩られていく。

 食べ物、衣服、金、生活に必要なものは全て奪ってきた。

 生者も死者も関係なく、利用できるものは何でも利用してきた。

 その過程で逃げ足が異常に速くなり、身軽さと俊敏な行動力も武器になっていった。

 そんなスキルを体得した頃、闇市で情報屋として生活する際に、自分の商品を最も効率良く取り入れる方法を思い付く。



 犯罪者のストーキング。



 個人情報や表世界のニュースなどなど、犯罪者を付け回すことで入手できるデータは多岐に渡る。

 いざとなったら持ち前の素早さで逃げればいい。

 チェシャ猫の趣味は、凶悪な犯罪者をストーカーすることだった。

チェシャ猫「にゃっはははは〜ん♪ た〜のしぃ〜ッ!!」

ザック「…クソがッ、ちょこまかと動き回りやがってぇッ!!」

チェシャ猫「ほらほらッ、こっちこっち〜! こっちだよ、お兄〜ちゃ〜ん♪」

ザック「うるっせぇえええ!!!!」

 そんな生活をしていれば恨まれることも多く、チェシャ猫は何度も命を狙われてきた。

 だが、今も生き延びている。

 世渡り上手なのも才能だが、それ以上に人生を楽しむ天真爛漫な明るい性格が、このクソッタレな世の中を受け入れている。

 たった九年の人生。

 安全席で傍観して物事を楽しむ猫のような少女を見て、いつしか人は、彼女を“チェシャ猫”と呼ぶようになった。

チェシャ猫「あの通り魔事件、殺人鬼へティーの再来かと思ってた! でも違ったんだね! お兄ちゃんの方が、よっぽど面白いや♪」

ザック「あぁ!? 何言ってんだッ、てめぇ!」

チェシャ猫「お兄ちゃんとの追いかけっこの方が楽しいってこと! 遊んでくれる犯罪者って滅多にいないんだもん♪」

ザック「遊んでるつもりなんざッこれっぽっちもねぇんだよ、バカ! 大人しく捕まれッ! そんでもってッ、さっさと情報を渡しやがれぇ!!」

チェシャ猫「にゃ〜ん!! そんなのつまんにゃいッ!」

 チェシャ猫が逃げ回る場所にも、当然ながら通行人がいる。

 しかし、鎌を振り回すザックは気にも留めない。

 どうせ犯罪者ばかりだ。

 二人が通過した道順には血飛沫が舞い散り、中途半端に斬り付けられた者や、たまたま殺された惨殺死体が横たわっていく。

グレイ「……集計が追い付かんな」

 それらを眺めながら、グレイは手配者リストに目を通しつつ、殺害された者たちをマークする。

 知らず知らずの内に、ザックは自らが欲した情報の料金を貯めてるようだ。
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