殺戮の天使 Revive Return

□黄泉国鉄道の夜
2ページ/3ページ


 生前は西洋にて一生を終えたレイチェルにとって、一時停車として立ち寄った東洋の駅は新鮮な雰囲気に包まれていた。

 案内板には、きさらぎ駅、と記されている。

レイ「……人が多いなぁ」

 どうやら他の列車でも同じ報告が上がっていたらしく、この近辺を走っていた黄泉行きの列車は全て、この“きさらぎ駅”に集まっているらしい。

 元から小さな駅のホームは人で溢れ、時間や暇を潰すために浮遊霊として出回り始める死者たちまでいた。

 つまり、レイチェルがこの場所を訪れるよりも前から、既にこの事態は始まっていたということである。

レイチェル「…あとどれくらい待たされるんだろう……」

 当分、列車は動かないかもしれない。

 そう思ったら気持ちにも余裕が生まれ、あまり見慣れない東洋の町並みを見物して回ってみようと思った。

 が、レイチェルの思惑は成功しなかった。

 きさらぎ駅を出て、ほんの数秒が経った時だ。



 背後から、ポン、と優しく肩を叩かれた。



レイ「…?」

 誰だろう、という疑問を胸に振り返ってみると……。





ダニー「やぁ、レイチェル。久しぶりだね」





 右目に黒い眼帯を着けた、ダニー先生が立っていた。

レイ「ーーーッ!!!??」

 寒気が走った。

 動悸も激しく、目眩もする。

 気が付けば、レイチェルはダニーに背を向けて逃げようと駆け出した。

ダニー「あ、ちょっと待って!」

 だが、それも無駄に終わる。

 所詮レイチェルの足では大人のダニーに敵わない。

 すぐに追い付かれ、後ろから腕を掴まれてしまった。

レイ「いやッ、離して!」

ダニー「落ち着くんだ、レイチェル! 気持ちは分かるけど、もう何もしないよッ」

レイ「やだッ! 助けて、ザック!!」

ダニー「……ッ!!」

 レイの言葉に、ダニーは思わず手を離す。

 それはダニー本人も意図してやったことではなかったため、いきなり解放されたレイチェルは、そのまま地面に倒れてしまった。

レイ「痛ッ」

ダニー「あ! ご、ごめんよッ。大丈夫かい?」

 倒れた衝撃で結果的に少しだけ冷静さを取り戻す。

 そこで改めてダニーの方へと視線を向けると、本当に心配そうな表情を浮かべて膝を崩し、こちらに手を差し伸べてきていた。

ダニー「ほら、掴まって」

レイ「…………」

ダニー「ぁ…、えっと……まだ信用してもらえてなかったよね…。ごめんよ」

 レイチェルに警戒されていると思い、ダニーも思わず手を引っ込めようとする。

 が、今度はレイチェルの方からダニーの手を取ってきた。

ダニー「……レイチェル…?」

レイ「………起こして、くれるんでしょ…? ダニー先生…」

ダニー「……! あ、あぁッ、もちろん!」

 繋いだ手を引いて、ダニーはレイチェルを引き起こす。

 こういう仕草を介して確信した。

 今、レイチェルの目の前にいるダニーからは、もう“あの頃”の狂気が感じられない。







 きさらぎ駅から少しだけ離れた場所にあるカフェにて。

 レイチェルとダニーはコーヒーとお茶菓子を注文し、同じテーブルを囲んでいた。

ダニー「僕たちみたいな“普通じゃない人”が来るカフェ、ってところなのかな? 見た感じ、生きてる人間のお客さんは一人も見当たらないや」

レイ「……ダニー先生…。その眼帯、どうしたの…?」

ダニー「ん? あぁ、これ? 僕が死んだ時、どうやら一緒に黄泉の世界まで持ってこれなかったみたいなんだ」

 そう言って、ダニーは眼帯を外して右目を見せてくれる。

 義眼さえも埋まっていない眼窩には、ポッカリと空洞が空いていた。

ダニー「このままじゃ見た目も怖いからね。仕方ないから、眼帯を着けて凌いでるんだよ」

レイ「……義眼だった時も怖かったです」

ダニー「あはは。みんなから見れば、そうだったかもね」

 我ながら満足な一品だったんだけどなぁ、などと呟きつつコーヒーを飲む。

 やっぱりこうして真正面から対峙していても、もうあの頃のような恐怖は感じられない。

レイ「ダニー先生は…、もうわたしの目に興味がないの…?」

 恐る恐る聞いてみた。

 するとダニー先生は即答する。



ダニー「いいや。今でも君の瞳は大好きさ。今すぐにでも刳り抜いてしまいたいくらいにね」



 空気がゾクッとした。

 でも、それは一瞬だけ。

 レイチェルに恐怖心を与えようとも、危機感を抱く前には先程までのダニーに戻っている。

ダニー「でもね? もう今は“そう思ってるだけ”なんだ。実際に手を出そうなんて思ってないよ」

レイ「……本当ですか?」

ダニー「あぁ、本当だ」

 嘘を吐いているようには見えなかった。

 ダニーを形作る雰囲気は何処までも優しく、以前にも関わった“一人のカウンセラー”としてのダニーがここにいた。

ダニー「君やザックが、あのビルから脱出を果たした頃かなぁ。こんなに醜く、理解者もいなかった僕の人生にも救いがあった。死ぬ前に、それを教えてもらえたんだ」

レイ「……誰に?」

ダニー「はは。何となく分かってるんじゃないのかい? 尤も、あの時の君は瀕死状態だったけど」

 レイチェルは覚えていない。

 だが、何となく想像することはできた。

 あのビルには自分とザックとダニー以外に、残された者がいるとすれば一人しか思い当たらないからだ。

レイ「…神父様?」

ダニー「正解。僕は、最後の最後で神父様に救われたんだ…」

 ダニーは改心した。

 もちろん、今での綺麗な瞳は大好きだし、好みのものを見つければ羨ましく思うこともある。

 だが“それはそれ”だ。

 生前のことを思い返しているのか、ダニーは自分の右目に着けた眼帯を上側からそっと撫で下ろす。

ダニー「でもこの状態は好きじゃないんだ。早く設備を整えて、また新しい義眼を作ってみたい」

レイ「…ふふ」

ダニー「あ、やっと笑ってくれた」

 お互いの緊張が解け、ようやく和やかな雰囲気が広がり始める。

 ここでダニーは、レイチェルについて気になっていたことを訊ねてみることにした。

ダニー「ところでレイチェル。君はどうしてここに? あれから随分と時間は経ったから、ビルの脱出に失敗したとか失血死したとか、そういう最期を迎えたってわけじゃないんだよね?」

レイ「…あ」

ダニー「もしかして……ザックとの約束を、果たしてもらった……とか?」

レイ「…………」

 ダニーは、この無言を肯定と捉える。

 しかし別に呆れることはなかった。

 嘘が嫌いなザックが、レイチェルと交わした約束を破るはずがない。

ダニー「無事に殺してもらえたんだね」

レイ「……うん」

ダニー「でも、それにしては表情が浮かばないみたいだね? 何か思うことでもあるのかい?」

レイ「…………」

 この時のダニーは、本当に“ただのカウンセラー”だった。

 だからこそ、今まで一人ぼっちだったレイチェルには、この存在がありがたい。

ダニー「ねぇ、レイチェル。今の君の心の中には、いったい何が渦巻いているのかな?」

 この問いの答えを思い浮かべれば、決まって現れるものがある。

 生前の最後に見た、ザックの顔だ。

 あの時、ザックは……。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ