殺戮の天使 Revive Return

□黄泉国鉄道の夜
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 定期報告を入れてくれるアナウンスによれば、何やら目的地の監獄で大事件が起きてしまったらしい。

 内容を簡単に言ってしまえば、蘇りを目的とした死者たちが脱獄を計らい、監獄の外に向けて暴動を起こしたようだ。

ダニー「現世も黄泉も、監獄で起きる事件ってのは変わらないね。出所か転生かの違いだと思うけど、まさか“あの世”にも脱獄なんて文化が存在してるとは」

レイ「わたしたちが行くところ、しばらくは入れそうもないね」

ダニー「そうだね。でも、それはそれで時間が稼げる。ちょっと僕に付き合ってもらってもいいかな?」

レイ「……? 何するの?」

 きさらぎ駅から遠く離れることはできない。

 しかし、きさらぎ駅の敷地面積はそれほど広くもない。

 今でも大勢の死者たちが行き来しているが、時間をかければ捜し人の一人や二人は意外と見つかる規模にも見える。

ダニー「僕みたいな心境に変化してるかどうか分からないけど、近くにエディとキャシーもいるかもしれない。見つけてみても面白いと思わないかい?」

レイ「……でも…“この駅”には、いないかも…」

 黄泉の駅は山ほどある。

 レイチェルが乗り込んだ駅から監獄まで行く途中に、たまたま“きさらぎ駅”があった。

 レイチェルより先に死んでいたダニーが、この“きさらぎ駅”で足止めを食らっていたのは偶然だ。

 エディとキャシーが同じように足止めを食らっていたとして、全員が同じ“きさらぎ駅”にいるとは限らないのである。

ダニー「あぁ、そうか。ここ以外の駅にいる可能性もあったんだね……」

レイ「死んじゃった時間を考えたら、多分この駅にはいないと思う。ダニー先生と再会できたのは本当に偶然だったけど」

ダニー「そうだね。まぁ、こうなったら仕方ない。監獄での事件が片付くまでゆっくりと………ん…?」

 ふと、ダニーが何かに気付いた様子で視線を巡らせる。

 何やら新しい速報が入ったようで、駅のホームで待ち続けていた死者たちが我先にと列車の中へと移動を開始していた。

レイ「列車が動くの? 監獄の事件が片付いたのかな?」

ダニー「いや、そんな感じでもないね……。レイチェル、ちょっと待ってなさい」

 まずは何の動きがあったのか、速報の内容は何なのか。

 それを調べるため、レイチェルを残してダニーが一人、詳細を聞きに向かった。

 それから僅か数十秒後、すぐにダニーは戻ってきた。

レイ「なんだったの?」

ダニー「残念ながら、監獄の事件は最悪の形で幕を下ろしたらしい。数名の死者が脱獄を果たし、現世への蘇りを成功させたようだ」

レイ「え?」

ダニー「おかげで監獄内は大騒ぎ。当分は死者の管理も出来そうにないから、僕らは急遽、東洋の黄泉の国に送られることになったみたいだよ」

 終点が変わり、死者たちは新たな黄泉を目指して列車に乗り込むようだ。

 監獄に行くことが出来なくなったレイチェルとダニーも、その列車に乗って移動しなくてはならない。

ダニー「さぁ、行こう。レイチェル」

レイ「…うん。東洋の黄泉って、どんな場所なの?」

 死者たちが乗り込む列車まで移動しながら、ダニーはレイチェルの質問に答えた。

ダニー「まだ話半分なんだけど、どうやら“獄都”と呼ばれる町らしいね。まぁ僕としては、過ごし易い場所なら何処でも構わないかな」







 東洋の黄泉“獄都”に向けて、再び列車は動き出した。

 相変わらず真っ暗な夜空を窓から眺めながら、レイチェルとダニーは向かい合う席に座って終点駅の到着を待つ。

ダニー「ねぇ、レイチェル。さっきの話の続きをしてもいいかな?」

レイ「……?」

ダニー「君が最期に見たザックについて」

レイ「…………」

 もう何度も思い返した。

 あの日、あの夜。

 施設からレイチェルを連れ出してくれたザックは、誰にも見つからない林の中を駆け回る。

 そして、青色の満月が夜空に輝く草原のド真ん中で、その時を迎えたのだ。

レイ「ダニー先生」

ダニー「ん?」

レイ「ザックは、わたしを鎌で斬り殺してくれたの。今まで何人も殺してきた、ザックの殺り方で」

 話しながら、レイチェルは自分のお腹を撫でていた。

 おそらく“そこ”を斬られたのだろう。

レイ「わたしは、意識を失う最期の瞬間まで、目の前のザックを見ていた気がする」

ダニー「うん」

レイ「ザックは……笑ってたよ」

ダニー「そう」

レイ「でもね……」





レイ「……笑いながら…、泣いてたの…」





 おそらくザック自身、自分の涙に気付いていなかっただろう。

 その涙の理由は誰にも分からない。

 しかし、レイチェルの言っていることも嘘ではない。

 レイチェルを殺した時、ザックは生まれて初めて涙を流していた。

レイ「笑顔だったんだけどね……」

ダニー「……そっか」

レイ「それに、わたしも何だか……すごくモヤモヤしてる…。殺してもらえて、嬉しいはずなのに…」

ダニー「…………」

 気付けばザックのことばかり考えている。

 今も生きている人のことを、死んでしまった自分が想い続けても仕方がないのに。

ダニー「でもね、レイチェル。君の心の声は関係ないよ」

レイ「え?」

ダニー「君の気持ちが訴えてる本音って、どんなものなのかな?」

レイ「…………」

 レイの瞳に迷いの色が生じる。

 殺してもらっておいて、そんなことを望んでもいいのか。

 ただの死にたがりのワガママを叶えてもらっておいて、そんな願いを口にしていいのか。

ダニー「ここに当人はいないよ? 神様だって見ちゃいないさ。きっと聞いてもいない」

レイ「………」

ダニー「ここにいるのは僕だけだよ? 僕はレイチェルの本音が知りたい」

レイ「……」

ダニー「レイチェル。君の心の声を聞かせておくれ」

レイ「…」

 ダニーに背中を押され、レイチェルは、ついに、その重い口を開いた。



レイ「ザックに、会いたい……」



 思いを口にしてタガが外れたのか。

 レイチェルの瞳にも、自然と涙が滲み始める。

レイ「…あ、れ……?」

ダニー「…………」

レイ「……ぅ…あ、ぇ…っと…ぁぅ」

ダニー「レイチェル。それが“普通”だよ。ずっと心の中で押し殺して、気持ちの中だけに留めておこうとしたもの。それが君の本音だ」

レイ「う、ぁ……」

ダニー「何も恥じることはない。ワガママだなんてとんでもない。レイチェル、君の涙は実に正直だ」

 両手で顔を覆い、涙を拭って肩を震わせる。

 そんなレイチェルの頭を撫でながら、ダニーはそっと抱き寄せた。

ダニー「獄都という場所がどんなところか分からないけど、別の黄泉の国で脱獄に成功し、現世に蘇った死者がいるんだ。それも、このタイミングでだよ?」

 これは偶然か必然か。

 レイチェルの気持ちを後押しする事件が起きた手前、さすがに無視するわけにもいかないだろう。

ダニー「向こうに着いたら調べればいいさ。チャンスはいくらでも転がってるよ」

レイ「…うん……ッ…、うん…ッ」

ダニー「蘇りの法を探しに行こう。あのザックが涙したんだ。きっと彼も、レイチェルとの再会を願ってくれているさ」





 ザックが泣き、レイチェルも涙を流した。

 そして二人共は知る由もない。

 また会いたい。

 その感情を、二人が同時に抱いていたことを。
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