殺戮の天使 Revive Return
□閻魔庁の冷徹
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基本、死者は空腹にはならない。
しかし、美味しそうな料理を前にすれば、生前に口にしていた食事の楽しみを思い出し、思わず喉を鳴らさずにはいられなかったりするのだ。
ダニー「うーん……。どうやら今の僕たちは、別に食べても食べなくても一緒みたいだね」
レイ「せっかく注文したのに、味が分かんないや……」
見た目と匂いに釣られて日本食を注文したものの、実際に食べてみれば虚しいものだった。
獄都の住人は鬼や妖怪といった魑魅魍魎たちばかり。
人間がいたとしても、それは死者の魂に過ぎない。
食べることの必要性を失った者が食べ物を口にしたところで、味など分かるわけはないし腹も膨れない。
レイ「……生き返ったら、みんなで一緒にご飯が食べたいなぁ…」
ダニー「…そうだね。今は眺めるだけにしておこうか」
レイ「……こういうの、なんて言うんだっけ…? 生殺し…?」
ダニー「どこで覚えたんだい、その言葉。怒らないから教えなさい」
和食を眺めながら、今までに入手した情報をまとめていく。
しかし、誰に訊ねても聞かされる答えは決まっていた。
生き返る方法は存在している。
それは“これ”として手段が存在するわけではなく、数々の条件が重なって起きた奇跡の類いばかり。
結果オーライのパターンが多いようで、蘇りを目的に動いた者が必ず成功するとは限らない。
と、いうのが少数の意見。
大多数の意見は、そんなもん知らん、の一点張りだった。
ダニー「やっぱり上手くはいかないね」
レイ「うん。難しいね」
これからどうしようかと考えていた、その時だった。
和服を着た大柄の男性が、レイたちのテーブルに近付いてきて声をかける。
大柄の男「失礼。相席してもよろしいかな? 他に空いてなくてねぇ」
レイ「あ、はい。どうぞ」
大柄の男「ありがとう」
ダニー「宜しければ、こちらの料理も召し上がりますか? もう僕たちは満腹でして」
大柄の男「いいのかい? いやぁ、何だか申し訳ないねぇ」
見た目に反して温厚な雰囲気を持つ男性は、律儀にもお礼を言ってレイたちが注文していた日本食を食べ始める。
箸の使い方に慣れていない様子と、西洋風の顔立ちから、どうやら彼もレイたちと同じ出身のようだ。
ダニー「申し遅れました。僕はダニエル・ディケンズ。ダニーと呼んでくれて構いません」
レイ「レイチェル・ガードナーです」
フリッツ「これはご丁寧に、どうも。僕はジャック・エスポジード。周りからは“フリッツ”ってあだ名で呼ばれてるよ」
ダニー「フリッツ? 変わった愛称ですね?」
フリッツ「まあね。でも気に入ってるんだ。ジャックって本名で呼ばれるより、僕としては愛称の方が嬉しいくらいだよ」
ごちそうさまでした、と添えて食事を終える。
だがダニーは会話を終える気がない。
ただの相席で済ませるくらいなら、わざわざ自己紹介などする必要もないのだから。
ダニー「死者復活の法」
フリッツ「んん?」
ダニー「大監獄で脱獄劇があっただろ? おかげで僕たちは、この獄都という東洋の黄泉にまで運ばれてきた」
レイ「監獄で脱獄した死者は、それに成功したみたいなの。それって、生き返ったってことなのかなぁ?」
ダニー「僕たちは、その真相が知りたいんだ。それに、死者が蘇るだなんて最高のロマンだ。君もそう思わないかい?」
フリッツ「…………」
半分は本気で、半分は嘘っぱちだ。
レイチェルとダニーの目的は、あくまでも死者復活の手段のみ。
その糸口を掴むために、大監獄の脱獄劇に興味があるふりをして話題を作っているだけ。
しかし、レイチェルたちの問い掛けに対するフリッツの答えは、今までの問答では例を出さなかった新たな反応だった。
フリッツ「大監獄で脱獄? そういうことか、あははは。やけに表が騒がしいと思ったら」
レイ「……え?」
ダニー「…………」
まるで、この黄泉の世界で持ち切りになっている大事件を“今になって知った”ような反応だった。
この世界に送られた死者ならば、否が応にも巻き込まれて、身を持って知らされる事件のはずなのに。
フリッツ「何か勘違いしてるみたいだねぇ、お二人さん。ここだけの話だけど……」
フリッツ「大前提として、僕は死者じゃないよ? まだ現世に生きてる身の上だ」
レイ「……!」
ダニー「ーーーッ!?」
見るからに驚愕している二人の様子に、フリッツは機嫌を良くした様子で微笑みを浮かべた。
フリッツ「本体の僕は一日の大半を眠って過ごしていてね。あまりにも睡眠が深いもんだから、たまに生霊になって黄泉の国で意識が目覚めるんだよ」
ダニー「…仮死状態、ってことですか?」
フリッツ「ご名答。このまま目覚めずに本体の方が食事を怠ったら、きっとこのまま戻れなくなって永眠しちゃうかもね。あははは」
レイ「笑い事なんだ…」
その後、フリッツはベラベラと勝手に自分のことを語り出した。
生きている自分は“闇市”と呼ばれる犯罪者の街にいること。
そこの制度や、無法地帯が成せる“無秩序”という規則。
今は、この獄都の世界観に合わせて和服を着ているが、生きている自分は風呂に滅多に入らないせいで体臭が凄まじいこと。
その他、色々。
レイ「闇市…」
ダニー「犯罪者の街…」
フリッツ「あはは、一方的に話し過ぎてしまったかな。突拍子もない話題で申し訳ないねぇ」
ダニー「……いえ、実に興味深いお話…、ありがとうございます…」
フリッツ「それはどうも。じゃあ、次は君たちの番かな?」
レイ「え…?」
フリッツ「僕にも教えてよ。君たちは生前“どんなことをして生きてきたのか”な?」
この言葉を吐いたフリッツの雰囲気は、異様にヒンヤリとしていた。
闇市という犯罪者の街で暮らしている現役の殺人鬼、フリッツ。
彼の目は確かなもので、初めて会った時から、ずっと、レイチェルとダニーの素性には大凡の察しが着いていたらしい。
木舌の仕事は増えていた。
この混雑に乗じて逃亡した者。
ただ単純に道に迷っていた者。
未開の地に降り立ったことで遊びに出掛けていただけの者。
どんな理由であれ、このタイミングで閻魔庁から抜け出した死者は数十人に及んでいたのだ。
木舌「これら全部を回収するのも、おれの仕事か……骨が折れるね」
しかし、言うほど大変な作業でもない。
目的の死者を見つけたら一言だけ声を掛けて閻魔庁に戻るように促す。
それに逆らうなら強硬手段。
尤も、鬼の獄卒に叶う死者などいるはずもないので、大体の死者が言うことに従って閻魔庁に向かっていくのだ。
木舌「えーっと……残りは八人かな?」
逃亡者として洗い出されたリストに目を通し、木舌は獄都の町中を歩いていく。
そのリストの中には、レイチェル・ガードナーとダニエル・ディケンズに続き、とある二人の名前も記載されていた。
エドワード・メイソン。
キャサリン・ワード。
閻魔庁を脱出したこの二人も今、獄都の町の何処かに身を隠し、潜んでいるようだ。