殺戮の天使 Revive Return

□会いバンク
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 この条件下で、ダニーは気付いた。

 どんな手を尽くしたとしても、もう“二人で戻る”ことは不可能だと。

ダニー「………フリッツ…」

フリッツ「ん?」

ダニー「レイチェルを、任せてもいいかい?」

レイ「…え?」

 フリッツとレイチェルを背に、ダニーが木舌の前に歩み出る。

 フリッツには眠ってもらわなければならないため、木舌と戦わせられない。

 でも誰かが木舌を止めていなければ、フリッツも眠ることが出来ない。

 それなら……。

ダニー「僕が獄卒を止める。十秒くらいなら持ち堪えられるさ」

レイ「…ッ! ダニー先生ッ」

フリッツ「無茶を言うねぇ。相手の力量が分からないほど疎くもないだろう?」

ダニー「まぁね。でも仕方ないさ…。もう他に…方法がない……」

木舌「…………」

 木舌もダニーの覚悟を目の当たりに知る。

 獄卒を相手にナメられたものだと思うのか、死者の考えとしては素晴らしいと思うのか。

 その心境までは誰にも分からない。

フリッツ「では、行こうかな」

レイ「……!? で、でもッ」

フリッツ「彼の覚悟まで無駄にしちゃいけないよ」

レイ「ダニー先生ッ!」

 レイチェルを抱えて、フリッツはダニーに背を向けて遠ざかっていく。

 ダニーの背後からは、自分の名を呼ぶレイチェルの声が聞こえて、そして消えていった。

木舌「大した度胸だね。おれを相手に残るなんて」

ダニー「大事な生徒なんだ。助けるのは当然だろ?」

木舌「生徒? 言われてみれば、あの子はあなたのことを“先生”と……。生前は学校の先生だったのですか?」

ダニー「いいや。僕はカウンセラーだ。生徒っていうのは、そういう意味だよ」

木舌「なるほど」

 ほんの少しのお喋り。

 しかし、木舌には時間的余裕がない。

 フリッツを十秒でも眠らせてしまえば、少なくともレイチェルは獄都を離れてしまう。

 黄泉から現世に死者を向かわせては、獄卒の面目も丸潰れである。

木舌「時間がありません。たった一人の死者を相手に、手荒な真似をして申し訳ありませんが……」

 その手には、いつの間に握り締めていたのか……。

 もしくは、たった今になって虚空から現出させたのか。

 ひと振りの大斧が握られていた。

木舌「一撃で、沈んでいただきます」

ダニー「……まいったな…。これは予想外だ…」







 ダニーと木舌から離れ、ようやくフリッツも足を止める。

フリッツ「ダニーの時間稼ぎにも限界がある。ここらで眠るとしよう」

レイ「…………」

フリッツ「五秒もあれば眠ってみせるさ。向こうに帰ったら、もう一度眠ってダニーを連れ戻すよ」

レイ「……うん」

 座り込み、壁に背を預けたフリッツが瞼を閉じる。

 その手を握るようにして、レイチェルはフリッツに触れていた。

 フリッツも、意識してレイチェルの手を握り、眠りの時に向かう。

フリッツ「(……問題ない…。これなら眠れる…)」

 瞼を閉じて、僅か七秒。

 眠りに就いたフリッツは、木舌が追いついた直後、レイチェルを連れて現世に戻った。







 木舌は溜息を吐いた。

 ダニーを一撃で倒し、全力疾走してフリッツたちに追い付いたものの……。

 あとコンマ一秒遅かった。

木舌「…失態だ。目の前で逃げられてしまうとは……」

 木舌の目の前で、フリッツとレイチェルの姿が消失した。

 眠りに就いたフリッツが、レイチェルの魂を連れて現世で目覚めてしまったのだ。

木舌「仕方がない…」

 懐から特務室用の連絡機器を取り出す。

 閻魔庁で任されている仕事が終わっていないため、恐縮だが派生してしまった別任務は他の獄卒に任せる他になかったのだ。

木舌「木舌です。肋角さんに繋いでください。緊急です」

 肋角とは、特務室の室長を任されている獄卒だ。

 特務室での仕事は、基本的に肋角を仲介して各々に渡っていく。

木舌「斬島か佐疫か、平腹辺りに任せられればいいんだけどなぁ……」

 そんな独り言を呟きながら、肋角との通信を待っていた時。

 不意に、背後から誰かに肩を叩かれた。

木舌「ん?」

 ポンポン、と何気ない調子の挨拶に対して、自然と背後を振り返ってしまった。





 頭をカチ割られたダニーが、砕けた植木鉢の破片を握り締めて立っているなど、まったく予想せずに。





 木舌の顔を捉えた直後、ダニーは迷わず破片を突き立てる。

 目を見開いて驚いている、木舌の右目を貫くようにして。

木舌「ーーーッ!!?」

ダニー「ふはッ!! うぉおおおッ!!」

 木舌の右目に破片を突き刺し、突き飛ばすような掌底で追撃を食らわせる。

木舌「ーーーうぐッ!! あああぁぁああああぁあッ!!!!!!」

 手放した通信機器から、誰かの声が聞こえている。

 そんなもの、ダニーの知ったことではない。

 応援を呼ばれては面倒なので、通信機器は地面に転がった直後、踏み潰した。

ダニー「はぁ…ッ…はぁ…ッ…。そう簡単に倒されるようじゃ……、あのビルの殺人鬼なんて、務まらないんだよ……」

 ダニーの頭から出血はない。

 ただ頭を割られただけ。

 死人なんだから血が通っていないのは当たり前だが、痛覚は残っているようで激痛に悩まされる。

 何しろ、もう“死んでいる”のだから。

 いっそのこと死ねれば楽なのに、もう死んでいるのだから“死ぬほどの激痛”が治まらない。

ダニー「ぁぁぁ……ッ…、本当に痛い…ッ……。どうして感覚だけ残ってるんだろうねぇ……まったく…ッ…」

木舌「ぅ…ッ、ぐ……くぅッ…」

 植木鉢の破片を引き抜き、眼球の再生を始める木舌。

 この程度は“怪我”に過ぎない。

 獄卒に死という概念は存在せず、ある程度の大怪我も自然治癒力で回復できるのだ。

ダニー「レイチェルは追わせないよ……。君の相手は…、この僕だ…ッ」







 レイチェルは意識を取り戻す。

 ここは何処だろう?

 先程までの獄都とは風景が違う。

 何処かの街の下水道だろうか?

レイ「……?」

 キョロキョロと辺りを見渡そうとした時、すぐ傍で見知らぬ大男が眠っていることに気付いた。

 否、容姿が異なるが顔は知っている。

 先程まで着ていた和服の面影が消えて、ホームレスのようにボロボロで小汚い格好をした大男の名を呟く。

レイ「フリッツ……。ぁッ」

 そして気付く。

 眠っているフリッツの目の前に……よく知った顔の男性が二人、立っていることに。





グレイ「さて、どうやって起こすべきか」

ザック「殺人鬼なんだろ、こいつ。面倒事はごめんだぜ」





 会いたかった人が、そこにいた。

 名前を呼ぼうと口を開きかけた瞬間、レイチェルに遅れて黄泉から帰ってきたフリッツも、身じろぎながら起床を果たす。

フリッツ「んんッ…ん……むぅ」

 ベタベタに固まった長い黒髪を巻き込みつつ、頭をバリバリと掻き毟りながら上体を起こしたフリッツ。

 ここまでの一連の流れから、ザックとグレイはレイチェルの存在に気付いていない。

 しかし、起きたばかりのフリッツがレイチェルと目を合わせた時、フワッとした柔らかい笑みを浮かべる。

フリッツ「(ほらね? おかえり)」

 無言で、そう伝えているようだった。

フリッツ「おやぁ? こんなところにお客さんとは珍しいねぇ」

 そしてフリッツは、何事もなかったかのようにザックたちを見つけて話を始める。



 これが、ザックたちがフリッツと出会うまでに起こっていた出来事の全貌である。
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