絵本の世界と魔法の宝玉! Second Season

□魔句詠唱発動!
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 黄緑色の包まれた空間。

 上も下も右も左も前も後ろも、何処に軸があるかも分からない世界。

 立っているのか浮いているのか逆さまなのかも分からない。

 そんな空間の中で、なおは全身をズタズタに切り裂かれて痙攣を繰り返す。

緑川なお「………ぁ………ぅ…ッ、ぐ………ッ」

 四方八方から絶え間なく襲いかかるカマイタチの嵐。

 時に鋭い風の刃が放たれると、なおの耳や指を易々と斬り落としていった。

 時に鈍い風の刃が放たれると、なおの体のあらゆる部位を切りつけていく。

 既に感覚は失われた。

 失血がひどく、目も霞む。

 この空間の中で死期が迫ってきていることを、なおは本能から察していた。

緑川なお「(……い…や…ッ………死に…たく、ない……ッ)」

 そう思っても、抵抗できる力は残っていない。

 瞼が重くて、とても眠かった。

 それ以上に……とても寒くて、怖かった。

緑川なお「(あたしが死んだら……誰が、家族を守るの……? お父ちゃんと、お母ちゃん……これから、どうなっちゃうの……?)」

 走馬灯が見え始め、いよいよ危険な状態になった。

 しかし、なお一人ではどうすることもできない。

緑川なお「(けいた………はる………ひな………ゆうた………こうた………)」

 一人一人の顔が浮かび、目頭が熱くなると同時に涙が流れる。

 顔の切り傷に染みているはずだが、もう何の痛みも感じない。

緑川なお「(お姉ちゃん………早く、帰るから……。待ってて、ね…)」

 目の前に浮かぶのは、暮らし慣れた緑川家の玄関。

 その扉の向こうでは、大好きな家族たちが帰りを待って立っていてくれている。

 その扉に右手を伸ばして触れた瞬間……なおの右手は風のように消えていく。

緑川なお「(………………)」

 なおは、帰ることができなかった。







 れいかの腕の中で、冷たくなったなおが横たわる。

 全身から血を噴き出し、まるで内側から破裂した血風船のような状態は、否が応にも現実を見せつけた。

 今、世界各地で起きている変死の怪事件と重なり、宝玉を取り込んだ者の末路の一つ。

 なおは、宝玉の取り込みに失敗した。

星空みゆき「なお……ちゃん……」

日野あかね「嘘やろ……?」

黄瀬やよい「そ、んな……」

青木れいか「…………」

 腕の中で眠ったように動かなくなったなおを見て、れいかがゆっくりと手を伸ばしていく。

 その直後だった。





チェイサー「“チェシャ猫のように笑え”!」





 突如として現れた神出鬼没の化け猫少年、チェイサーの魔句詠唱が発動する。

 瞬間、なおがニヤリと笑った。

 そして、れいかの腕の中で跡形もなく姿を消してしまった。

青木れいか「ーーーッ!!!!」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ、うッ、ごぼっはッ!!」

 魔句詠唱の発動で体に負荷がかかり、その場で大量に吐血するチェイサー。

 しかし、容赦なく魔句詠唱を発動したことに対して何も悪びれた様子はない。

チェイサー「げほげほッ! んっんー! さぁてさてさて、デッドエンド・バロンのみなさ〜ん? 宝玉はここになくなってしまったわけだけどぉー、まぁだ無駄な争いを続ける気かにゃ〜ん?」

ルプスルン「……チッ」

アクアーニ「…ふむ……、確かに宝玉の気配は消えたな」

マホローグ「………まぁ、いいさ。回収が叶わなかったのはそっちも同じ…。次こそは必ず破壊してやる…ッ」

 そう言い残すと、ルプスルンたち三人は大人しく退散していった。

 それと同時にアカンベェも消失し、公園の遊具も含めて周囲は元通りの姿を取り戻す。

 唯一、先程までいたはずの人物が一人この場からいなくなり、入れ替わるようにして現れた化け猫の少年が現れている現実を除いて。

チェイサー「ん?」

 そんなチェイサーの顔面に、自由を取り戻したみゆきによる本気の拳が一発、真正面から炸裂した。

 みゆきに殴られ、そのままチェイサーは尻餅を突いて無様に転ぶ。

チェイサー「あ痛たた〜。ひどいじゃないの、光のお嬢さん」

星空みゆき「ひどいのはそっちでしょッ!! 何で、なおちゃんを……ッ。なおちゃんを返してよぉ!!」

 一方で腕の中の幼馴染を失ったれいかも、見る見る内に悲しみが込み上げてくる。

青木れいか「なお……ッ。なおぉおおおッ!! あぁッ、あああああッ!!!!」

 膝を崩し、両手で顔を覆って泣き始めた。

 あかねもやよいも、声を漏らして友達の死と消失を悲しんでいる。

 そんな中でチェイサーは当然のこと、ウルフルンたちも含めて冷静な表情を崩さなかった。

ウルフルン「……みゆき…、少しは落ち着け」

星空みゆき「出来ないよッ!! だって、なおちゃんがッ」

ウルフルン「それを覚悟の上で協力してたはずだろうが…ッ」

星空みゆき「ーーーッ」

ウルフルン「忘れてんじゃねぇぞッ。オレたちがやってることは、オマエらにとって常に命懸けだ! いつ死んでもおかしくねぇから強制もしなかったッ。その上で協力するって言いやがったのはオマエらだろうが!」

 ウルフルンの言う通り、こうなる可能性は事前に何度も聞かされていた。

 実際に同じような現場を見たこともあった。

 それでも実感が沸いていなかったのは、こんなにも近くにいて当たり前だった友達が死んでしまったから。

 みゆきたちは……状況判断と任務に対する考えが甘すぎたのだ。

ウルフルン「それによぉ……。まだ死んだって決まったわけじゃねぇんだぜ?」

星空みゆき「………ぇ…?」

青木れいか「え?」

 ウルフルンの言葉に、みゆきもれいかも、そしてあかねとやよいも顔を上げた。

 対してウルフルンは、みゆきに殴られて流れた鼻血を止めながら立ち上がったチェイサーに視線を向けている。

ウルフルン「本気、出したんだろ?」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ、まーねー♪ オレとしても、緑のお嬢さんが死んじゃうのって………何か嫌だったからさ…」

青木れいか「……どういう、ことですか?」

ウルフルン「いつかも言ったが、こいつの魔句詠唱の能力は誰かの存在を消しちまうだけじゃない。むしろ、その能力は付加価値でしかねぇんだよ。本当の能力は別にある」

 チェイサーの能力は以前も目の前で発動されたことがあった。

 しかし、あの時と大きく異なる点が一つだけある。

日野あかね「……緑川、なお…」

黄瀬やよい「…わたしたち……。なおちゃんのこと、全然忘れないね……?」

 なおの名前、性格、容姿、共に作ってきた思い出。

 その全てが薄くなっていく様子はなく、今も鮮明にみんなの頭の中に確かな記憶として残り続けている。

ウルフルン「チェイサーの力は“指定した空間を仕切って制御する”能力なんだよ。こいつに支配された空間は、消費するマジカルエナジーに応じて思いのままってわけだ」

チェイサー「ニーヤニヤニヤ。この能力を最初に使ったのは、実は光のお嬢さんと最初に会った時なんだけど……覚えてなぁい?」

星空みゆき「わたしと、初めて会った時………? あ…ッ!!」

 みゆきとチェイサーが初めて会った七色ヶ丘中学の図書室。

 あの時みゆきは、図書室から脱出しようと奮闘したのだが、鍵もかかっていないのに扉も窓も開くことはなかった。

チェイサー「あれも事前に発動した魔句詠唱の効果でねぇ〜♪ 図書室全体を外の空間から切り離して、オレ特有の“不思議の国”に作り替えてたのさ!」

 扉も窓も開くはずがない。

 外の世界と切り離されたあの場所には、既に“外”など存在しなかったのだから。

日野あかね「空間を仕切る、って……そんなら、ウチらの学校内で出た被害者はどうなったんや?」

 人々の記憶から生きた証も存在も消し去り、いなかった人になった被害者。

 そのカラクリは、被害者の体の周りだけを周囲の空間から切り離し、その空間内に残されたものの存在を外の世界のみんなの頭から忘れさせただけ。

 つまり……。

チェイサー「ニーヤニヤニヤ! 実は、まだあそこ(学校)にいるんだよねぇ〜♪ 誰にも気付かれないし、見えないし、存在すら忘れられた被害者の死体♪」

星空みゆき「……ッ!!」

 みゆきたちが初めて目にした同級生の死体。

 みんなの記憶と共に消えてなくなったと思われた彼は、実はチェイサーの能力で空間から切り離されて見えなくなっているだけで、今も七色ヶ丘中学の廊下に倒れたままになっている。
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