絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season
□大決戦の開幕!
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自らの血の海に沈むあかねの体を、ウルフルンが急いで抱き起こす。
すると、あかねの傷口から微弱な炎が燃え上がっていた。
ウルフルン「おいッ、大丈夫か!?」
日野あかね「……ぐ、がふッ…。平気や…ッ。死ぬほど、痛いけどな……ッ」
リアル型の宝玉のメリットは、自身の実体を変質させることが出来る点だ。
例え肉を食い千切られようと、内側から宝玉の力を働かせれば大部分の欠損を補うことが出来る。
しかし、腕や足などが切り離されれば元に戻すことは出来ないし、実体を手放している段階で気を散らせればその体の部位を逆に失う。
加えて回復とは異なるため、流れ出た血は戻らない上に、与えられたダメージが癒えるわけでもない。
大怪我を負う前の、大怪我に至る傷程度なら何でも治せる反面、それに伴う痛みなどは一切取り除かれない。
これは、あかねの根気と我慢が勝敗を左右する能力といっても過言ではないのだ。
日野あかね「もうちょいしたら、ウチの足でも立てるわ……。せやから…、もう少しだけ……抱っこしててな…?」
ウルフルン「……言われなくても分かってるっつーの」
あかねを抱えて立ち上がるウルフルン。
周囲を警戒するが、ルプスルンの気配は感じられなかった。
だがそれはあかねが襲われる直前までも一緒だった。
本来なら襲いかかってくるはずがない真横から一瞬にして現れ、あかねの不意を突いて大ダメージを与えに来たのだ。
日野あかね「どういうことや……。いったい……何が、起きたんや……」
ウルフルン「……考えなくても分かるだろ」
日野あかね「……?」
ウルフルン「ここは地下だ。外の明かりも滅多に射し込まねぇ、薄暗がりに包まれた空間…。ってことはよぉ………」
ウルフルン「そこら中に“影”が広がってるってわけだ。とある条件を満たしてる連中からしてみりゃ、絶好の隠れポイントだろ」
日野あかね「……ッ」
これまで、その力を持っていた者たちは何人かいた。
魔王、ピエーロ、そしてジルドーレ。
今までその力を見せてこなかったため、それを行使できるという可能性を頭から自然に除外していたのだ。
つまり、ルプスルンも……。
日野あかね「影と、同化してる……ッ。あいつも、何かの物語の…悪役っちゅーことか…ッ」
ウルフルン「それ以外に考えられねぇな。見てみろよ、オレらの周り……。この地下世界、影ばっかりじゃねぇか」
真正面から遠ざかっていったルプスルンが、何の気配もなしに真横から飛び出してきたカラクリの正体。
何てことはない。
一度遠ざかった後に手近な影に飛び込み、あかねの傍の影まで移動してから姿を現す。
実に単純な暗殺攻撃だ。
日野あかね「せやけど…そんなん、ウチらが不利や…。まずは地上に出んことには…」
ウルフルン「それを許す相手だと思うか? オレらが地上に向かおうとすれば、今の何倍もの勢いで食い殺しに来るだろうな」
日野あかね「そんなら……どないしたらええねん……」
ウルフルン「…………」
万事休す、というわけではない。
実を言えばウルフルンには、まだあかねにも明かしていない“奥の手”が懐に控えている。
しかし……。
ウルフルン「(これを出すタイミングは今じゃねぇ……。ルプスルンが相手なら、自力で切り開いてみせる。そうでもしなけりゃ、この戦争は生き残れねぇぞッ)」
今その“奥の手”を出すべきではない、とウルフルンは判断した。
本命のジルドーレやニカスターを相手にする前に、三幹部のルプスルンに使用する。
それがどれほど絶望的か、深く想像せずとも分かることだったからだ。
ウルフルン「何か別の方法を探す。あんな野郎くらいオレらの手で倒しとかねぇと、この先の戦闘に耐えられねぇぞ」
ルプスルン『プークスクスクスッ。あんな野郎、だァ? 言ってくれるじゃねェかッ』
地下空間に反響するルプスルンの声。
それに警戒して周囲を見渡そうと首を振った……直後のことだった。
あかねを抱えるウルフルンの影。
即ちウルフルンの“真下”から、両手の爪を構えたルプスルンが勢いよく飛び出してきた。
日野あかね「……!! ウルフルンッ、下や!」
ウルフルン「……ッ…!!?」
あかねが咄嗟に気付き、それに応じてウルフルンが後退する。
本当にギリギリのところでルプスルンの猛攻から逃れた二人は、そのままバランスを崩して尻餅を突く。
ルプスルン「プークスクスクス! 無様だなぁ、オイ!」
ウルフルン「テメェッ」
ルプスルン「おら、どうした。オレくれェのヤツを倒しとかねェと戦争に生き残れねェんだろ?」
舌舐めずりするルプスルンは、自分より弱いなら殺す、と遠回しに告げてきた。
単純に言ってしまえば、この戦いは“勝つか負けるか”の勝敗ではない。
文字通り“生きるか死ぬか”の戦いなのである。
日野あかね「(せやけど、そんなんあっちが勝手に決めてるルールや…。ウチは、あいつの敷いたレールの上なんか、絶対に走らへんッ)」
貧血と激痛は治っていないが、とりあえず動けるまでには回復した。
ウルフルンの腕の中から脱したあかねは、その両手に拳大の炎を纏う。
ルプスルン「何だァ? まだ何かやらかす気か?」
日野あかね「あんたと戦っとる時間も勿体無いわ。ウチらは生き残る。生きて、あんたらの親玉だけぶっ飛ばすで」
ウルフルン「(……? 何だ…あかねの奴、何を考えてやがる…)」
生きるか死ぬかの戦闘ルールは、あくまでもルプスルンの持っているもの。
そのルールに縛られず、且つ勝つか負けるかの勝負で不利ならば、あかねたちは別の勝敗法を見つけるしかない。
あかねには何か策が浮かんでいるのだろうか。
ルプスルン「ハッタリも構わねェが、現実見ねェと痛い目に遭うのはそっちの方だぜェ?」
日野あかね「放っときぃ。ウチはウチのやりたいようにやるわ」
ルプスルン「…あっそ………じゃあ死ねよ、己の血の海に身を沈めてなァッ」
そう言い放つと、ルプスルンは勢いよく跳躍して地下世界の闇に身を投じる。
これで再び、何処から猛攻が飛んでくるか分からない事態に戻ってしまった。
と、その時。
日野あかね「“灼熱の火球(サニーファイヤー)”ッ!!」
両手に蓄えていた炎の塊を、あかねは天井に向けて撃ち放つ。
更に、そこで闇雲の攻撃は終わることなく、続けて右に左にと同じ行動を繰り返した。
日野あかね「“灼熱の火球(サニーファイヤー)”ッ!!」
ウルフルン「待てッ。冷静さを欠くな! 影に逃げ込んだ奴を相手にしようったって、こっちからの攻撃じゃ意味がねぇぞ!」
日野あかね「ウチかて、そんなん分かってるわッ。狙いはそこやない!」
ウルフルン「あぁ!?」
こうしている間にも、あかねが我武者羅に撃ち放った火球があちこちに飛び火していく。
先程まで薄暗がりに包まれていた地下世界からボヤが生まれ、次第に視界が広がっていく。
それに続いて、明確に失われていくものもあった。
炎による光が生まれたことによって、地下世界を包んでいた影が減り、徐々に明るさを取り戻していく。
ウルフルン「……!」
日野あかね「影に包まれた世界を行き交うっちゅーんなら、影ごと全部吹っ飛ばしたらええねんッ。ウチの炎で地下ん中全部照らしたる! ルプスルンの逃げ場ごと、全部消し飛ばしたるわ!」
外に光が射し込まないことで闇に包まれていた地下世界。
影と同化できる能力を駆使して暗殺の猛攻を突貫してきていたルプスルンだが、もしもその影が失われたら?
あかねの狙いは、自分の炎で地下全体を照らし出し、一切の影を払拭しようとするものだった。
ところが……。
ウルフルン「……ッ。ダメだ、あかねッ! もうやめろ!!」
日野あかね「……!?」
ウルフルン「影ってのは簡単に消えるモンじゃねぇんだ! 見てみろッ、オレらの足元!」
あかねは、あちこちでメラメラと燃え上がる炎の影響で闇が払拭された地下世界を見渡す。
その後で、自分の足元に目を落としてみると……。
日野あかね「………ぁ…」
そこには、自分の影が残されていた。