絵本の世界と魔法の宝玉! Last Season

□目に見えぬ襲撃
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 やよいが岩陰に隠れようとも目を離さない。

 一寸法師のサゼロンは、その岩の近場にある茂みの中に身を潜めながら、血の滴る裁縫針を勢いよく振るった。

サゼロン「そう上手くは仕留められないか…。狩人だったら楽勝だったんだろうけど…」

 自分自身を忘れるほどの豹変ぶり。

 もはや彼は“法師”ではなく、敵対する少女の命を狙う“暗殺者”として君臨していた。

サゼロン「次は目を狙うか…? いや、下手に視界に入れば逆に狙われるのはこっちになる…。どうしようかな……」

 ジルドーレの魔手に捕らわれて悪堕ちしたことで、サゼロンの基本戦術も格段に上がっていた。

 裁縫針を剣や槍として扱うのは当然だが、目標に向かって投擲するだけで弓矢並みの威力を発揮できるほどの身体能力まで手に入れている。

 遠方からやよいの首を狙って風穴を空けたのも、その矢の如き投擲力の賜物だった。

 唯一コントロールが難しい点から、頚動脈を外した結果となったわけだが。

サゼロン「それでも十分…。さてと、狩りの続きを始めようかな…」







 やよいと一寸法師のサゼロンが交戦している中、ちょうど真上の階にて洋館内を駆け回っている少年がいた。

桜野準一「アカーンッ!! 完全に迷ったわッ、ここ何処やねんッ!!」

 数十分前、みゆきたちとは遅れてこの世界に到着したメンバーの一人、桜野準一。

 しかし、今の彼は事情あって一人きりで洋館の中を駆け抜けていた。

 否、彼の場合のみ“二人”と言っていいものか微妙な点を抱えている。

桜野準一「次はどっちだ!? 右かッ、左かッ」

幻の宝玉『右は先程も通ったでござろう? 次に進むべきは左でござる』

桜野準一「だぁあああ!! この洋館、無駄に広すぎるわ!! どうなっとんねんッ、見取り図寄越せやッ!」

 準一が方向音痴、というわけではない。

 ジルドーレの策略か、この洋館の間取りは恐ろしく複雑であり、一種の迷路を思わせるような造りになっていた。

 そのため一人きりになってしまっている準一では、今の状況を打破することが難しい悪循環に陥っていたわけだが……。

桜野準一「………ッ…?」

幻の宝玉『……? どうしたでござるか?』

 不意に、準一の足が止まった。

 走るのを止めた理由は準一にも分かっていないが、何か違和感を感じた、というのが一つの答えだろう。

桜野準一「…何や……、今、変な感覚が…」

 走ってきた通路を少し戻って頭上を調べようと上を見上げた……その直後だった。



 天井を破壊するダイナミックな演出で、準一の走っていた階の一つ上から敵襲が訪れる。



桜野準一「ーーーッ!!?」

アクアーニ「侵入者を見つけた。私の最初の獲物は貴様であるか?」

幻の宝玉『アクアーニでござるッ!!』

 金棒を振り上げ、天井を構成していた瓦礫の山と共に準一の前に姿を現す。

 アクアーニ、デッドエンド・バロンの三幹部の一人だ。

アクアーニ「…………」

桜野準一「…マジか……。初っ端から、どエライ相手ぇ引き当ててもうた…」

 敵を目の前にグッと身構える準一。

 だが状況は最悪だった。

 何しろ準一は、有効な戦術を持っていない。

 どちらかといえば誰かの戦いを補助するサポート面の強い能力者なのだ。

幻の宝玉『どうするでござるか?』

桜野準一「(ここで戦って勝つのは完全に無理や。そんなん死にたがりのする無謀な自殺行為と変わらんで)」

幻の宝玉『では逃げるでござるか?』

桜野準一「(それが一番やけど……それをアクアーニが許して見逃すとは思えへんわ)」

 三幹部の中では常識人であり、それなりに話の分かるアクアーニだが、彼は登場時にこう言っていた。

 侵入者を見つけた、獲物はお前か、と。

桜野準一「戦う気、満々やんけ」

アクアーニ「当然だ。これは戦争であるぞ?」

桜野準一「……最悪や…。みんな、すまん…。俺が死んでも怒らんといてや……」

 しかし、そんな準一にも転機が訪れる。

アクアーニ「………む…?」

桜野準一「……ぅえ……??」

 更なる違和感が襲いかかってきた。

 今度は頭上ではなく足元。

 アクアーニと揃って視線を下げてみれば、次々と降りかかる瓦礫の重さに耐えかねた廊下がビキビキと音を立てて亀裂を走らせている。

桜野準一「ーーーッ!!? アカンッ、これまた崩れるでぇ!!」

アクアーニ「むッ、ぅぅ!! 少し派手に壊しすぎたかッ」

 アクアーニにとっても崩壊の第二波は予想外だったらしい。

 だが気付いたところで既に遅い。

 二人を飲み込むようにして、更に下の階層へ向けて、準一とアクアーニの体は落下を始めて行く。







 やよいの体は既に傷だらけだった。

 見えない敵、予期できない攻撃。

 その連続を受け続けるのに、自分の急所だけを守って今以上の致命傷を避けるのが精一杯だった。

 否、例え敵の姿を捉えられたとしても、やよいが反撃するのは難しかっただろう。

黄瀬やよい「(どう、しよう……。どうした、ら……ッ)」

 戦術こそ残酷だったが、やよいは暗殺者の正体が一寸法師であることに気付いていた。

 ここまで極小の攻撃と深いダメージ。

 そして、事前に魔王から聞いていた行方不明となった住人の情報。

 判明しているデッドエンド・バロンの全構成員を含めても、この中庭に潜伏している敵と一致するのは一寸法師以外に存在しないのだ。

 だからこそ、やよいは手出しが出来なかった。

黄瀬やよい「(ジルドーレの力で、こんなことをしてるのは……分かってる…。でも、それじゃあ…ッ)」

 悪堕ちしているだけで、心優しい住人だったことに変わりはない。

 人一倍優しいやよいの判断では、一寸法師を倒す、という戦術を組むことなど出来るはずもなかった。

黄瀬やよい「(逃げたところで、絶対に追ってくる……。誰かの助けがないと、わたし一人じゃ……この状況を覆せない……ッ)」

 情けないとは思わなかった。

 誰だって、良心のある者を相手に戦うことは気が引けるはずなのだから。

 すると……。

 そんな思いに、もしかしたら誰かが答えてくれたのかもしれない。

黄瀬やよい「……?」

サゼロン「……?」

 やよいと、敵対している一寸法師のサゼロンも気付いた。

 天井から、パラパラと石屑のようなものが降り始め、バキバキと妙な亀裂音が聞こえ始める。

 二人揃って頭上を見上げて、天井が崩壊しかかっていることに気付いた……その瞬間。



 待ちかねた幻想師の少年と見覚えのある青鬼が、二人揃って降ってきた。
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