movie short
□我君ヲ想フ
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――もし運命の赤い糸が2本あったら、どうなるんだろう。
ベネッタは頭の中で繰り返した。
今見ているテレビ。そのコマーシャルの中で少女が今言っていたのだ。
「2本、ねえ」
それは赤い糸と呼べるのか?いや、赤い糸自体それほど信じてもいないが。
「……馬鹿馬鹿しい」
口ではそう言いつつも、心ではそれだけで捨てきれていない。
考えてしまっていた。自分に当てはめて。
人間とはいかにも都合の良い生き物で、自分に当てはめられるような魅惑な言葉を見つけるとすぐに食い付く。それがテレビや小説などだと尚更だ。
しかもあからさまにではなく、今の自分のように一見"冷めた"ふりをするから厄介に思う。
「2本」
同時に2人の異性を好きになる人間は多々いるとは思う。だが。
同時に1人の人間と、1体のエイリアンだったら?
ああ、そっちの方がよほど馬鹿馬鹿しいのかもな……。
ベネッタはこのアメリカの国で生きる普通の社会人。毎日コンピュータを相棒にコツコツ仕事をしている。
恋愛もいたって普通にしており、婚約者もいる。なのだが……。
だいぶ前に、1人――ではない、1体のエイリアンと出会った。
『ずいぶん浮かない顔をしているんだな』
終電で家の最寄まで何とかたどり着き、重い足を引きずるように歩いていたあの夜。すっかり夜もふけて車通りの無い住宅街のど真ん中で話しかけられた。
車に詳しくはなかった上にあまり明るくなかったため車種は分からなかったが、とても目立つ青だったのを覚えている。綺麗な青。
あの夜から約3ヶ月、ほぼ毎週近くの公園で夜に会うようになっていた。
彼は人間の複雑な感情を理解してくれる。愚かである事を理解し、それでいて良い部分も理解し、私という"個人"を見つめてくれる。
婚約者とは週に何度か会うのだが、最近は青い彼といるときの方がよほど楽しい。
この悩みを先ほどの言葉に当てはめて、ベネッタは考えていた。
「……シャワー浴びよう」
ふと時計に目をやると、もう20時。もうすぐ約束の時間。
ベネッタはテレビを消し、何を着ていこうか考えながらシャワールームへと向かった。
*
「やあ、早かったではないか」
「先に来てたくせに何その台詞」
「ああ……桜を見ていた」
住宅地からすぐそばの公園。風が吹き咲き乱れた桜の花びらが舞う中、彼は佇むようにそこにいた。
この公園は夜中でもずっと明るく、お互いの姿も良く見える。
美しい。ベネッタは桜吹雪の中木にもたれ座る彼を見て、素直にそう感じた。
「どうした?」
「ん?ううん」
今夜は風が強く、いっそう強く風が吹くと、散る花びらもまたその数を増やす。
まるで花びらに飲み込まれているかのようだ。
「ベネッタは桜が似合うな」
「え?そう?」
「ほら、桜も"その通り"だと言っているぞ」
彼に指差された髪の毛に手を触れると、何枚かの花びら。ピンクで小さくて、可愛らしい。
「ベネッタの前世は桜だったのかも知れないな」
「どうして?」
「そうやって花びらの海にいる姿。まるでベネッタ自身も花のようで、一瞬見失ってしまいそうになる」
「見失わないんだ」
「見失わないとも」
ふと彼がベネッタの周囲を手でひと煽りした。ぶわっと花びらが横殴りに乱れ舞い、彼女に吹きかかる。
「君はこの淡い桃色の中に咲く、真っ赤な1輪の花だ。私は決して見失わない」
「……そっか」
「何も案ずることは無い。君がこの海に飲まれそうになった時。その時は」
彼はベネッタに手を差し出した。
「私が君をそこから引っ張り上げてあげよう」
ベネッタはずっと彼を見つめていたが、キュウと胸が苦しくなり、そこで俯いた。
彼はこんなにもまっすぐ私を見てくれる。こんなにも。こんなにも。
「……ドリフト」
「なんだ」
「私……人類の中で一番、愚かな奴なのかも知れない」
「何故だ?」
「婚約者がいて、仕事もまあまあ順調で、このままこの道を進めば、きっと人間としての平凡を手に入れられる。けど――」
ベネッタは自身を抱きしめるようにぎゅっと腕を組んだ。
「けど、女として、本当の気持ちに逆らえない自分がいる。――どうすべきか分からないの」
「言ってみるんだ。聞いてあげよう」
「これを言ったら――今が壊れそうで、怖い」
「大丈夫だ」
「大丈夫?」
「もちろん」
ベネッタは一呼吸置いて、そっと口を開いた。
「……あなたを、好きになってしまった」
それから沈黙が流れ始める。閉ざした視界の中、風の音を聞きながらベネッタは思っていた。「ああ、終わった」と。
だが――。
ふわりと風が止んだ。そして、近寄る気配。
ふ……と、やさしく髪の毛に金属の感触。
「ようやく奪えた」
ベネッタは目を見開いた。
あとがき
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