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□女は度胸
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人生でこんなにも最悪と思える日はあっただろうか。
「何でよ……何でよ……」
ベネッタは何度も呟きながらシカゴの街並みを駆け抜ける。残骸だらけで地獄そのものと感じるようなその街並みを。
今日は何人が目の前で死んだのだろう?車に轢かれた者。下敷きになった者。錯乱した人間に殺された者。エイリアンに殺された者。
今日は祖母の家で私のパーティだったのに。今日は私の誕生日なのに。
考えれば考えるほどに今の状況が苦しくなる。もう、祖母や友人たちは死んでしまっただろうか?
上空を宇宙船のようなものが飛んでいった。それも何機もだ。恐ろしくて目も向けられない。
「最悪、最悪、最悪」
こんなにも走り続けているのに、どうして誰も何もいないの?みんな殺された?壊された?
その時だった。
「おい、止まれ」
「え?」
後ろから声がしたが、こんな状況にベネッタは冷静さを失っていたのだろうか。止まれと言われた理由など気にもとめず、すぐさま振り返った。
助けを求める人間かと思いきや――。
「なぜこんな所に人間がいる?あいつらの仲間か」
「ひっ……」
男はベネッタに拳銃を向けているではないか。それも冗談ではなさそうだ(当たり前だが)。
「答えろ。お前はなぜここにいる」
「何故って……あなたこそどうしてそんなことするの?早く逃げないと――」
「動くな」
錯乱しているのかと思い逃げようと説得を試みるも、1歩歩みだした時点で安全装置を外して脅されてしまった。彼は至って冷静らしい。なぜ。
「名前を言え」
「……ベネッタ・フォルギリア」
「ほう、聞いたことの無い名前だな。お前はオートボットの仲間か?」
「……そういうあなたはディセプティコンの仲間かしら」
「そんなことはどうでもいい。今重要なのはお前があいつらの仲間かどうかだけだ」
「――そうだと言ったら?」
「殺す」
「違うと言ったら?」
「殺す」
何だそりゃ、聞く意味あるのか?まあそんなことは放っておいて。
「言っておくけど私はエイリアンと話したこともないし会ったことも無いわ。見逃して頂戴」
「それはできない」
「なぜ」
「この俺の正体を知ったからだ」
「……自分から言ったも同然じゃない、馬鹿じゃないの」
「なんだと?」
再び銃口が強く突きつけ直される。簡単に挑発に乗ってくれた。
――まあ、怒らせたところで作戦も何も無いが。
「何なのよどいつもこいつも。殺しあって街を破壊しちゃってさ。おまけに人間の仲間までいるだなんて」
「この野郎、今の状況が分かってないのかよ」
「はっ、今の状況?そんなの知らないわよ」
「死ぬかもしれないんだぞ、もっと怖がれよ!!」
「誰があんたなんて怖がるの?クソくらいなボケが」
「このアマ……本当に殺してやる」
「ふん」
背中を冷や汗が伝う。馬鹿が、怖くないわけが無い。今にも涙を流して悲鳴をあげたくなるほどに恐ろしいとも。
だが、こんな格好つけ野郎にそんな無様な姿を見られた上で殺されてしまうのはもっと嫌だった。なんとなく。
さあ、余裕の顔をしていられるうちに殺してくれ。早く。
「殺してやる……」
「っ――……」
銃口の奥の闇が恐ろしい。その奥の弾丸が、もうじき私の額を貫くのだろう。早く。
あげている手が震えだした。呼吸もだんだん保てなくなる。
早く。
「どうしたの、早く殺しなさいよ」
怖いの?
怖いとも。
引き金に掛かった男の指に力が入る。その瞬間がとても長く感じた。
もう、息もまともにできない。
死にたくない。
怖い。
早く!!
「おい人間、誰の許可でその女を殺すんだ?」
「なっ」
「え?」
背後から声が聞こえ、男の表情が変わる。
なんだ?何かが近づいてきて――。
振り返った瞬間、またベネッタは小さく悲鳴をあげた。
エイリアンだ。はじめてこんな近くで見た。
「悪いがその女は俺様の玩具だ。殺すのならお前を殺す」
「ちょ、待ってくれ!!普通の一般人がこんな場所まで来るわけが無いだろう、だから俺は――!!」
「言っただろう?」
エイリアンは男に腕の銃口を向けた。なんてデカイ銃口だ……。ベネッタは驚きを通り越して何も感じられなかった。
「この女は俺様の玩具だ。一般人とは違って当たり前なんだよ。俺様が連れてきたんだからな」
「そ、そんなこと一言も聞いてないぞ」
「聞いてないから殺すのか?ん?」
「わ、わかった、わかった!!もう、行かせてもらうぞ。仕事があるからな……!!」
「ふん、人間は本当に馬鹿だな」
男は恐怖し足早にその場を去ってしまった。やはり仲間とはいえ逆らえない存在なのだろう。このエイリアンも冗談には見えなかったし。
「……あの」
「なんだ、女」
「助けてくれてありがとう、あの――」
「礼ならおまえ自身で良い」
「え」
「さっきのお前の返しを聞いていたが、気に入った。人間の女なんか貧弱で魅力のかけらも無いと思っていたが」
「ちょっと、あの、私帰らないと」
「そんな度胸ある女を逃すと思うか?いいか」
エイリアンは指をベネッタの心臓の真上に突きつけた。ちょっと痛い。
「お前を殺すは俺様だ。覚悟しろ」
ドクッ、とベネッタの心臓が跳ねる。エイリアンが一瞬嘲るような笑みを浮かべた気がした。
「好きな場所へ逃げればいい。どこへでも。この星の裏側まででも」
「へ……?」
「だけど逃がしはしない。コレが終わったら、すぐさま見つけてやる。一瞬で」
「え、え」
「それまで絶対に死ぬなよ」
「ええ!!」
エイリアンはあっという間に戦闘機に変形し飛び去ってしまった。おいおいおいおい、なんなんだ今のは。
一瞬過ぎてわけが分からない。
「……なんで私ってば、ドキドキしてんのよ」
そう、そうだ、エイリアンが怖かったからに違いない、そうに違いない。
ベネッタはため息をつき、落ち着かない身体で再び走り出した。
「……そんなこと言うんだったら、名前くらい言いなさいよくそったれ」
――――人生でこんなにも最悪と思える日はあっただろうか。
あとがき
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