とりとめのない日常。
□とりとめのない日常。
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冷えた足先を温めるべく、ヒーターの前に腰をおろした。
膝を抱えて赤くなった足先をぼんやりと眺める。
温風が音を立てて皮膚を撫でていく。
壁掛け時計の秒針が進む音に耳を傾けた。
ずっと音を聞いていると、確かに時計が奏でている音なのに、時が止まっているように感じた。
ぐるーっと世界が歪んで異世界へと連れて行かれるような感覚に陥る。
その感覚に体を委ねたところでどうだってことはないのだが、どうせなら連れて行ってくれたらいいのになんて思ってしまう。
毎日が空虚だった。
何一つ不自由のない暮らしをしているのに、心にぽっかりと穴が開いてしまっているようで、何にも心が動かされない。
感動がその穴を通り抜けていってしまっているように。
温厚な父親がいて、心配症の母親がいる。
最近、思春期の弟もいるし耳が遠くなった祖母もいる。
私はありふれた一般家庭の長女として生まれ、ありふれた日常の一人として生きている。
困っていることも、辛いことも特にない。
むしろそれらの感情もどこかにすり落としてきてしまったのかもしれない。
そう思えてしまうほど、毎日に何も感じることができないでいた。
原因は不明。
いつからこうなのかも分からない。
寝るところがあって暖かいご飯を毎日三食きちんと食べることができる。
世界では銃を持つ子どもがいるというのに、こんな暖かい部屋で空虚感に包まれている。
贅沢だと分かっている。
分かっているのに毎日が鬱陶しくて仕方なかった。
ヒーターに手をかざした。
急に熱をかけられて手先が真っ赤になっていく。
右手の親指にささくれを見つけた。
ささくれができるのは親不孝をしているからだと、幼い頃に教わったが、本当にその通りだなと思う。
酷くなると分かっていて、ささくれをむしってみた。
案の定、綺麗にむしりきれなくて、ささくれの根本数ミリが少し残って赤く滲んでいた。
痛みがジンジンと伝わってくる。
こんなに小さな傷口なのにしっかりと痛みがあるんだ。
感情や感覚はこんなにぼやけているのに、痛みだけが鮮明だ。
他がぼやけているから余計にそう感じるのかもしれない。
小さな血だまりを口に含んだ。
ほんのりと鉄の味が口内に広がった。
美味しくない。
美味しくないのにどこか落ち着く味だった。
ケータイが緑にチカチカ光って私を呼んでいる。