短編小説

□闇を溶かして
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『なんて醜い子なの!?こんなの私の子じゃない!』

ーー醜くなってしまって、ごめんなさい。

『近づかないで!汚らわしい!!』

ーーそんなこと言わないで、母上。

『母上なんて呼ばないで!!この化け物!!』

ーー化け物になってしまって、ごめんなさい。





「…っ!!」

こめかみに大量の汗を滲ませながら、政宗は布団から飛び起きた。

暗闇の部屋に、はぁはぁと荒い息遣いの音が響く。

胸の辺りを手で押さえながら汗を拭う政宗は、今しがた見ていた夢の内容を振り返る。

幼いあの日、病気で右目を失ってから実の母親からの愛を失ってしまった。

醜い、汚らわしい、化け物と罵倒の数々を浴びせられたあの日ーー。

母と呼ぶことさえ許されなくなってしまった、忘れることのできない痛み。

周りの家臣たちも見て見ぬふりをし、冷たい態度をとった。

まるであの時がそのまま再現されたかのように、政宗が先ほど見た夢は正確に昔を映していた。

(っ……何で、今更こんな夢を見ちまうんだっ…!)

呼吸が落ち着いてくると共に、政宗は言いようのない不安感に襲われ始める。

肉親からも、家臣からも突き放されたあの日の自分に戻ったかのように、泣き出したい気持ちになった。

誰か、自分を抱きしめて…。

誰か、自分を愛して…。

せめて、隣に居てくれるだけでもいいから…。

それらの願いが、政宗の心や頭の中を埋め尽くす。

目もとから溢れ出しそうになる涙をぐっと目を瞑ることで堪え、政宗は自身の身体を抱きしめた。

「っ…奥州筆頭が、こんな弱気になってどうすんだよ…」

ポツリと呟かれた声は、誰の耳に届くこともなく部屋の中に消えていく。

すると、障子の向こうから静かな足音が聞こえてきた。

キシ、キシと音を立てている相手は、政宗の部屋の前に来るとその足音をピタリと止める。

そして、その足音の主ーー小十郎は、部屋の前で正座をすると、小さいけれどよく響く声を発した。

「…政宗様、いかがなされましたか?」
「…小十、郎…何でここに…」

小十郎が来たことにより思わず動揺した政宗は、震える声で聞き返した。

小十郎は、動揺を隠せていない政宗に対して眉を顰めながら政宗の問に答える。

「…先ほど、政宗様のお部屋から呻き声のような音が聞こえてまいりましたので、心配になり…」
「…相変わらずの地獄耳だな…」

政宗のどんな小さな異変にも気づくことのできる小十郎に、政宗はハハッと力ない笑い声を発した。

しかし、それで気分が上がることもなく、政宗は尚も自身の身体を抱きしめ続ける。

(…こんな夜中に小十郎起こさせちまって、俺も迷惑な奴だな…)

そう思い、政宗は小十郎に寝室に戻るように言おうと口を開きかけた。

しかし、思いとどまり口を閉ざしてしまう。

ーーこの不安な気持ちを、聞いてもらいたい。

自分の中で溜め込んでしまうのは、辛い。

普段なら、奥州筆頭である自分が弱音を吐くなんて考えたこともなかった。

しかし、今日だけならそれも許されるだろうかーー。

その思いから、政宗は未だ震える声で障子の向こうにいる小十郎に命令した。

「…中に入れ」
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