secret moon

□プロローグ
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夏目漱石ってなんで「I love you」を「月が綺麗ですね」って訳したんだろう?

そう言って君は笑った。
まだお互いに幼さが残るあどけない笑顔で。今ならその答えとともに想いを君に伝えることができると言うのに。

君はいない。

もしも願いが叶うなら、
もう一度君に会いたい。

ここ数年そう何度も月に祈りを捧げてきた。未だその祈りは月へと届いてはいないけれど。君が恋しい。


「これ書いたの自分やろ?」

「えっ!?」

唐突に私の席に来て一冊のノートをチラつかせながら同じクラスの男子生徒、忍足侑士くんにそう尋ねられた。

本当に唐突だ。跡部様の次くらいに女子生徒に人気者の忍足侑士。

そして中身を見られた。
私の書いた稚拙な字で紡がれた文章。
まだ少ししか書かれていない物語の欠片。

いや、物語と言っていいのか、
正直自分でもよくわからない。

幼い頃の記憶と咄嗟に頭に浮かんだ文字を消える前に書き留めたものだ。


「ど、どこでそれを?」
「ん、落ちとったから拾うた」

否定しない私に忍足侑士はにっこりと笑いそう答えた。その答えを聞いて私は頭を抱えた。

落ちてたって、落ちてたって、
落とすなよ、自分。
大事なものだろう!?


「先生達が拾わんで良かったなぁ。」

確かに。忍足侑士の言う通りで先生達に拾われたら大変だ。最悪職員室に呼び出されて説教ものだよ。

「ありがとう、忍足くん」

ノートも返してもらえたし、この話はもう終わりだ。忍足侑士も落とした主が自分だとわかったのだからもう用はないだろう。このまま、自分の席に戻るだろう。そう思っていた。


なのに、


「自分、恋愛小説書くの好きなん?」
「はあ?」

このまま何故か会話が継続される。

本当に何故だ。

自分への興味はなくなったはず。

「俺、恋愛小説が好きなんや」

「えと、そうなんだ。」

なるほど、忍足侑士は恋愛小説が好きなのか。ここで自分も好きと答えるべきだろうか。そんなことをずらずら考えていると答えを肯定にとられたのか。忍足侑士に両手を握られた。


「俺に自分の小説読ませてくれへん?」

「へっ?」

忍足侑士は今何と言った?
読ませて欲しい。
何を?
自分の書いた小説もどきを。

「……。」
「あかんの?」
「いや、あの…」

こんなありきたりな文章読んでても面白くないだろう?続けるかどうかもわからないのに。一体何が忍足侑士の興味を惹いたのか。

「ほな、また読ませてな」

有無言わさずに忍足侑士は予鈴がなると自分の席へと戻っていってしまった。これはどうなんだろう。

また読ませて欲しいと言うことは続きを書けと言うことか。なんだか面倒なことになったなぁ。



そう思いながら先程忍足侑士に渡されたノートの表面を撫でた。 


To be continued.
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