series2
□他人からへの評価
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「あ、跡部くん、ここに居たんだね」
夕方、たこ焼き屋で使う食材の手続きを済ませた私は広瀬さんと分かれて跡部くんを探しに広場へとやってきた。
「風宮か、今朝は悪かったな」
今朝忍足から話は聞いたと言って私に謝る跡部くん。そんな彼に私は首を横に振った。
「いいよ、跡部くんが悪いわけじゃないし」
「そうか。だが、アイツらは学園祭が無事に開催出来るまでこの施設の出入りを禁止する。動画を見てそう判断した。」
「そっか。……えと、喫茶店の食器類の申請のことなんだけど」
「ああ、お前。どれを選んだ?」
「派手な物は少し控えたよ。これなんだけど」
持ってきていた食器類のカタログを跡部くんに見せる。跡部くんは私が選んだものを見つめて言った。
「わりと地味目だな。理由は?」
「料理の種類が豊富だからあまり派手だと、料理の色との対比が悪くなると思って」
「フン。まぁ悪くない理由だ」
「じゃあ、これでいいかな?」
「ああ、数は多目に申請しておけ」
「わかった!」
跡部くんの許可が出たので私は彼と分かれて早速委員会本部へと戻り、食器類の手配をしようと広場から離れようとした時、ある物を目撃してしまった。
「……。(あれは忍足くん?)」
それは忍足くんと他校の女子生徒が一緒に居るところ。以前、全国大会で見かけた【寿葉ちゃん】とはまた違う女子生徒だ。
会話は聞こえないけど……。
きっと告白の類だろう。
忍足くんが告白されるのは何も珍しくないが。
居心地が悪いと思い、早々に忍足くんの背中から背を向けて広場から去ろうとした時、パチーン!という音が響いた。
その音に驚き私は立ち止まってしまった。
振り返ると、遠目で忍足くんが女子生徒に平手打ちを食らっているのを見てしまった。
平手打ちをした女子生徒は怒りながら何処かへと走り去っていく。忍足くんも叩かれたほうの頬を押さえてどこかへと歩いていった。
「……。」
広場に残された私は慌てて駆け出した。
まずは医務室で自分のハンカチを濡らした。現在、私の頭の中にあるのは叩かれた忍足くんの姿だった。彼を早く見つけて腫れた頬を冷やさないと。
屋内テニスコートも模擬店スペースも広場も探したが、どこにもいない。あと探していないのはステージか。
「忍足くん!やっと見つけた!」
探していた彼はステージの観客席に座り込んでいた。
「ん……なんや、風宮さんか。どうしたんや、そんなに慌てて」
「えと、あのね。……あ、やっぱり赤くなってる。これ使って」
私はそう言って忍足くんに自分で濡らしたハンカチを差し出した。それを見て忍足くんは私に言った。「これ、風宮さんのハンカチか?濡らしてあるけど……それに、やっぱりってどういう事や?」と。
「ご、ごめん!さっき、君が告白されてるところ、見てしまって……」
「あー、ついでに平手喰ろうてるところも見たんか。で、このハンカチか」
「ご、ごめん。」
「いや、謝らんでええよ。それに俺を心配して探してくれたんやろ」
「うん、派手な音してさ、あの子、力いっぱい叩いたんだろうなと思って……」
「ああ。めっちゃ痛かったわ。あ、ハンカチ借りるな」
忍足くんはそう言うと私のハンカチを手にとって自分の腫れた頬に当てる。それを見て私は頷いた。しばらく冷やしてれば、すぐに腫れも引くだろう、と。
「……」
「……」
「あの子な。全然知らん子やってん。」
沈黙の中、忍足くんがそう言って話を切り出した。私はそれを黙って聞いて彼の隣に腰を下ろす。
「で、テニスがうもうて、天才って呼ばれる俺が好きになったから付き合って欲しいって言われたんや」
「……」
「俺、天才のほかに曲者って呼ばれることもあるけどな」
「曲者?」
「ああ。でも自分ではそう思うてないし、所詮は他人の評価や。好きに言わせといたらええと思ってる」
「……」
「せやけどな、どうもあの子は、その他人の評価が大事らしいねん。自分自身の価値観やのうてな。俺が『他人が天才とか、何て言おうが別にええねん。自分は俺の事どう思ってる?』って言うたらな、『天才と呼ばれていること、他の人から見てあなたがどう思われているかが重要だ』って力説しとったわ」
「へえ…」
「風宮さんはどうや。他人から自分がどんな評価を受けてるかって気になるか?」
「私は別に……気にしない。人に何を言われようが私は私だから」
「俺もや。だから『顔も知らんし他人からの評価だけで判断する子とは付き合う気はない』ってゆうてんけど……なんか切れられてなぁ……」
「それで平手打ち……」
「そうや。ま、プライドが高そうやったからな。断られると思っとらんかったんやろ。確かにきついけど美人だったしな」
「……」
「美人でも……ああいう子は願い下げや。疲れる」
「お疲れ様」
「ま、もう二度と話し掛けても来んやろ。……悪かったな、風宮さん」
「え?」
「偶然とはいえ、あんまり見て楽しい光景でもなかったやろ。それに心配かけたし、愚痴まで聞いてもらってるし」
「な、なーん。私が勝手に見てしまったから……あ、まだ痛い?」
「いいや。まだ赤うなってるか?」
忍足くんがそう言って私の顔の側まで顔を近付ける。私はそんな忍足くんの腫れていた頬に優しく手を当てた。触れた頬の熱は引いていた。
「…よかった。もう、だいぶ元に戻ってるね」
「風宮さんのハンカチのおかげやな。あのまま帰るのはちょっと情けないからな」
ありがとうさん、と忍足くんは役目を終えた私のハンカチを返してくれた。
「………不思議やな。こんな話、今まで人にしたことはなかったんやけどな。風宮さんにはなんか聞いてもらいとうなってな……」
「そう?」
「ああ、なんでやろうな……ほんまに」
「……忍足くん?」
「……さて、もうそろそろ閉館時間やな。風宮さん。駅まで一緒に帰らんか?」
「え、うん。……あっ!ごめん!跡部くんに頼まれた喫茶店に使う食器類の申請するの忘れてた。今から本部に申請出してくるよ」
「……ほんまに真面目やな。俺も付き合うわ」
こうして、この日は忍足くんと一緒に寄り道もせずに帰った。
To be continued.