S.A.D
□なんて日だ! 前編
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「な、何これ?」
朝。いつもより早く目を覚ましてベッドから起き上がる。それまではよかった。問題なのは私の髪だ。
成人式に出席するために髪を伸ばしていた私の髪は何故か短くなっている。昨日までは確かに長かったはずだ。
信じられずにベッドから降りて部屋の隅にある姿見へ向かう。姿見に映る私は確かに髪が短い。そしてもうひとつあることに気付いた。
「なんか顔つきが幼くなってない?」
首を傾げてそう声を出す。
私の疑問に答えてくれる声はない。
姿見から離れて今度は自分の部屋を見渡していると、他人に譲ったはずの制服や鞄など。学業に必要なもの一式が真新しく綺麗に揃っていた。
「私、大学生だよね?」
思わず手に取った本のタイトルは『中学1年の数学』と書かれている。中身も中学1年に習うものだ。
「どうなってるの?」
まるで、某探偵漫画の主人公みたいな現象である。まさかこれは巷で噂されている若返りと言うものだろうか。
謎に包まれてる組織という者に縁もなければ変な薬も飲まされてないぞ。
そう思いながら改めてハンガーにかかっている制服を眺めてあることに気付かされた。
「……私の卒業した学校ってセーラー服だったはず」
ブレザーではなかった。
どこの制服だ、これ。
なんかどこかで見たことあるけど。
「あ、そうだ。パスケース」
現在の自分の身分を証明できるもの。パスケースに入れた学生証の存在を思い出した私は引越しの時にお別れしたはずの勉強机に向かう。
「……『氷帝学園中等部1年』?」
見つけた学生証にはそう印字されていた。学生証から顔を上げてまた制服を眺める。氷帝って、まさかあの氷帝?
おいおい、これはただの若返りじゃなくてもう一つ、巷で噂されている若返りトリップというものか。しかもトリップした場所はあの『テニスの王子様』。通称、テニプリの世界。
「ほんまけぇ……」
突き付けられた現実に思わず訛る。本日、成人式を迎えるはずだった朝に若返って漫画の世界へトリップ。しかも主人公のライバル校である生徒になってるなんて昨日の私は夢にも思わないだろう。こんな非現実的なことを体験するだなんて。
「だちゃかん……」
項垂れていると、コンコンとドアをノックされた。大学生の時は一人暮らしだったけど、現在の私は中学1年生だから当然親と暮らしているはずだ。親はどうなっているのだろう。別人とかだったらさすがに気まずいぞ。
「葉月、入るよ!」
「!(この声は母さん)……あ、うん!どうぞ!」
聞き慣れた母さんの声に私はそう返した。がちゃり、とドアが開いて顔を覗かせたのは私と瓜二つの女性である。母さんも若くなってる。
「アンタ、なんでまだ寝巻きなが?」
今日は大事な入学式だから早く準備しなきゃダメだと言ったはずよ、と呆れた顔をする母さん。
「え、今日、入学式なが?」
「そうよ、自分のことなんだからもう少ししっかりしてもらわないと」
後で困るのは自分なんだからね、と私を叱る母さん。私はとりあえずごめんと謝った。
「まあいいわ、さあ早く着替えて学校行く準備が出来たら下に降りてきなさい。朝ごはんはもう出来てるから」
「わかった」
うん、頼むわよ、と母さんは最後に笑ってドアを閉めた。私は母さんに言われた通りに寝巻きを脱いでハンガーにかかっている制服に手を伸ばした。
「これでよしっ!」
制服に着替えた私は姿見で身だしなみを整え、学校へ行く準備も出来たので下へ向かった。下で待っていた母さんがあら似合ってるじゃない。可愛いわねと声を掛けてきた。
「ねぇ、母さん」
「なに?」
「父さんは?」
私の言葉に母さんは苦笑いを零す。
「もう会社に行ってしまったわよ」と。
「そっか」
ここの父さんも仕事で入学式には参加しないのか。朝ごはんを食べながらそう思っていると母さんが言った。
「それじゃ私も支度してくるから」
お皿洗っておいてねと言って母さんは自分の寝室へと向かう。その背中に私はわかったと声を掛けた。
「えと、氷帝学園に向かう電車は」
支度を終えた母さんと私は氷帝学園に向かう為、駅へとやってきた。ここ、東京だよね。見たことや聞いたことがある駅名もあるが、どれが氷帝に向かうのだろうと悩んでいると母さんがこっちよ、と私の手を握ってホームへ誘導していく。ホームには既に電車が停まっていて同じ制服を着た人たちが乗り込んでいた。私達もその電車に乗った。座席には座れないので扉付近で固まっていた。
「あ、」
すると反対のホームの電車に1人、テニスバッグを肩にかけた氷帝の制服を着た男子が慌てて乗り込んでいるのが見えた。え、あれは違う電車じゃ…。
その電車の扉が閉まり、その子はこちらに振り返り、扉の窓に手を当てた。その表情は乗り間違えた!と気付いた様子だが……。
その子を乗せた電車が走り去る。私はあの子のことを一方的に知っている。あの丸眼鏡にあの肩に届きそうな長い黒髪は身長が低くて顔つきも幼かったけれど、彼は……。
「葉月?誰か友達でもいたの?」
「あ、うん。」
母さんの言葉になんとなく頷いた。
あの子は幼い忍足侑士だった。
苗字の読み方を辞書で調べるくらいに彼のことは少しだけ知っていた。
もしかして、ここの彼らは私と同じ中学1年生なのか。と、言うことは原作前の世界ってことになるよね。
「ほ、ほんまけぇ…」
本日二度目の訛りである。扉が閉まり動き出す電車の車内で小さく呟いた。
とりあえず、今わかることは忍足侑士は入学式に遅刻するだった。
To be continued