S.A.D
□クセが強い!
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修学旅行が終わってから数ヶ月が過ぎた。私は新3年生へ進級した。クラスは3年C組。滝くんとクラスは違っても交流は続いている。
そして新しいクラスメイトの中にはテニプリ主要メンバーが2人も在籍していた。芥川慈郎と宍戸亮。あまり関わることもないだろうと思っていた私の隣の席は芥川くんだった。
芥川くんはテニス以外にあまり関心が湧かないのかいつも机にうつ伏せに寝たり、外で眠りこけて後輩の樺地くんが連れて来てくれる時もあれば教室に帰ってこない時もある。
私は彼の隣の席なのでたまに教師に芥川くんを探しにいってくれと頼まれることが多い。
このままでは成績に響くと心配した私達クラス一同は芥川くんに各科目の授業で学習したノートをコピーしたものを渡している。そのお陰か平常点以外で彼が赤点を取ることはない。
宍戸くんには甘やかし過ぎるだろと文句を言われるが、宍戸くん以外のクラスのみんなはこればかりは仕方がないともはや割り切っているのだ。
「ゲームセット、3年C組風宮。ゲームカウント3-0」
「「ありがとうございました!」」
今日は5月恒例行事の球技大会が開幕している。私は卓球に出場しており、先程勝利を収めて次の試合に進出することが確定した。
相手と握手を交わし終えた私は体育館の隅っこへと移動して休憩していた。そこへ、誰かが私に話し掛けてきた。「ねえねえ、君ってすごいね!」と。
「あ、芥川くん?」
俯いていた顔を上げると、いつもは眠そうにしている芥川くんがぱっちりと目を開けて嬉しそうに私に向けて笑みを浮かべている。
「さっきのコードボール!まるで丸井くんを見てるみたいだったC〜!」
「え、丸井くん?」
やたらテンションが高い芥川くんの言葉を私は驚きながらも首を傾げる。丸井くんって確か立海大テニス部のレギュラーだよね?
「そうそう!あれ、あのコードボールはまぐれじゃないよね!?妙技だよね!?」
「みょ、妙技?」
あ、思い出した。丸井くんって綱渡りと鉄柱当ての妙技を得意とするプレイスタイルはサーブ&ボレーの選手だ。頭の中に残っているテニプリ知識が私の頭を働かせる。
「えと、あのコードボールは残念ながら妙技じゃないよ。たまたまネットに当たって」
「えっ!?そーなの!?ずっと試合見てたけど、君、ほとんどコードボールで試合勝ち続けてるじゃん!」
「(ずっとっていつから見てたんだ?)た、確かにそうだね、芥川くんに言われるまで気付かなかったよ」
「えー、じゃあ本当にまぐれなの?優勝したら妙技のコツ教えてもらおうと思ったのに」
「優勝って、気が早いよ」
「えー、でもあのコードボールの技が決まったら優勝間違い無いじゃんか」
「いや、だからあのコードボールは技じゃ無いって」
次の試合も上で観てるから頑張ってね、と本格的に目を覚ました芥川くんがそう言って私の元から去っていった。優勝、っておいおい。
「あ、危ない!避けて!」
「えっ?」
誰かの焦った声が聞こえた後、額に何かが当たって、後ろへと傾いていく身体に私の視界は真っ黒に塗りつぶされた。
「風宮さん、俺だよ。滝だよ。わかる?」
「た、きくん?」
ふと目が覚めると滝くんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「風宮さん!よかった!」
「……ここ、どこ?」
「保健室だよ。バスケットのボールに当たったの覚えてない?」
「あー…あれバスケットボールだったのか。えと、私の眼鏡はどこかな?」
視界がぼやける、という私の言葉に滝くんは困ったように言葉を濁らせる。「眼鏡は…」と。
「もしかして、壊れちゃった?」
「うん、たまたまそこに居合わせた奴が吹っ飛んできた君の眼鏡を踏んじゃってフレームが、ね」
はいこれ、と滝くんから渡されたのはフレームがぐにゃぐにゃに歪んだ私の眼鏡だった。私はその眼鏡を滝くんから受け取った。この状態じゃもう掛けれないか。お気に入りだったのに買い直しだな。放課後、眼鏡屋さんに寄って帰らないと。
「そうなんだ」
「君を保健室のベッドまで運んで俺に教えてくれたのもソイツなんだ。君が目を覚ましたら代わりに謝っといてくれってさ。自分で謝れって話だよね」
「そっか。あ、球技大会どうしよう」
「視界が歪むのなら棄権するしかないでしょう。ソイツも卓球の試合が控えててさ、君のことは審判を務める先生に伝えておくからとも言ってたよ」
「そうなんだ。それは有難い。ところでその人って誰?滝くんの知り合いなんだよね?」
「まあね。けど、俺の口からはソイツの名前は言えないんだ。アイツ、妙なところで秘密主義な時があるからな」
変な奴なんだ、と滝君はおかしそうに笑う。私はフレームの歪んでしまった眼鏡を両手で弄びながら見つめた。こうして、保健室に運んでくれた人が誰なのかわからないまま、私の球技大会の戦いは終わった。
To be continued