S.A.D
□クセが強い!5
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「来てしまった」
全国大会が開催されているテニスコートに私はやってきてしまった。今のところ氷帝は勝ち続けている。
氷帝テニス部は青学と沖縄の比嘉中の闘いを観戦していた。青学が勝利を収めてそれを見届けて帰路に着こうとした時、大きな声で跡部くんに話しかける女の子がいた。
「跡部様おら弁当作ってきたんだけんど!」
「失せな、雌猫」
「堪忍な。自分もはよ帰ったほうがええで」
跡部くんにバッサリと切り捨てられて落ち込んでいる彼女を励ます忍足くんの姿があった。可愛い子だ。滝くんから彼女のことを聞いた。名前は『寿葉ちゃん』と言う。
「……っ…。」
あれ、おかしいな。
忍足くんが女の子に優しくしてるところなんて結構見てるはずなのに…。
なんで胸が痛むんだろう。なんでこんな泣きたい気持ちになるんだろう……。
「風宮さん、どうしたの?顔色、悪いよ」
「ありがとう。大丈夫だよ。私も今日はもう帰るね」
明日は大事な試合の日。氷帝にとって、青学との因縁試合だ。
「あ、風宮さん。また応援に来てくれたんだね!」
翌日。私はテニスコートにやってきて、滝くんと話していた。試合の順番はシングルス3、ダブルス2、シングルス2、ダブルス1、シングルス1となっている。
まず、シングルス3の試合は夏合宿で話していた忍足くんと桃城くんの対決である。まさか実際に闘うことになろうとは予想もしていなかった。
「あ、風宮さん。それとこれ、忍足から預かったから着て」
「これって氷帝テニス部のジャージ?」
「これを着て一緒に闘って欲しいって言ってたよ、アイツ」
「忍足くんが?」
滝くんに言われるがまま、私は忍足くんのジャージを羽織った。ぶかぶかだ。
そして見つめる先には対峙している忍足くんと桃城くんだ。桃城くんのサーブが決まった。どうやら桃城くんは洞察力を鍛える特訓をしてきて、それを身につけたみたいだ。あんなに小さい石を狙って打つだなんて。どんだけ視力がいいの。
その後も、桃城くんは忍足くんからゲームを奪い続ける。攻めているのは忍足くんのほうなのに。
「クセ者」
跡部くんがそう呟いた。彼曰く、桃城くんは風の動き、打球音など忍足くんの目や仕草、心理状態までも読み取ってしまうくらい洞察力が研ぎ澄まされているとか。そしてダンクスマッシュを決められて穴が空いたラケットを交換する忍足くん。
「忍足くん、頑張って」
柵の向こうにいる忍足くんを応援する。届かない小さな声。
その時、忍足くんの纏っていた空気が変わった。ううん、変わったと言うか急に動きが読めなくなった。忍足くんの鋭いリターンエースが決まる。「かなわんなぁ、桃城…」と。
「F&D」
その後、勢いよくリターンすると思われた打球がそっと桃城くんのコートに落ちる。フェイク&ドロップが決まった。その後も忍足くんの技が決まる。これが向日くんが言ってた『千の技を持つ天才』と言われる所以か。初めて目の当たりにしたけど、すごい。さらに相手に悟らせない『心を閉ざす』も発動していると言う。奪われていたゲームも取り戻して逆転である。
しかし、桃城くんもまだ諦めていない。柱に頭をぶつけて頭から血を流しながらもボールに食らいついていく。
そして、忍足くんにも変化が訪れた。
持久戦に持ち込めるのに、忍足くんは敢えて桃城くんの打球を必死に打ち返していく。普段見ることのない熱いボールの打ち合いをする忍足くん。そんな彼を私は久し振りに見た。あれはそう、中学1年の時に初めて見た跡部くん対忍足くんの試合だ。忍足くんが本気で闘ったあの試合を私は思い出していた。
そして、試合は終盤へ。
桃城くんがまた渾身のダンクスマッシュを打つ。忍足くんがそれを羆落としで阻止する。今度は忍足くんのラケットに穴が開いて吹き飛ばされてしまった。
お願い。どうか桃城くんのコートに入って。と私は祈った。ボールの行方は桃城くんのコートへと静かに落ちた。
「ゲームセット ウォンバイ 忍足 6ー4」
試合が終わり桃城くんがコートに座り込んで忍足くんと何かを話しながら握手していた。その後、忍足くんは自分の右手をじっと見つめていた。桃城くんの渾身のダンクスマッシュを受けたからかな。
「滝くん、忍足くんの右手感覚がないみたい。アイシングしたほうがいいかもしれない。」
「えっ?」
私の言葉に滝くんは驚きながらも忍足くんに声を掛けてアイシングをする。私はそれを黙って見守っていた。
To be continued