detective

□ピアノソナタ『月光』事件
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『次の満月の夜 月影島で再び影が消え始める
調査されたし

麻生圭二』

「これが皐月のお兄さんの部屋に?」

渡された紙を受け取り目に通して尋ねると彼女は不安そうに瞳を揺らして頷いた。彼女の名前は浅井皐月。この私、浅葱朔子の友達だ。なんでも家族旅行を断ったお兄さんに理由を訊こうと独り暮らしの彼の部屋に入ったらこの謎の紙が落ちていたとか。


「なんか意味深な文章で気になっちゃってさ。隣りのクラスの工藤くんに相談しようと思ったんだけど最近学校に来てないみたいで」

「…そーいえばそうだね」

皐月が言った工藤くんと言うのは工藤新一君のことで彼は数々の難事件を解決している高校生探偵だ。世間に警察の救世主や平成のシャーロック・ホームズとまで言われていた彼だけど何故か最近学校に来ていない。

前まではたとえ難事件と言われてもすぐに真相を解いて学校に来ては毛利さんと口喧嘩していたのに…。今回の難事件は相当彼の手に余るものなのだろうか?

「朔子さん?」
「…あ、えとそれなら彼の幼馴染の毛利さんは?彼女のお父さんって確か最近難事件をばんばん解決してるって聞いたけど」

工藤くんの幼馴染の毛利蘭さんはこの間空手の都大会で優勝した有名人だ。彼女の可愛らしい容姿と空手は全然結び付かないけれど、工藤くん曰く公共の電信柱に穴を開けてしまうくらいの威力だとか。以前に移動教室で彼の教室の前を通ったら話を盛り過ぎだよとクラスの男子に笑われた彼がちげぇよ!と否定してた記憶が新しい。

おっと失礼話が逸れた。そんな毛利さんのお父さんは探偵事務所を開いている。そういえば前に毛利さんが工藤くんに怒ってたな。工藤くんのせいでお父さんに仕事が来ないと。…でもアイドルの沖野ヨーコちゃんのストーカー事件を解決してからは知名度が格段にあがった現在は『眠りの小五郎』と言われて恐れられているとか。

「それは知ってるよ。だけど、この紙に書いてある次の満月ってGWの真っ只中だからもう別の依頼とか引き受けてるんじゃないかと思ったらなんか頼み辛くて…」

「あー、それは確かに」

皐月の言葉に少なからず同意した。
知名度が高くなったから毛利探偵を頼る人間も当然の如く増える。それにGWみたいな長期の休暇ほど稼ぎ時だろう。工藤くんが難事件に手間取っているなら尚の事。

そうなると皐月の頼みは必然的に友達である私になるわけで…。

「お願い。今頼れるのは朔子だけなの。」

お願いします。朔子様。
両手を合わせて縋るように見つめてくる彼女に私は乾いた笑みを零す。まあGW中は生憎予定もないし他ならぬ友達の頼みだからと承諾した。


「あ、でも皐月のお兄さんのこと何も知らないよ?」

「問題ないよ。朔子が引き受けてくれたら兄について話すつもりでいたから。疑問に思ったら遠慮なく質問して」

「ありがとう」

皐月の協力的な言葉を有難く思いながらメモ帳の準備をする。記憶力には自信があるけど文字にして書き残したほうが何度でも読み返せるし行き詰った時に内容を整理しやすいためだ…。

「わぁ、朔子。本物の探偵みたいだね!」

「そうかな?…それじゃあ、お話を聞かせていただけますかな?」

「ええ、もちろんですわ。朔子探偵」

ふざけ合いながらも私達は真剣に曲がりなりにも事情聴取を始めた。まずはこの紙の落とし主(仮定)皐月のお兄さんについて皐月から話を聴いた。

皐月のお兄さんの名前は浅井成実さんと言って、24歳で医師免許を取って現在は月影島で医師をしている。年齢は26歳だそうだ。

彼女の話を聞いていると特におかしなところはないと思いながらメモを取っていく。が、趣味のところで皐月は何故か口を噤んでしまった。
どうした?と訊くと彼女は複雑そうな表情で「引かない?」と確認してきた。

人に引かれるくらい凄まじい趣味なのだろうか?と首を傾げながらも頷く私に念を押して彼女は徐に口を開いた。「実はね」と。

皐月のお兄さんの趣味は女装だった。
その出来栄えは皐月曰く自分の兄ながら男にしておくのも勿体ないくらい可愛いらしいとか。

「へぇ、今流行りの男の娘かぁ…」
「朔子さん、引かないの?」
「人の趣味は十人十色って言うじゃない。」

メモを取り終えてそう答える私に皐月は小さくそうだねと頷いた。

「それでその趣味って昔から?」
「ううん、確かあれは2年前の…」

丁度この時期だったかな?と皐月は当初のことを思い出しながら話してくれた。なんでも皐月のお兄さんは2年前のこの時期に初めて女装をして月影島へ出掛けたんだとか。

「それで帰ってきた時の様子はどうだったの?」

「別に普通だったと思うよ。…あ、でも」

なんだか前よりも何かを考え込むようになったかなと言う皐月の言葉を聴いた私はメモを取りながら考える。

月影島へ行ってから何かを考えるようになった?その月影島で何が?

「……最後に一つだけいい?」
「あ、うん」

「この文章の下に書いてある『麻生圭二』さんについては何か知ってる?」

「それが私にもわからなくて…。ごめんね。頼んでおきながら私全然役に立ってないよね。」

「いや、十分だよ。あとは私のほうで詳しく調べてみるから皐月は私とお兄さんの分まで旅行楽しんできてね」

景気づけに皐月の頭を撫でた後、昼放課終了のチャイムが鳴った。こうして私と皐月による事情聴取はお開きになった。
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