detective

□ホームズ・フリーク殺人事件
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「ウソ…当たっちゃった!」

『シャーロックホームズフリーク歓迎ツアー 当選!』と言う印字に私は自分の部屋で歓喜の声を挙げた。大好きな推理小説の一つであり、現在もなお世間に名を轟かせている世界的有名な小説家コナン・ドイルが生み出した『シャーロック・ホームズシリーズ』。

私はその作品の隠れファンなのだ。
まあ、あの工藤くんのようなシャーロキアンで推理オタクではないけれど。同じホームズ好きの人が集まるこのツアーにどうしても参加したくて駄目もとで応募したのだがまさかの当選!

これが嬉しがらずにいられますかっ!


当日のツアーバスの中で『緋色の研究』、『赤毛連盟』、『四つの署名』等々代表作がフリーク達の口から飛び出してくる。私が『ボヘミアの醜聞』と答えるとアイリーンの隠れファンも居たみたいで嬉しくなった。が、一つだけ気がかりなことがある。それは私の隣に座る野球帽を深く被った男性。

「……。」

彼はこのバスに乗ってから話の相槌は打つけれど自らの口でホームズについては一言も語っていない。寡黙な人なのだろうか?となんとなく彼のことが気になった。

『マイクロフト荘』の大広間に移動してからも彼は皆の輪の中に入ることもせず独り部屋の隅で腕を組みながら佇んでいた。その線引きが私には寡黙というよりも手持ち無沙汰な感じに強く思えた。ひょっとして。


「あの、大丈夫ですか?」

彼の傍まで行ってそう声を掛けてみた。下から覗きこんだ私には野球帽で隠された彼の顔がよく見えた。じっと不審そうにこちらを見つめてくる彼にしか聞こえない声で私は訊いた。「あなた、ホームズのファンじゃないんでしょう?」と。

彼は口角を上げると私の腕を掴んで「オーナーのおっちゃん。俺らちょい抜けるわ」と部屋の外へ向かう。私はと言うとここに来て初めて喋った彼に驚きながらも大人しく引き摺られてゆく。

大広間からだいぶ離れたところまでくると彼は掴んでいた私の腕を放してこちらに向き直った。その表情は面白いものを見つけたと言わんばかりに輝いていた。

「自分名前は?」
「えと、浅葱朔子です。」

「浅葱はんな。んで歳は?」
「じゅ、17ですけど…」
「17ってことは俺とタメやん」
「え、タメ?君は一体?」

「あー、すまんすまん。俺は服部平次や。」

よろしゅうしたってな!と帽子のつばを挙げて彼、服部くんは笑った。寡黙かと思われていた彼は多弁だった。あの空間から離れた瞬間、まるで水を得た魚のようだ。

「服部って…あの西の高校生探偵の!?」

「おお、自分俺のこと知っとんのかっ!」

「まあ。(工藤くん、ごめん)…えと西の服部、東の工藤だっけ?」

「せやせや!オレが工藤より先っちゅーのがええな!」

なかなか見どころあるやんけ!と背中をバシバシと叩かれて私は思わず咳込んだ。彼は慌てた様子ですまんすまんと咳込む私の背中を摩ってくれる。

「っ…それでなんで関西の君がここに?」

ホームズ好きじゃないんでしょう?と咳も落ち着いて話を戻すと「なんでそう思うんや?」と返される。その表情はいかにも楽しんでいますと書かれていて溜息が零れそうになりながらも白を切る彼に一つ問題を出題することにした。ホームズ・フリークにとって最も簡単な問題を。

「ではここで問題です。ホームズが住んでいる家の階段の段差はいくつでしょうか?」

服部くんがきょとんとした後、「こんなもん簡単やで。答えは十三や」とお決まりの間違いをしてくれた。あの大広間にいるフリーク達が聴いたら冷たい目で見られることはまず間違いない。


「どーや?」
「残念でした。不正解です」
「なんやと!?」

ちゅーかこの問題マニアックすぎやろう!と彼の関西仕込みのツッコミを背中に受けながら私は大広間へと戻る。新たに人がやってきたのか賑やかな声が扉越しから聞こえてきた。その中にはとても聞き慣れた話し声も聞こえてくる。

「まるでアイツみたい。」
「アイツ?」

「あれ、この声って…」
「しぃ」

毛利さん達だ、と扉に手を掛けると後ろから追いかけてきた服部くんにその手を取られた。驚いて服部くんのほうを向いた際に唇に彼の人差し指も添えられる。静かにしろという意味か。

服部くんの人差し指を軽く払うと扉の向こうにいる毛利さんがなにやら語り始めた。ホームズと来れば簡単だ。難事件に巻き込まれていなければここに来ていたかも知れない人物…。

「ほらアイツよアイツ!キザでかっこづけで推理マニアでホームズフリークで音痴やで」

「音痴やがサッカーの腕は超高校級。そして先日の俺との勝負で勝ち逃げしよった工藤新一のことやろ?」

彼女の言葉に被さる様にそう告げながら服部くんが扉を開けて中に入っていく。姿を現した服部くんに毛利さんの驚く声が聞こえた。「あなたもホームズファンだったの?」と。

続いて部屋の中に入るとフリークの人達に囲まれているコナン君と目が合った。なるほど。コナン君の名前はやっぱりコナン・ドイルから来ていたんだね。

「朔子姉ちゃん!?」
「コナン君、こんばんは」

驚くコナン君にひらりと手を振って毛利さんの質問に答えている服部くんの傍に寄った。服部くんは毛利さん達と知り合いだったようで嬉々とした様子で話していた。

「ちゃうちゃう。このツアーに応募したんは工藤に会えるかもしれんと思うたからや。それに俺はコナン・ドイルよりエラリー・クイーンのほうが……いっ」

「確かにあの熱烈なシャーロキアンである工藤くんの事だから。厄介な難事件に巻き込まれてなかったら今頃ここに来ていたかもしれないね?服部くん?」

ここでは他の作家の名前を出すのは禁句だよ?
私がにっこりと笑みを浮かべると服部くんは冷や汗を掻きながら「で、でもやっぱ一番はドイルやな!」と発言を改めた。

そんなに私の笑みが怖かったのだろうか?
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